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緊急事態宣言は本当に必要か? 再発出なら出口戦略とセットで

楊井人文弁護士
昨春の緊急事態宣言で多くの店が休業した(4月11日、東京都内で筆者撮影)

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。そうした中、緊急事態宣言の再発出を求める声が与野党を問わず高まっている。日本医師会など9団体が医療緊急事態宣言を発表し、メディアを通じて医療崩壊の危機が伝えられているためだ。だが、昨春の緊急事態宣言では多くの困窮と悲劇も生んだ。再びこの「劇薬」を使うしかないのか。もし使うのであれば、副作用を最小限にするために、昨春の教訓を生かす必要がある。最も重要なのは、人々の希望が失われないよう「出口戦略」を明確化することではないか。

東京都で入院患者が急増中

 東京都の実効再生産数(1人の感染者が平均して何人に感染させるか)は「1.24」(1月1日現在)。12月はずっと「1」を上回る拡大傾向が続き、都内の入院患者はこの1ヶ月で1000人以上増えた。(*1)

 西村康稔・新型コロナ担当相は12月30日、メッセージビデオで「このまま感染拡大が続けば緊急事態宣言も視野に入る」と言及。自民党の新型コロナ対策本部長代理の武見敬三参議院議員も元旦の朝まで生テレビで、緊急事態宣言をすべきとの考えを示した。

 菅義偉首相は、経済へのダメージを懸念して緊急事態宣言に慎重な立場とみられる(参照:4月の緊急事態宣言発動、菅官房長官は強い慎重論だった 民間臨調が報告書発表)。だが、GoTo事業が一時停止に追い込まれたのと同様、緊急事態宣言を求める声を無視できなくなる可能性がある。

何のための緊急事態宣言か 目標の明示で人々に希望を

 「感染拡大に対しては、緊急事態宣言で人の流れを止めるしかない」という言説はわかりやすいが、要注意だ。社会経済活動を抑えれば、まず直接的に影響を被るのが社会的・経済的弱者であることは、火を見るよりも明らかだ。

 感染症「封じ込め」を目指す立場は、えてして強力な「ハンマー」による目的達成を史上命題と考えがちだ。昨夏の第2波でもそのような言説が出たが、緊急事態宣言をせずとも感染者数は減少に転じた。(*2)

東京都内の入院患者数(東京都新型コロナウイルス対策サイトより)
東京都内の入院患者数(東京都新型コロナウイルス対策サイトより)

 だが、第3波の今回は、第2波とは様相が異なるようだ。東京都では11月下旬に改善する兆候もあったが(*3)、その後一転、再び拡大基調になり、入院患者も急増して医療提供体制の拡充が追いつかない状況になっているとみられる。

 どうしても、緊急事態宣言が避けられないのであれば、その目的と目標を明示する必要がある。人々の将来への希望を見失わせないように、宣言とほぼ同時に「出口戦略」を示すべきだ。

 昨年4月の史上初の緊急事態宣言は、どのような状態になれば解除するのか、全く見通しも基準も示さないまま、スタートした。5月6日までの1ヶ月間だったはずが、期限までに解除の指針は作られず、ほぼ自動的に1ヶ月の延長が決定された。4月下旬には東京都内の感染状況、医療提供体制はかなり改善していたにもかかわらず、真逆の不正確な情報発信を東京都と大手メディアが続けた結果、自粛期間が必要以上に延びてしまったのだ(参照:東京都、病床確保数も不正確と認める 緊急事態宣言延長前2000→3300床に修正)。

4月30日、小池百合子東京都知事の動画。実際よりも4割も多い入院患者数を発表し、医療体制の逼迫が改善されていないとして緊急事態宣言延長の流れを作った。
4月30日、小池百合子東京都知事の動画。実際よりも4割も多い入院患者数を発表し、医療体制の逼迫が改善されていないとして緊急事態宣言延長の流れを作った。

 そんな出口の見えないトンネルが続く中、悲劇も起きた(NHK:聖火ランナーの店主死亡 新型コロナに五輪延期 先行き悲観か)。二の舞は絶対に避けなければならない。

 例えば、実効再生産数が1週間以上「1」を下回る状況が続いた場合、あるいは、病床使用率が5割を下回った時など、何でもいい。緊急事態宣言で何を達成したいのか、人々にわかりやすい目標、基準を示し、共有することだ。何ら基準や目標を示さないまま、「勝負の3週間」という精神論的な掛け声だけすることは繰り返すべきでない。

一網打尽的な自粛ではなく「必要最小限」の実効性ある措置を

 緊急事態宣言を発出した場合、懸念されるのは、感染リスクの少ない行動も含めて、社会経済活動が全般的に、必要以上に萎縮してしまうことだ。行動制約は目的達成のために必要最小限度でなければならない。そのことは新型インフルエンザ等対策特措法にも明記されている。

(特措法)第5条 国民の自由と権利が尊重されるべきことに鑑み、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものでなければならない。

 小池百合子知事は昨春も「何よりもまず外出しない」などと、外出それ自体が悪であるかのようなメッセージを発信したが、特措法の趣旨から言っても極めて不適切だ。真に受けて外出をしなくなった人の健康悪化のリスクも小さくない。呼びかけるなら、一網打尽的な行動制限ではなく、感染拡大阻止のためにこれだけは避けるべき、というリスクの高い行動(密室での長時間の会話など)に的を絞って、行うべきだろう

