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タバコと妊婦の「つわり」を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト
イラスト素材:いらすとや

 妊娠中の「つわり」のことを英語の俗語で「Morning Sickness」(一般的にはnausea and vomiting of pregnancy、NVP)というが、これは朝食前の空腹時に生じることが多いからとされる。一種の食物嫌悪で空腹時なら別に朝に限らず生じるが、「おばあちゃんの知恵袋」的に「つわりのあるのは元気な赤ちゃんの証拠」という俗説がある。

つわりはタバコで酷くなる

 つわりと元気な赤ちゃんの関係はこれまでも調査研究が行われているが、その結果はポジティブ・ネガティブ様々だ(※1)。出産直後の状態とその後の成長の様子など、評価するポイントが一定でないこともあるだろう。

 ただ、つわりと出産の結果には、総じてポジティブな評価の調査研究が多くなってきている。しかし、そのメカニズムは謎だ。

 ところで最近、つわりとタバコの関連を調べた研究(※2)が出たので紹介したい。英国のレディング大学の研究者によるもので、神経伝達物質やホルモンであるタキキニン(エンドキニンなど、いくつかの神経ペプチドのファミリー)は、妊娠中の胎盤と子宮の間の血流の流れなどに作用するが、同時にエンドキニンが脳のタキキニン受容体を刺激して妊婦に吐き気、つわりを引き起こす、という内容だ。

 厄介なことにエンドキニンは、タバコを吸うとその濃度が約30倍にも高まることが最近わかった(※3)。つまり妊娠中に喫煙すると、つわりが酷くなるわけだ。これは受動喫煙でタバコの煙を吸わされても同じだろう。

 一方、こうした高濃度のエンドキニンが、胎盤から胎児への血流の流れにどんな影響を与えるのかはよくわかっていない。刺激が強過ぎて血流の流れが鈍くなるかもしれないし、胎盤の正常な形成に何らかの歪みを及ぼす可能性もある。同時に非喫煙者の場合、つわりを軽減するために使われるエンドキニンの遮断薬などは避けたほうがいいかもしれない。

妊娠と出産とタバコ

 ところで、妊娠した女性が喫煙すると、早産や低出生体重児が生まれるリスクが高まり、死産など周産期死亡の確率が増えることが知られている。また婦人科系や循環器系などの病気(妊娠にともなう合併症)や自然流産のリスクが1.5倍から2倍ほど高まるとされている。さらに、出産後に母親が再喫煙すると、子どもが呼吸器系の病気にかかりやすくなるようだ。

 妊娠期間中であっても、禁煙すればこうした影響をかなり軽減できることもわかっている。母親が喫煙者の場合、新生児のアトピーや呼吸器疾患のリスクが上がることが知られているが、妊娠中に禁煙すればこうしたリスクを低くできる(※4)。また、喫煙がリスクを減らすと言われてきた妊娠合併症の1つ、妊娠高血圧腎症にしても、最近の研究によれば喫煙の効果は否定されている(※5)。

 妊娠を機会に禁煙する女性も多い。英国の調査では、妊娠前に喫煙者だった女性の26%がタバコの量を減らし、35%がタバコを止めている(※6)。一方、いわゆる「できちゃった結婚」による妊娠や若年層の妊婦、両親が喫煙者だった貧困層、早い時期で喫煙を始めた、といった女性のほうは、妊娠をきっかけに禁煙する割合が低かった。また、米国の疾病予防管理センター(CDC)によれば、妊娠した米国人女性の55%が禁煙を始めるようだ。

 もちろん、配偶者や家族が喫煙して受ける受動喫煙でも同じように妊婦へ悪影響が出ることがわかっている。日本の女性の喫煙率は9.5%で、20代10.2%、30代12.8%、40代14.7%となっており、妊娠や子育てする主な年代で喫煙率が下がってきているがまだ平均より高い。また、同じ年代の男性の喫煙率は20代31.1%、30代39.9%、40代39.5%であり、家庭で妊婦が受動喫煙にさらされる危険性も高いままだ(※7)。

 筆者は男性なので、つわりを体験することはできないが、妊娠したことのある周囲の女性に聴くと大変つらいらしい。妊娠中に限らず、タバコは百害あって一利なしだ。つわりが酷くなることもある。女性はタバコを吸わないほうがいいだろう。

※1:Forrest D. Tierson, et al., "Nausea and vomiting of pregnancy and association with pregnancy outcome." American Journal of Obstetrics and Gynecology, Vol.155, Issue5, 1986

※1:M. Margaret Weigel, et al., "Is the nausea and vomiting of early pregnancy really feto-protective?" Journal of Perinatal Medicine, doi.org/10.1515/JPM.2006.021, 2006

※1:Stefanie N. Hinkle, et al., "Association of Nausea and Vomiting During Pregnancy With Pregnancy Loss." JAMA, Vol.176(11), 1621-1627, 2016

※2:Phil Lowry, "Morning sickness is just the side-effect of a new tachykinin that the placenta secretes to improve local blood flow." Journal of Molecular Endocroniology,

※3:Sakthi Vaiyapuri, et al., "Smoke-induced nausea; mediated by the release of the lung tachykinin, endokinin, into the circulation?" Endocrine Abstracts, Vol.50, 270, 2017

※4:Nikhita Chahal, et al., "Maternal Smoking and Newborn Cytokine and Immunoglobulin Levels." NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, Vol.19, Issue7, 2017

※5:Olga A. Kharkova, et al., "First-trimester smoking cessation in pregnancy did not increase the risk of preeclampsia/eclampsia: A Murmansk County Birth Registry study." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0179354, 2017

※6:Danielle A J M Schoenaker, et al., "Factors across the life course predict women’s change in smoking behaviour during pregnancy and in midlife: results from the National Child Development Study." BMJ, Journal of Epidemiology & Community Health, Vol.71, Issue12, 2017

※7:厚生労働省が発表した2016(平成28)年の国民生活基礎調査より。喫煙の定義は「毎日吸っている」者と「時々吸う日がある」者。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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