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【ロッカーシューズってなに?】HOKA ONE ONEに代表されるシューズの歴史を、文献で遡ってみる

たくや/ランナー医師、ランナー、ランニングコーチ

HOKA ONE ONEに代表されるロッカーシューズは、近年の長距離レースのランナーに愛好者が多いようです。「このシューズは走るのが楽!」「このシューズでないと走れない!」など熱狂的ファンが多くいます。ここ10年で彗星のように現れたシューズの印象を受けますが、科学論文の世界ではかなり前から研究されていました。そんなロッカーシューズの文献を紹介しましょう。

ランニング以前のロッカーシューズの文献

ロッカーシューズの文献は、1980年代から登場します。当初は糖尿病神経の病気で、歩くのに障害がある患者をサポートする靴として研究されていました。靴を硬くすることで、足の感覚やそれに伴っておきる一連の歩行運動の機能が低下していても移動できる補助器具でした。
踵が地面に接地したら足首を固定して、体重が踵から足底、前足部に移動するのを感じたらアキレス腱を収縮させて蹴る。この感覚を感じとる力が失われてしまった人でも歩ける歩行靴として研究されていたのです。

2009年に最初のランニングの文献

そんな中でランニングについて文献が登場します。最初に実用化したMasai Barefoot Technologies社のロッカーシューズを用いて研究した2009年の文献からです。

ランニング時のそれそれの部位のエネルギーの強さ、ロッカーシューズとふつうのシューズの比較:Boyer KA et al.Clin Biomech (Bristol, Avon).2009
ランニング時のそれそれの部位のエネルギーの強さ、ロッカーシューズとふつうのシューズの比較:Boyer KA et al.Clin Biomech (Bristol, Avon).2009

結果、股関節や膝関節のエネルギーはふつうのシューズと変わらないものの、足関節はエネルギーが少なくて済むことが分かりました。この文献では、ロッカーシューズはランニングパフォーマンスには言及していませんが、足関節のランニング障害をもつランナーにはよい可能性があるという結論に至っています。

それ以降の文献

2009年以降、ランニングにおけるロッカーシューズの文献が散見されます。
とは言ってもロッカーシューズは速く走れるとか長く走れるというものではなく、アキレス腱にはよいが膝関節は負荷が上がる足底部、特に前足部には負担が少ない足底腱膜炎によいというような文献です。

一つ文献をみてみます。文献は2022年の台湾からのもので、モーションキャプチャや筋電図を使って、普通のシューズとロッカーシューズを比較したものです。平均22歳のロッカーシューズの使用歴のない男子学生で、10mの歩行と10mの走行、階段昇降やジャンプを比較しています。
まずは走行時の結果からまとめましょう。

ロッカーシューズとふつうのシューズで走行時の、各関節の動作角度や下肢筋群の筋収縮の比較:Chen CY et al.Sci Rep.2022
ロッカーシューズとふつうのシューズで走行時の、各関節の動作角度や下肢筋群の筋収縮の比較:Chen CY et al.Sci Rep.2022

ロッカーシューズはふつうのシューズに比べて、股関節や膝関節はやや負担が大きい印象です。足関節は(ロッカーシューズ未経験者だけに不安定さを感じるものの)ランナーにとって大事な底背屈の角度は小さくなり、その足関節を駆動する下腿の筋肉の収縮力は小さくなっていることが分かります。
では歩行時と走行時を比べるとどうなのでしょうか。

ロッカーシューズとふつうのシューズで歩行時と走行時の、足関節の動作角度や下肢筋群の筋収縮の比較:Chen CY et al.Sci Rep.2022
ロッカーシューズとふつうのシューズで歩行時と走行時の、足関節の動作角度や下肢筋群の筋収縮の比較:Chen CY et al.Sci Rep.2022

ロッカーシューズを履いていて感じるのは、歩行時は勝手に足が出て体が進む感覚を覚えるものの、走行時はそこまで自然と足が出ないということです。文献でもそれが見て取れます。やはり走行時は、歩行時に比べて足関節の背底屈角はふつうのシューズと差がなくなっています。とはいえ、下腿の筋への負荷は歩行時より割合が低下しているようにもみえます。つまりは、歩行時と比べて勝手に足が出る感じを感じなくても、メリットはあるのではないかということです。

まとめ

ロッカーシューズは慣れが必要ですが、慣れれば下腿の筋群やアキレス腱、足底筋膜の故障を抱えたランナーや、下腿の足のつりで悩まされるランナーの武器となるかもしれません。

逆にこのシューズで慣れてしまうと、このシューズから離れられなくなってしまう可能性もあります。また歩行からゆっくりランニングにはよいのですが、踵着地ではないランナーや接地時間の短いエリートランナーには向かないように思います。ゆっくりと長く走りたい故障がちのランナーにはおすすめですが、筋力のある速いランナーにはおすすめ出来ないように思われます。

医師、ランナー、ランニングコーチ

41歳まで某大学病院の消化器肝臓内科で勤務、現在は都内の一般病院で内科医をしています。また、中学でランニングを始めて走歴は約40年、その経験を活かしてランニングステーションでコーチもしています。総合内科専門医・消化器病専門医・肝臓専門医・抗加齢医学会専門医、JMJA公認ランニングドクター他、資格は多数。フルマラソンの完走は67回でベストタイムは2時間50分31秒(2019湘南)。ランナーからよく聞かれることやランナーに伝えたい事を、科学的なエビデンスと経験をもとに記事を書いています。

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