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横浜のアイドルが2バンドと生みだしたマジック・モーメント~nuance(ヌュアンス)ライヴレポート

宗像明将音楽評論家
nuance(ヌュアンス)(写真:金丸雅代)

これほどのマジック・モーメントを体験できることは滅多にない

アイドルを長年見ていても、これほどのマジック・モーメントを体験できることは滅多にない。2018年6月27日に渋谷TSUTAYA O-WESTで開催されたnuance(ヌュアンス)の3回目のワンマンライヴ「nuance 2nd single『ongen e.p』 レコ発ワンマンライブ〜だってヌュだし。〜」は、そんな激賛を捧げたくなるライヴだった。

nuance(ヌュアンス)(写真:金丸雅代)
nuance(ヌュアンス)(写真:金丸雅代)

以前インタビューでも紹介したように、nuance(ヌュアンス)は横浜のローカル・アイドル。2017年12月21日には、創業1946年のダンスホールである横浜クリフサイドで2回目のワンマンライヴを開催している。そして、一気に会場のキャパシティを拡大して行われたのがTSUTAYA O-WESTでのワンマンライヴだった。

サマソニ出演決定! 横浜のローカルアイドル・nuance(ヌュアンス)インタビュー

このインタビューでの珠理の以下の発言は忘れがたい。

――(中略)TSUTAYA O-WESTでやると聞いてどう思いましたか?

珠理  頭おかしいと思った。

出典:サマソニ出演決定! 横浜のローカルアイドル・nuance(ヌュアンス)インタビュー

今回の新機軸として、バンドによる生演奏が予告されていた。しかも2バンド。参加したのは以下の2バンド7人のミュージシャンだ。

佐藤嘉風(gt) / 斎藤渉(key) / U(dr)

masato(gt:METROPOLIS de ONELIA / ex.SuG) / 奥泰正(b:THE WELL WELLS) / 辰己裕二郎(dr:花団)

円山天使(gt)

ただ、アイドルのライヴに2バンドを投入する意味はなかなか見えづらかった。しかし、ライヴの5日前、突然として配線図と「あれ? もしかして途中でバンドがセットチェンジすると思ってる?」という文言がTwitterの公式アカウントに掲載された。

つまり、交代なしでステージに2バンド7人が並ぶというのだ。奥泰正は5弦ベースを使うこともツイートしていた。

開催直前になって「nuance 2nd single『ongen e.p』 レコ発ワンマンライブ〜だってヌュだし。〜」は、どんな音響になるのか想像もつかないライヴとして一気に注目を集めることになった。

nuance(ヌュアンス)4人と2バンド7人のミュージシャンによるライヴ

当日ライヴ会場に入ると、ステージの奥に大量の楽器が置かれているのが見えた。そして会場に続々と詰めかけるファンたち。nuance(ヌュアンス)は結成から約1年しか経っていない。約半年前、横浜クリフサイドでTSUTAYA O-WESTでのワンマンライヴが予告されたとき、誰がこんな展開を予想できただろうか?

開演すると、エレガントなグレーの新衣装を着た、misaki、珠理、わか、みおの4人が登場した。1曲目はオケによる「白昼ブランコ」。nuance(ヌュアンス)が歌っている間に、白いTシャツを着た4人のバンド・メンバーが登場した。そして、「白昼ブランコ」の終了から間髪入れずに生ドラムが鳴り響き、「セツナシンドローム」が生演奏で始まったのだ。

nuance(ヌュアンス)のmisaki(写真:金丸雅代)
nuance(ヌュアンス)のmisaki(写真:金丸雅代)

私はこの段階でうかつにも落涙しそうになった。「セツナシンドローム」は、nuance(ヌュアンス)のテクノポップ~エレクトロ寄りのサウンドを代表する楽曲のひとつだ。それが一切の音の不足を感じさせることなく、ロックのフォーマットに置き換え、完璧かつファンキーなバンド演奏で奏でられていた。サウンド・ディレクターの佐藤嘉風は、ギターを弾きながらコーラスとしてnuance(ヌュアンス)とともに歌い続ける。

