幼稚園・保育園を利用せず、家庭で育児する場合は月10万円の補助金 増額にノルウェーで賛否両論
ノルウェーで、幼稚園や保育園にあえて通わせずに、「家庭での子どもとの時間を優先したい」という親のための公的補助金が増額される。現在の6000ノルウェークローネ(8万3千円)から、8月からは限度額が7500ノルウェークローネ(10万4千円)へ。
※日本語での「幼稚園」や「保育所」という区別はノルウェーにはない。日本語の用語を使うと混乱が生じるため、ここでは現地用語の「バーネハーゲ」(barnehage)を当記事では使用。
この補助金は1~2才(13~23か月目)の子どもが公的支援を受けるバーネハーゲに通わない場合、最高11か月間受け取ることができる。バーネハーゲに通わせたとしても、預ける時間の割合が少ない場合(週19時間以下)は、50%ほどの補助金3750ノルウェークローネ(5万2000円)をもらうことが可能。
最低12か月国内に滞在した場合は、一定の条件を満たせば外国人(移民)も対象となる。
保護者が働いているか・いないか、保護者の収入、家族構成、希望するバーネハーゲに入園できなかったので空き待ちか、などは関係ない。
※日本で問題となっている「保育所に入れない待機児童」という言葉も、ノルウェーの「バーネハーゲのウェイティングリスト」に載っていることとは同等と判断しかねるため、ここでは待機児童という日本語は使わない。
「親子が家で一緒に長く過ごしやすくする」ための手助け、「選ぶ自由」という考え方
この補助金制度は1998年から続いており、右派政党のキリスト教民主党(KrF)により特に推奨されてきた。同政党は伝統的な家族の価値観を重要視。他政党と比較すると、「専業主婦」という人生の選択肢にも最も肯定的だ。
昨年末は2017年度の予算案を巡って、右派連立政権で4党が連日激しい議論を重ねていた。各党にはどうしても優先させたい政策がある。この補助金制度が増額されたのは、KrFが交渉のテーブルで奮闘したためだ。
KrFに投票した人々は増額の知らせを聞き、ほっと一安心したかもしれない。
「多様性のある」という言葉が好きなノルウェー。どのような生活をするか、家族とどう時間を過ごし、家事を分担し、仕事と家庭のバランスを考えるかどうかは、個人の自由だ。
時の変化で補助金制度に疑問の声
一方、社会と世論の変化により、補助金制度は廃止するべきだという声が出ている。
この制度は右派・左派という枠組みの分け方では混乱が生じやすい。「選ぶ自由」という観点では多くの政党は同意するだろうが、「移民の社会統合」という観点では反対派が多くなる。
誰もが社会に出て働き、納税することを推奨するノルウェー。昔と比較すると、働く女性が増え、(場所を選ばず遠距離通園となってもよければ)どこかのバーネハーゲには子どもは大抵は入園できるようになってきた。
「移民の社会参加をさまたげることになってしまう」という意見
「移民の子どもや女性が社会に溶け込む」という観点で、この制度が足かせになっているという指摘がある。
2015年に補助金制度を利用したのは13~23か月の子どもの24%を占める1万3206人。移民背景がない子どもの間では16%、移民背景がある子どもの中では45%が受給した(統計局SSB調べ)。移民の家族に好まれる制度になりつつある。
「バーネハーゲに通わせないことで、お金がもらえるのなら通わせない」と親が判断するとどうなるだろう。
子どもや親は、家庭や自分たちの国のネットワークにこもり、ノルウェー語が学べず(学ぼうとせず)、ノルウェー社会との交流が減る「こともあるかもしれない」。そう懸念する声は何年も前からある。
「問題がある」と心配する意見に「余計なお世話だ」と感じる人も
「親子の時間」、「多様性のある生き方」、「自分で選ぶ自由」という観点ではなく、「移民の社会統合や自立」という観点で心配されているのだ。
政治家からのこのような指摘に対して、「余計なお世話だ」と思う人もいるだろう。
筆者はオスロ大学で副専攻がジェンダー平等学だったのだが、2009年頃に受けていた授業でも、この議論について文献もいくつか読まされた。平等にこだわりが強い人にとっては、この制度には課題があるように見えるようだ。
「移民が社会へ溶け込むことを目指すのであれば、この制度は廃止したほうがよい」という調査結果なども出ている。右派ポピュリスト政党で進歩党、リストハウグ移民・社会統合大臣も廃止派だ。
「移民の子どもはバーネハーゲに行くべき。なぜなら彼らはそこで社会になじみ、ノルウェー語を学ぶことができるから」というのはホルネ子ども・平等大臣(進歩党)の意見。
進歩党とは相いれない、現在は野党で最大政党の労働党(Ap)。寛容的なイメージのPR効果で、移民からの支持率が高いが、進歩党などと同じく補助金制度には懐疑的だ。
「この制度は移民の社会統合を阻み、労働市場を弱体化させる。園に空きがあるにも関わらず、子どもをあえてバーネハーゲに通わせない家族に補助金を与えるという考えを、私たちは支持しない。せめて入園できるまでの支援という制限を設けるべき」と言うのが同党の考え。
制度に賛成派で、キリスト教民主党の党員で母親であるブレッケ氏は、国営放送局NRKにこう答える。「バーネハーゲに子どもを送らなくてもいいという選択肢があり、私は嬉しい。あと少しだけでも長く、子どもと一緒に家で過ごしたい」。
反対派の代表といえば、不平等や格差問題の解消に熱心な左派社会党(SV)だ。制度廃止を求め、入園できるまでの待ち期間の支援を提案する。
今回の増額に対し、SVのベルグスト副党首は「不幸なことだ」とNRKに語る。「子どもと家に長く一緒にいたいと願う人がいることは理解できます。しかし、平等や労働市場参加という点においては、ネガティブな効果ばかり」。
「もしあなたがパートタイムで働き、収入が低いとします。子どもをバーネハーゲに通わせるには年3万ノルウェークローネ(約41万円)とした想定した場合、一部の人にとっては働くよりも補助金をもらったほうが楽になってしまいます」。
このような移民を観点とした反対意見に対して、キリスト教民主党のブレッケ氏はNRKにこう語る。「社会によりよく溶け込めるように、代わりにノルウェー語授業の義務化を提案します。子どもがバーネハーゲに通うことはよいことですが、子どもにがいつ入園するのがベストかを決めるのは親だと考えます」。
男女が働きやすい社会を目指すノルウェーだが、人によっては育児と労働の両立は今でも時に難しい、労働するよりも家で子どもといたいと言う人もいる。「伝統的な」家族の在り方・台所に戻ることを選ぶ自分たちを、否定しないでほしい。そのようなコラムが、新聞などに掲載されることもある。
ノルウェーではこの議論はまだ何年間か続くだろう。
Photo&Text: Asaki Abumi
※冒頭写真のバーネハーゲでの子どもたちの写真などは全て許可を得て撮影