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国家元首の体を叩く/外相会談で大幅遅刻――中国・王毅外相の“上から目線”にわだかまる韓国世論

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
文大統領の右腕をパンと叩く王毅氏=韓国JTBCテレビの映像より筆者キャプチャー

 中国の王毅・国務委員(副首相級)兼外相に対し、韓国国内でわだかまりが生じている。王毅氏がかつて、文在寅大統領への親近感を表現するために体を強く叩いたり、最近訪韓した際に康京和外相との会談に大幅に遅刻したりと、その“上から目線”の行動を「非礼」と受け止めているためだ。

◇過去には大統領の腕を叩くシーン

 王毅氏は韓国訪問中の先月26日、康京和外相との会談に際し、予定時刻(午前10時)より約20分遅れて外務省庁舎に到着した。

 庁舎入り口で待ち構えていた韓国記者団が「なぜ遅れたのか」と聞くと、王毅氏は英語で「Traffic!」とだけ答え、交通渋滞が原因と示唆した。「王毅氏がホテルを出た時刻がそもそも10時を過ぎていた」と韓国メディアが報じたことから、「外交的欠礼」だとして批判が起こった。

 王毅氏は19年12月に訪韓した際にも、昼食レセプションに予定より約1時間遅れて姿を現したという。

 王毅氏に関しては、文大統領との接し方をめぐって批判が起きている。

 17年7月にドイツで開かれた中韓首脳会談で、文大統領が習近平国家主席と握手したあと、中国側要人のあいさつを受ける際、王毅氏は文大統領と右手で握手したあと、大統領の右腕を、左手で「パーン」と音がするほど強く叩いた。その様子が韓国メディアに報じられて、批判の対象となった。

 同年12月に文大統領が中国を公式訪問した際にも、北京の人民大会堂で開かれた歓迎式典で、王毅氏が文大統領の腕を軽く叩いた。この時は文大統領がまず王毅氏の腕を軽く叩いて親近感を表し、これに王毅氏が応じた形だった。

 こうした王毅氏の行為に対して、韓国国内では「王毅氏は閣僚級にすぎないのに、国家元首である大統領の腕を叩いたのは、外交的欠礼ではないか」の声が上がった。

 ただ、韓国メディアによると、王毅氏はかのプーチン露大統領に挨拶する際にも軽く腕を叩いているといい、「王毅氏は行動パターンの持ち主だ」として許容する考えもあるようだ。

 また、「中国が極めて重要な隣国だとしても、韓国政府高官は韓国国民の自尊心も考慮しなければならない」(パク・ピョンファン元駐露韓国公使・12月6日付朝鮮日報コラム)と指摘する。パク氏は北朝鮮を例に取りながら、もし中国外相が金正恩朝鮮労働党委員長の腕を叩いたら、北朝鮮側がこれを放置しておくだろうか、と皮肉っている。

◇知日派

 そんな王毅氏だが、広く知られる通り、中国きっての知日派だ。流ちょうな日本語を駆使して、日本の政財界に広い人脈を持つ。

 中国外務省のホームページなどによると、王毅氏は1953年10月、北京に生まれた。文化大革命のため69年に高校卒業後、77年まで下放(都会から農村に知識青年を強制移住させること)され、極寒の黒竜江省で8年間、荒地開墾作業にあたった。その後、北京に戻って78~82年に北京第二外国語学院で日本語を学び、82年に外務省に入った。

 95~98年にはアジア局長を務めながら米ジョージタウン大学外交研究所訪問学者として見識を深める。2001~04年には外務次官を務め、北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の初代議長として交渉を仕切った。04~07年に駐日大使、13年から外相を務める。

 駐日大使のころまでは、日本記者団の質問には日本語で応じていた。だが、外相就任後は中国指導部の視線を意識してか、テレビカメラの前で日本語を話す姿はほぼ見られなくなった。

 王毅氏は訪韓に先立つ先月24~25日に来日しているが、その際にも茂木敏充外相との共同記者発表で、日本側の神経を逆なでする発言をしている。

「正体不明の日本の漁船が絶えず釣魚島(尖閣諸島の魚釣島)周辺水域に入っている」

「中国側としてはやむを得ず反応しなければならない」

 尖閣諸島を自国領であるかのような言い回しで、改善基調にある日中間の雰囲気に水を差している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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