そうしている間にも、今度は黒いTシャツを着た3人のバンド・メンバーが登場。「bye bye」は7人による演奏となった。なお、終演後にもらったセットリストには、楽曲ごとに「白」「黒」と書かれていたのだが、必ずしもそれに囚われることなく両バンドが演奏していたことも記しておきたい。

ノンストップ状態で「love chocolate?」へ突入したときにはフロアからも大きな歓声が上がった。nuance(ヌュアンス)では、イスを使った振り付けが多用されており、この楽曲もそのひとつだ。劇団鹿殺しの浅野康之による振り付けは、品の良いnuance(ヌュアンス)に意外なほどのダイナミズムを与えている。

nuance(ヌュアンス)の珠理(写真:金丸雅代)
nuance(ヌュアンス)の珠理(写真:金丸雅代)

「ナナイロナミダ」、そして続く「ルカルカ」はこの日発売された「ongen e.p」の収録曲だ。nuance(ヌュアンス)の音楽性については、あまり語られることのない部分がある。それは、実はnuance(ヌュアンス)の楽曲の多くは歌謡曲がベースであることだ。それを今のモードの四つ打ちのサウンドで彩っている。「ナナイロナミダ」「ルカルカ」はともにその路線の新曲なのだ。

「sanzan」から「i=envY」もほぼノンストップ。「i=envY」の演奏は特にソリッドだった。nuance(ヌュアンス)のデビュー曲である「シャララシャララ」も生演奏で歌われた。masatoによって今日のために書かれた新曲「ヌュマの歌(仮)」は、nuance(ヌュアンス)がヘッドバンギングを始めるロック・ナンバー。「サーカスの来ない街」では、nuance(ヌュアンス)の4人のソロでの歌唱が光った。

nuance(ヌュアンス)のわか(写真:金丸雅代)
nuance(ヌュアンス)のわか(写真:金丸雅代)

ラスト2曲と言った後、歌われたのは「ミライサーカス」。本来はもっともテクノポップ~エレクトロに接近している楽曲だが、この日はバンドの音の厚さとアンサンブルによって、ロック的な熱狂すらフロアに生みだしていた。

最後はバラードの「wish」。私はこの楽曲の初披露を見ていた。2018年6月9日の新宿LOFTでのことだ。あの日、珠理は学校の実習でライヴ活動を休止していたので、misaki、わか、みおのみで初披露されたことを思い出す。「私たちにとって大切な曲になると思います」というMCとともに。

その「wish」はTSUTAYA O-WESTで遂に4人で完成された。バンドの演奏によって、ロック・バラードと化していたのもこの日ならではだった。

nuance(ヌュアンス)のみお(写真:金丸雅代)
nuance(ヌュアンス)のみお(写真:金丸雅代)

今のnuance(ヌュアンス)にしか歌えない「青春の疑問符」

「wish」が終わってnuance(ヌュアンス)がステージを去っても響き続けるファンのアンコールの声に、彼女たちは今年の春まで着ていた赤いドレスで再登場。そして歌われたのは、キーボード伴奏のみによる「青春の疑問符」だった。会場からファンが白いサイリウムを振り、みおが何度も涙を拭く。そして、わかが両脇のみおとmisakiを抱き寄せ、さらにmisakiが珠理の肩を抱き寄せて、4人で寄り添うように歌われた。「青春の疑問符」という、何の衒いもなく青春を歌ったストレートな楽曲がなぜこれほどまでに胸に響くのか? それは今の年齢のnuance(ヌュアンス)にしか歌えない楽曲だからだ。

「青春の疑問符」を歌うnuance(ヌュアンス)(写真:金丸雅代)
「青春の疑問符」を歌うnuance(ヌュアンス)(写真:金丸雅代)

「駅とブランコ~恋のステイション」でnuance(ヌュアンス)が赤いドレスを脱ぎすてると、グレーのTシャツと白のスカート姿になった。白と黒のバンドの間で歌っていたのは、新衣装も含めグレーのnuance(ヌュアンス)だったわけだ。「こんなに熱狂する楽曲だっただろうか」と思うほどの盛りあがりのなか、この日のライヴは幕を閉じた。