 感染症は人から人への移るものだから、人と人の接触(とりわけ密室での長時間の会話など)は控えなければならないとしても、感染リスクがほとんどない態様の外出方法はいくらでもある。感染症の専門家も「目的達成のための必要最大限」ではなく「目的達成のための必要最小限」の原理に従って助言しなければ、国民もだんだん耳を傾けなくなるだろう。専門家への信頼が低下すれば、期待する行動変容も起きづらくなる。

 営業活動の制限を伴う要請をする場合は、可能な限りの補償が必要であることは言うまでもない。

 リスクが極めて低い学校、保育園などは、従来通りで良いのではないか(10代以下の死亡例はゼロ)。

 昨春の緊急事態宣言では、全く感染者の出ていない地方も含めて全国に拡大適用されたが、地域ごとに状況は異なる。感染拡大が続き、医療のキャパシティーが危機に瀕するという状況でなければ、むやみに発出すべきものではない。

必要なら罰則規定を 自粛強要は犯罪になる場合も

 自粛要請に応じるかどうかは、基本的に個人の良識に委ねられる。年齢層、基礎疾患の有無でもリスクは明らかに異なるなど、新型コロナについては多くのことが明らかになってきており(もちろん未解明の部分も残されているが)、人々の感染リスクについての考え方も多様である。自己防衛のため最大限の行動制限をする自由もあれば、感染リスクを抑えつつもなるべく普段どおり過ごし、行動制限は最小限にする自由もある。

 どうしても社会全体の福祉、目的達成のために特定の行為(営業活動など)を阻止する必要があるというのであれば、法律で明確に禁止規定を設け、罰則規定を設けるべきだ。それがないと、かえって自己判断と正義感で他者の行動を攻撃する「自粛警察」が横行しかねない。

 自粛要請に応じなかったとしても、それが法律上禁止されていない限り、違法ではない。従わない行為を言論で批判する自由はあるが、度が過ぎると、強要罪、威力業務妨害罪、名誉毀損罪、といった犯罪になる。緊急事態宣言を発出するなら、過度な自粛強要行為は取り締まりの対象となり得るというメッセージも同時に発しても良いかもしれない。

(刑法)第223条 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。

2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする。

医療体制拡充や入院要件の見直しを

 緊急事態宣言を出すとすれば、最大の大義名分は「医療崩壊の危機回避」であろう。だが、有事に備えた医療提供体制がもっと充実していれば、このレベルの感染状況で「医療崩壊の危機」が現実化することはなかったのではないか、という指摘も出ている。

 昨春の緊急事態宣言では、入院患者が(都内で)1000人に満たない状況で「医療崩壊の危機」が叫ばれ発出に至った。だが、第2波はそれを大きく上回ったにもかかわらず、医療崩壊が起きたとの報告はなく、緊急事態宣言の発出も不要であった。(*4) 2〜3月に先手を打って医療体制の充実化に動いていれば、昨春の緊急事態宣言も必要なかったかもしれない。

 桁違いの感染者数が確認されている欧米と比べれば、日本の感染者数の水準はまだまだ低い。それでも医療体制が逼迫する要因は2つ考えられる。新型コロナに対応できる医療機関(病床だけでなくスタッフも含めて)が限られていること、入院の必要性が乏しい陽性者も入院させてしまっていること、だ。

 こうした問題は昨春の第1波から顕在化しており、半年以上、何も手を打っていなかったとは言わないが、対応が十分だったかは疑問が残る。

 安倍晋三前首相は退任時に、軽症者や無症状者は宿泊施設や自宅での療養を徹底するとの方針転換を示し、厚労省も10月にそれに沿った運用見直しを行った。

 だが、東京都は、重症者はそれほど急増していないのに、医療体制が逼迫しているとされる。入院患者の大半が軽症・中等症患者であり、依然として入院の必要性の低い感染者が入院している可能性はないのだろうか1月1日現在、2730人の入院患者のうち重症は88人。死亡リスクの低い40代以下が入院患者の3割を占める。ECMOを含む人工呼吸器装着の重症者は大阪府の方が多い(*5))。

 やむを得ず医療崩壊危機の回避のために緊急事態宣言を出すのなら、入院要件の見直し、容易に医療崩壊危機が訪れないような強靭な医療・保健所体制づくりも、目に見える形で同時に進める必要があるだろう。

 希望を失う人をこれ以上増やさないためにも。

(*1) 東京都内の12月の入院患者数は1647人(12月1日現在)から2730人(1月1日現在)に1083人増えた。

(*2) 東京都では5月下旬から8月中旬までほぼ、実効再生産数が1を上回る状況が続いていたが、緊急事態宣言などの強い措置をとらずとも、収束に向かった(東洋経済オンライン特設サイト参照)。

(*3) 東京都では11月下旬に実効再生産数が1前後に低下していた(同上)。

(*4) 東京都医師会が医療緊急事態宣言を発表したのは4月6日、その前日時点の入院患者数は951人と発表されていた(ただ、東京都の4月の入院患者数は過大であったことが後に判明しており、実際はもっと少なかった可能性もある)。第2波では入院患者数は一時、1700人を超えたが、医師会から緊急事態宣言は出なかった。12月21日、東京都医師会などによる医療緊急事態宣言が出た時点で、入院患者数は2107人(20日時点)だった。(入院患者数は東京都新型コロナ特設サイト参照)

(*5) 日本COVID-19対策ECMOnet参照。

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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