繰り返される若者の過労死・過労自殺 遺族の労災申請を支援することの意味とは?
「助けてもやれず悔やんでも悔やみきれない。息子をつぶしたこの会社を許すことは決してない。労災認定で無念を少しでも晴らすことができた」。
これは、2017年9月に自殺した岐阜県の自動車部品メーカーの男性社員(当時33歳)の母親の言葉です。労働基準監督署は、過労による精神障害が男性の自殺の原因であるとして2021年8月に労災を認定しています。朝日新聞の報道によると、月100時間を超える時間外労働や上司とのトラブルがあったことが考慮され、労災が認定されたということです。
参考:「月100時間の時間外労働、退職翌日に自殺 「過労が原因」労災認定」(2021年10月14日 朝日新聞)
2015年に電通の新入社員が過労自殺した事件がきっかけとなり、過労死が広く社会問題として認識され、厚生労働省を中心に過労死をなくすための取り組みが進められてきました。しかし、その後も、若い命が失われる痛ましい事件はなくなっていません。
2019年には、「東芝デジタルソリューション」に勤務していたシステムエンジニアの男性(当時30歳)が過労自殺しています(2020年12月に労災認定)。この男性の残業時間も100時間を超えていました。
労災認定によって故人の死の原因が仕事にあったと公的に認められるということは、遺された家族にとって非常に大きな意味を持ちます。冒頭に紹介した「労災認定で無念を少しでも晴らすことができた」という言葉からも、そのことが伝わってきます。
それゆえに、過労死遺族の労災申請と認定が円滑になされることが求められますが、現実はそうなっていません。筆者は、これまで何度も過労死遺族のお話を伺ってきましたが、多くの遺族が労災認定を勝ち取るまでにかなりの苦労をされています。
遺族が労災保険制度について知り、実際に法的権利を行使するのは簡単なことでありません。過労が原因で亡くなった可能性があっても、どうしたらいいかわからず、泣き寝入りしている遺族が多く存在しているのです。
それにもかかわらず、このような遺族の現実はほとんど知られておらず、過労死遺族を支援することの必要性や重要性が社会の人々に十分に認識されているとはいえません。
過労死遺族が直面する苦難や、それを乗り越えるための支えが重要であることを多くの方に知っていただくために、遺族の労災申請を支援することの意味について述べていきたいと思います。
※ 以下では、過労死と過労自殺を合わせて「過労死」と表記します。
遺族が労災認定を勝ち取るまでの長い道のり
遺族が労災認定を勝ち取るまでには、いくつもの障壁があります。
最初の障壁は、家族の死が「過労死」であるということを認識できるか否かというものです。大切な人が亡くなり、茫然自失になっているなか、亡くなった原因が過労にあるということに思いが至らないことが多くあるからです。
同居している家族の場合には、帰りが遅かったり、仕事に関する話を聞いていたりして、「過労死」なのではないかと疑いを持つことができるかもしれませんが、家族と離れて生活している場合には、そのような考えに至りにくいといえます。また、自宅など、職場以外で倒れた場合にも、「過労死」という認識を持ちにくいでしょう。
二つ目の障壁は、自分たちが労災保険の給付を請求する権利があるという認識を持つことができるか否かというものです。
日本の学校で労災保険制度について教えてもらったという人は少ないでしょう。職場でも同様です。仮に家族の死と仕事に因果関係があることを認識していたとしても、労災保険制度に関する知識を持っていなければ、労災申請という行動には結びつきません。
実際、私が話を聞いた遺族のなかにも、専門家に相談して初めて労災保険制度について知ったという方が多くいらっしゃいました。
さらに、労災保険制度の存在を知っていたとしても、死別の悲しみが癒えないなかで、労災補償の仕組みや過労死の認定基準について情報を集め、理解するというのは、非常に負担の大きい作業だといえます。
表面化する「過労死」は氷山の一角に過ぎない
三つ目の障壁は、労災の申請に伴う多くの困難です。
遺族が労災の申請をすると、労働基準監督署(以下「労基署」)が調査を行い、労災として認定するか否かの判断を行います。
調査を行うのは労基署ですが、遺族はただその結果を待てばよいというわけではありません。労災として認定してもらうためには、亡くなった原因が仕事にあることを証明するために、遺族が自ら様々な資料を集め、提出しなければならないのが現実です。
例えば、故人の手帳や手紙、パソコンなどに過重労働を証明できる情報がないかを探したり、会社や同僚から聴き取りをしなければならないケースもあります。
通常、ほとんどの証拠は職場にあります。多くの会社は、責任を問われないよう、遺族に積極的に情報提供を行いません。なかには、労災の申請を諦めさせるために、情報を隠したり、嘘をついたり、労災の申請をしないように説得してくる会社もあります。それゆえ、証拠を集めるのは非常に困難であり、精神的にも負担の大きいものです。
以上のように、遺族が労災の申請にたどり着き、認定を勝ち取るまでの道のりは平坦なものではありません。私たちが目にする過労死のニュースは、こうした障壁を乗り越えて労災認定や訴訟に至ったごく一部の事件に過ぎないのです。
その背後には、加害企業によって事実を隠され、大切な家族が亡くなった理由すらもわからずに苦しんでいる遺族がたくさんいるということを私たちは認識しなければなりません。
なぜ遺族の労災申請を支援する必要があるのか
遺族の労災申請を支援することが重要なのは、労災の認定が遺族に様々なメリットをもたらすためです。
まず、被災労働者の収入によって生計を維持していた配偶者や子などがいる場合には、年齢などの一定の要件を満たせば、遺族補償年金が支給されます。支給される年金の額は被災労働者が受け取っていた賃金や遺族の人数などにより異なりますが、例えば、被災労働者の月給が30万円で、遺族が妻と18歳未満の子2人であった場合には、妻に約220万円の年金が支給されます。
これとは別に、賞与の額などを基に算定される遺族特別年金や、子どもがいる場合には労災就学援護費(遺族等に対して学費を援護するもの)が支給されることもあります。
