試行錯誤の末に、立ち返った原点。苦しんだシーズンから、AC長野パルセイロ・レディースが得たもの
【耐え抜いた90分間】
苦しんだシーズンを象徴するような90分間だった。
10月7日(土)に行われたなでしこリーグ最終節で、AC長野パルセイロ・レディース(以下:長野)は浦和レッドダイヤモンズレディース(以下:浦和)と対戦。
結果は0-0のドローに終わったが、長野にとっては、かなり一方的に押し込まれる試合内容になった。
浦和のホーム最終戦には、2,000人を超えるレッズサポーターが駆けつけた。浦和はこのサポーターの声援も味方につけて試合を優勢に運び、18本のシュートを打った。対する長野は、わずか1本。
それでも、長野は最後まで守り抜いた。
この試合を迎えるまでに味わった苦悩を考えれば、長野にとっては価値あるドローだった。
試合後、長野の本田美登里監督は最後まで集中を切らさなかった選手たちを称え、試行錯誤の連続だった今シーズンに一つの答えを出した。
「最後はフォーメーションを慣れた4-4-2に戻して、自分たちの良さを出していこう、と送り出しました。やっぱり、これがうちのスタイルなんだと思います」(本田監督)
【フォーメーションが変化した理由】
本田監督が、フォーメーションに触れたのにはワケがある。
今シーズンの前半戦を3位で折り返した長野は、7月にチームの攻撃の柱だったFW横山久美が女子ブンデスリーガ1部のフランクフルトに移籍してから、深刻な得点力不足に陥り、勝てなくなった。
そして、リーグ後半戦が再開した後、11節から13節まで3連敗を喫し、本田監督は14節の伊賀フットボールクラブくノ一戦(以下:伊賀)と15節のアルビレックス新潟レディース(以下:新潟)戦で、それまで馴染んでいた「4-4-2」のフォーメーションを「4-3-3」に変更した。さらに、16節のちふれASエルフェン埼玉戦(以下:埼玉)では、「4-2-3-1」に変更。
フォーメーションだけでなく、試合中にも前後左右のポジションを大胆に入れ替えて、なんとか相手ゴールをこじ開けようとした。
しかし、思うようにコンビネーションは生まれず、逆に、バランスを失った長野はこの3試合も1分2敗で、1勝もできなかった。新たな得点の形を探る中で、長野は「産みの苦しみ」に直面していた。
【試行錯誤の末に】
変化の兆しが見えたのは、16節の埼玉戦(9月24日)だ。
この試合で、長野は6試合ぶりに流れの中からゴールを決めた。きっかけとなったのは、後半からピッチに立ったMF内山智代のプレーである。
0-1で迎えた73分、相手陣内の左サイドの深い位置でボールを受けた内山は、対峙するディフェンダーに迷わず1対1を仕掛けた。ドリブルのコースは読まれていたが、内山は体でブロックされながらも強引にボールを前に運んで振り切り、FW中野真奈美の同点ゴールの起点になった。
結局、その後に勝ち越しゴールを許して1-2で敗れたのだが、内山の積極果敢なプレーは、それまでボールを失うことを恐れて精彩を欠いていた長野の攻撃に活力を与えた。
「内山のプレーには『ガシャッ!』って音が聞こえるような激しさがあるんです。そこでボールを奪って、カウンターにもつなげられる。今年はその『ガシャッ!』っていうプレーが少なかった気がします。そういう(球際の)ところで、忘れているものがあったのではないかな、と」(本田監督/埼玉戦後)
そして翌週、ホーム最終戦の17節、ノジマステラ神奈川相模原(以下:ノジマ)戦(9月30日)で、長野はついに、7試合ぶりに勝った。
内山は今シーズンは後半からの途中出場が多かったが、この試合では先発出場し、中野とFW泊志穂に続くチームの3点目となるゴールを決めて3-0の勝利に貢献している。
ノジマ戦で長野が「らしさ」を取り戻したのは、フォーメーションを慣れた「4-4-2」に戻したことも大きかった。今シーズン、フル出場でチームを支えたボランチのMF國澤志乃は、その変化を次のように振り返る。
「勝てない中でシステムを変えたり、いろいろと試してきましたが、自分たちでもなかなかしっくりくるゲームができず、モヤモヤしたものがありました。伊賀戦や新潟戦は、考えながらプレーするから一歩目が遅れてボールを奪えなくなったこともあって、ノジマ戦では自分たちが慣れたフォーメーションでもう一度、前から守備に行こうと。そうしたらゴールも獲ることができて、ようやく、しっくりきました。この(4-4-2)形は動きが体に染みついていて、考えなくても動けるんです」(國澤/浦和戦後)
チームの原点とも言える「4-4-2」の良さを実感できたのは、チームが良くなるための変化を柔軟に受け入れ、フォーメーションの変遷を経験したからこそでもある。
最終節の浦和戦でも、長野の守備には迷いがなかった。
【堅守を支えたディフェンスライン】
コンビネーションと個人技を織り交ぜた浦和の攻撃は強力で、長野は押し込まれる時間帯がほとんどだったが、ゴールは割らせなかった。
浦和の攻撃のターゲットになるFW菅澤優衣香をマークしたのは、センターバックのDF坂本理保とDF五嶋京香。特に、菅澤(168cm)よりも10cm以上も背が低い五嶋(156cm)は空中戦では明らかに分が悪く、体も強い菅澤にロングボールをほとんど収められたが、自分の特長を活かして勝負した。