……と思いきや、nuance(ヌュアンス)がファンから花束をもらった後に、misakiが「駅とブランコ~恋のステイション」で歌詞の入りを間違えたと発言。すると、一度ステージ袖にはけたバンド・メンバーが再び登場し、まさかの「駅とブランコ~恋のステイション」のやり直しとなった。nuance(ヌュアンス)が花束を持ったまま、轟音の中で歌う「駅とブランコ~恋のステイション」とともに「nuance 2nd single『ongen e.p』 レコ発ワンマンライブ〜だってヌュだし。〜」は終わった。

nuance(ヌュアンス)とバンド・メンバー(写真:金丸雅代)
nuance(ヌュアンス)とバンド・メンバー(写真:金丸雅代)

nuance(ヌュアンス)の未来で「まってる。」

振り返れば、nuance(ヌュアンス)の活動はクリフサイドからTSUTAYA O-WESTまでの間に大きく変わった。クリフサイド当時は、メンバーそれぞれとチェキを撮ることができなかったのだ。それが解禁され、さらに対バンライヴが一気に増加した。前述の「wish」初披露の2018年6月9日の新宿LOFTは、その日なんと3現場目のライヴだったのだ。そうした活動はメンバーにとっては大きな負荷だったろうが、TSUTAYA O-WESTでは見事なヴォーカルとパフォーマンスとして花開いていた。この日のライヴが成功したのは、2バンドの生演奏に負けない実力をnuance(ヌュアンス)が手に入れたからにほかならない。

そして、驚くほど横浜に関連した楽曲がないライヴでもあった。それは前述のインタビューのこの箇所と関連しているのかもしれない。

――さっき珠理さんが「横浜っていう街を背負ってるんで」と言ってましたけど、nuanceの横浜っぽさってどんなところにあると思います?

珠理  「yokohama sweet side story」は横浜感があります。

misaki  でも、「横浜っぽさを出していかなくてもいいんじゃない?」みたいなところはあります。ワンマンライヴも渋谷でやるし。そこはプロデューサーさんの意向だと思います。アルバムも最初横浜っぽさがあったけど、3枚目のアルバム(『mirai circus』)は「nuance」という世界観みたいになってきたから、「横浜に帰ってくる時に爆発的に売れて帰ってくるぞ」的なノリなのかなって。

出典:サマソニ出演決定! 横浜のローカルアイドル・nuance(ヌュアンス)インタビュー

今回のTSUTAYA O-WESTで、nuance(ヌュアンス)は高いハードルを乗り越えた。それは次のワンマンライヴに自ら高いハードルを設定してしまったことをも意味する。プロデューサーのフジサキケンタロウは無謀なほどに攻めの姿勢を貫くだろうが、TSUTAYA O-WESTを通過したnuance(ヌュアンス)はそれをも乗り越えていくはずだ。

nuance(ヌュアンス)はまだチャートに現れておらず、マスメディアへの露出も少ない。それなのに、TwitterやMastodonでのクチコミを通じて、耳の早いファンがTSUTAYA O-WESTを埋めたのは感動的な光景だった。nuance(ヌュアンス)は、CDセールスを至上の原理とする旧来のアイドルの活動スタイルとは別の次元で人気を集めだしている。

エンターテインメントの本質は、見る者に夢を見せることである。nuance(ヌュアンス)が多用するワードに「まってる。」があるが、私たちもまたnuance(ヌュアンス)の未来を「まってる。」のだ。

「nuance 2nd single『ongen e.p』 レコ発ワンマンライブ〜だってヌュだし。〜」は、nuance(ヌュアンス)の4人とスタッフの努力、フジサキケンタロウの打った博打、バンドの力量、そしてファンの熱量のすべてが噛みあった、この上なく幸福なライヴだった。

nuance(ヌュアンス)(写真:金丸雅代)
nuance(ヌュアンス)(写真:金丸雅代)
音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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