さらに、一時金として、遺族特別支給金(一律300万円)や葬祭料も支給されます。
このように、労災保険には、遺族の生活を保障するための様々な給付が定められています。特に子どもがいる場合には、養育費や教育費などを確保するためにも、労災保険から給付を受けられるようにすることが大事です。
逆にいえば、労災保険からの給付を受けられなければ、大切な家族を失った悲しみに加え、経済面でも家計の担い手を失い、困窮化してしまう恐れがあるということになります。
労災認定が遺族にもたらすメリットは、経済面における保障だけにとどまりません。労災が認定されることによって家族の死の原因が明確になり、納得して死を受け入れられるようになったり、気持ちに区切りをつけられるというような効果をもたらすこともあります。
さらに、労災認定には、遺族が加害企業の責任追及をしやすくするといった側面もあります。労災認定を契機に、会社に謝罪や賠償を求めて話し合いを求めたり、誠実な対応がない場合には訴訟に踏み切ったりすることができます。また、記事の冒頭で紹介したように、労災認定を踏まえ、事実関係を公表するという遺族もいます。
労災保険は、被災労働者や遺族が被った全ての損害を補填するものではありません。このため、遺族が民事裁判において逸失利益や慰謝料の支払いを求めるというケースは少なくありません。
労災が認定されていると、遺族は自信を持って訴訟の提起などに踏み切ることができます。また、労災の申請を進める過程で、事実関係が明らかになったり、証拠資料が集まったりすることによっても法的な措置がとりやすくなるといえます。
再発を防止する上でも遺族への支援は重要
これまで述べてきたように労災認定は遺族に様々なメリットをもたらしますが、それに至るまでの道のりは険しいものであるため、遺族の法的権利の行使を支える専門家や支援団体の取り組みが求められます。
具体的には、メンタル面のケアをすることはもちろん、遺族が制度について理解を深められるように情報提供をしたり、証拠となる資料の収集やその整理をサポートすることが考えられます。
さらに、より広い視点で考えると、遺族の権利行使を支援することは、個別の被害者を救済すること以上の意味を持つといえます。それは、「過労死」という痛ましい事件の再発を防止する上で、遺族を支援することが重要だということです。
というのも、過労死をなくすためには、事件が起きてしまったときに、事実関係の解明がなされ、責任の所在を明確にする必要があります。徹底した事実関係の解明と責任の追及がなされなければ、労働者の命を軽視する加害企業の体質は変わらず、同じような悲劇が繰り返されてしまいます。
そして、最も重要なことは、事実関係の解明や加害企業に対する責任追及は、遺族が行動を起こさない限り実現しないということです。
労災申請や訴訟の提起、そして、その公表といった形で遺族の「告発」が実現することによって、加害企業に社会から批判の声が集まり、反省を促すことができます。個別企業の過労死事件が報じられることで、社会的なイメージの低下を懸念する他の企業が、過重労働を抑制するための対策を講じるきっかけにもなります。
反対に、遺族がそのような手段を用いて「告発」することができなければ、加害企業には何ら社会的な制裁が科されず、過労死防止に向けた対策も進まないということになってしまいかねません。
このような意味でも、遺族の権利行使を支える取り組みが非常に重要だといえます。
過労が死亡の原因ではないかと思ったら
この記事を読んでいただいている方のなかにも、大切な方が亡くなった原因が仕事にあるのではないかと思いながらも、労災申請の仕方がわからずに困っている方がいるかもしれません。
そのような方には、専門家や支援団体に相談してみることをお勧めします。
「労働基準監督署に相談に行ったら、労災にはならない」と言われたというケースを時折耳にしますが、簡単に諦めるべきではないと思います。労災が認められるかどうかというのは、即答できるようなものではありません。労基署には申請を受理する義務がありますので、申請をして、しっかりと調べてもらうべきです。
また、昨年9月には「脳・心臓疾患の労災認定基準」が改定され、労働時間が一定の基準(いわゆる過労死ライン)を上回っていなくても、不規則な勤務や深夜勤務といった「労働時間以外の負荷要因」を合わせて考慮し、労災として認定するか否かの判断をするようになっています。従来と比べて柔軟な判断がなされる可能性がありますので、無理だと決めつけずに申請をすることが大切です。
【参考文献】
諏訪裕美子・色部祐著『過労死の労災申請〔改訂増補版〕 過労死?過労自殺?と思ったら読む本』(自由国民社、2010年)
【イベント情報】
オンラインセミナー「過労死の労災申請と企業への責任追及~大切な人を亡くしたときに残された人にできること~」
日時:2022年3月19日(土)14時~15時30分
主催:NPO法人POSSE
講師:田巻紘子弁護士(弁護士法人名古屋南部法律事務所)
参加費:無料
【労災・過労死に関する無料相談ホットライン】
日時:2022年3月20日(日)13時~17時
主催:労災ユニオン
番号:0120-333-774(相談無料・通話無料・秘密厳守)
【常設の無料相談窓口】
03-6804-7650(平日17~21時/日曜・祝日13~17時/水曜・土曜定休日)
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*過労死・長時間労働・パワハラ・労災事故を専門にした労働組合の相談窓口です。
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*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。
*「労働側」の専門的弁護士の団体です。
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*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。