「(菅澤選手は)パワーも高さもあって、胸でトラップされたら何もできないので、前を向かせないことを意識して、特に足下には強くいきました」(五嶋)
五嶋は最終ラインを統率する坂本とサポートし合い、ピンチを乗りきった。
浦和に18本ものシュートを打たれながら守り切れたもう一つの大きな要因が、GK望月ありさの好パフォーマンスだ。前半だけでも27分、37分、43分と、いずれもペナルティエリア内でクロスに合わせられる大ピンチを迎えたが、望月が至近距離のシュートをことごとくストップ。後半も集中を切らさず無失点に抑えた。
攻撃では、連携が合わずパスミスになる場面がほとんどだったが、この試合で唯一のシュートに至ったカウンターの一連の流れは完璧だった。
64分、浦和陣内の右サイドで3人が連動してプレッシャーをかけてボールを奪うと、中野が中央で相手ディフェンダーを背負ってタメを作り、左サイドを駆け上がった國澤にスルーパスを送った。國澤のシュートはクロスバーに弾かれて得点にはならなかったが、ボールを奪うまでの守備のスイッチの入れ方には迷いがなく、中野を起点としたスムーズな攻撃の組み立てには、今シーズン、長野が苦しんだ中で積み上げてきたものが、たしかに反映されていた。
横山が抜けた後、長野が点を獲るための産みの苦しみは続いているが、迷った時に立ち返れる場所を見つけたチームは、長いトンネルの出口をようやく探し当てたように見える。
「今までは(横山)久美が点を獲ってなんとかしてくれていたけど、その久美がいなくなって一人ひとりが『自分がやらなければいけない』と考えるようになったと思います。負けが続いて、見てくださる方にとってはサッカーがつまらなくなってしまったと思うし、自分たちもうまくいかないという気持ちの中でやっていましたが、私は、置かれたその状況を乗り越えることも楽しんできたつもりです」(國澤)
エースの移籍、1部リーグで初めての連敗、新たなシステムへのチャレンジ。チームとして初めて経験することばかりだった3ヶ月間を、國澤はそんな風に振り返った。
【変化の中で得たもの】
本田監督は、6位で終えた今シーズンを次のように総括した。
「(昇格1年目だった)去年、チームは苦しまずに3位になることができました。去年こそ、今年のように勝てない時期があってしかるべきシーズンだったと思うのですが。その分、今シーズンは、苦しんだことが選手たちの財産になったと思います」(本田監督)
順位は昨年の3位から後退したが、目に見えて良くなったこともある。
昨シーズン18試合で「34」だった失点数は、今シーズンはその半分以下の「16」に減った。それは、個々のレベルアップはもちろんのこと、昨年までマンツーマンがメインだった守備をゾーンディフェンスに切り替えたことも大きい。縦への推進力が減った分、得点も昨年の「38」から今年は「23」に減ったが、特にリーグ前半戦は、1点差の接戦をものにする手堅い試合運びで狙い通りに勝ち点を重ねた。
また、様々な変化やそれに伴う困難を経験した中で選手としての幅を広げた者も多い。
たとえば、ディフェンスラインはシーズンを通して大きく変化した。シーズン開幕当初、サイドバックでプレーしていた五嶋は夏以降、センターバックに定着。初めて経験するポジションだったが、積極的なプレーで新境地を開いた。
また、それまで前線のポジションでプレーしていたFW藤村茉由は、リーグ後半戦から右サイドバックに定着し、持ち味の攻撃力を発揮した。
坂本は、複数のポジションを経験することのプラス面を次のように話す。
「多くの選手がディフェンスラインを経験したことで、守備の戦術理解度が全体的に上がったと思います。練習の中で2つ以上のポジションをやっている選手もいますが、他のポジションを経験することで、たとえば『(守備で)このコースを切ってほしい』ということが感覚として分かる。そういったことを個々が経験できたことは大きいです」(坂本)
激しいポジション争いも選手たちの成長を促した。
加入1年目ながら、リーグ戦18試合中16試合でゴールを任された望月(昨シーズン終了後に日テレ・ベレーザから加入)は、自身の成長に確かな手応えを感じつつも、「まだレギュラーに定着したわけではないので」と、危機感を漂わせる。
GK池ヶ谷夏美、GK林崎萌維(崎は大の部分が立、以下同)とのポジション争いの中で、毎週、試合ギリギリまで誰が先発するか分からない緊張感があったという。試合に帯同できるのは先発と控えの2人だが、望月がメンバー外になった試合もある。
その競争意識は、試合に出た望月の責任感にもつながった。
「2人は練習からガツガツとプレーしているし、刺激になっています。それぞれ持っているものが違うので、2人がいたから(私も)成長できましたし、3人で切磋琢磨して来られたことが大きかったです」(望月)
望月はそう言って、池ヶ谷と林崎に感謝をこめた。
次にチームが挑むのは、皇后杯だ。
長野は変化に富んだ1年をどのように締めくくるのか。
リーグ戦終盤に、フォーメーションを以前の4-4-2に戻してから調子を戻してきた長野が、その良い流れを皇后杯で存分に発揮できるかどうか、これからの戦いぶりに注目したい。