ある技術者が語る「2020年日本車消滅」という衝撃の未来予測
■カローラのHV発売と好決算に湧くも…
この8月12日、政府から「GDP年率2.6%増」が発表され、景気回復は進んでいるように見える。成長率を押し上げたのは、なんといっても輸出で、3.0%も増えている。そして、この輸出増加の原動力となったのは、間違いなく自動車産業である。
実際、8月2日に発表されたトヨタの2013年4~6月期連結決算は好調で、本業のもうけを示す営業利益が前年同期比87.9 %増の6633億円。これは、これまでで最高だった07年4~6月期(6754億円)に迫る水準だった。
しかし、先日、ある大手IT企業の技術者(仮にY氏とする)と話していたら「トヨタは方向を誤れば、パナソニック、シャープになりかねない」と言うので、正直、驚いた。自動車産業は、電気産業・半導体が壊滅したいま、日本のものづくり産業の最後の砦である。そんなことがあり得るのだろうか?
トヨタ自動車は、8月6日、主力車「カローラ」のハイブリッド車(HV)を発売した。トヨタは今後、HVのリーダーとしての地位を固めるため、2015年末までの3年間で、なんと21車種のHVモデルを投入していくという。この21車種のうち、カローラHVは6番目のHVモデルだ。しかし、Y氏は、「HVばかりに傾注すると、大変なことになりかねない」と言う。いったい、どういうことなのだろうか?
■驚異的な低燃費を実現させてシェア20%に
Y氏が懸念しているのは、次世代カーの本命が、はたしてHVかどうかわからないということだ。
「昨年、日本ではHVのシェアが20%に達した。今後も売れていくと思う。しかし、ならばHVばかりをつくっていけばいいのかというと、そうではないと思う。いまはまだ劣勢かもしれないが、次世代カーの本命は、やはり電気自動車(EV)ではないのか?
私はそう思っている。もしそうなったら、HVに傾注しすぎた日本の自動車メーカーは一気に衰退してしまうかもしれない」
HVは、エンジンとモーターといったように、2種類の異なる動力源を搭載する自動車である。つまり、従来のガソリンエンジン車と電気自動車のハーフだ。トヨタはいち早くHV開発に取り組み、1997年に世界で初の量産型ハイブリッド乗用車「プリウス」を世に出している。
HVの魅力は、なんといっても燃費にある。驚異的な低燃費を実現したことで、今日まで次世代カーとして一歩リードしてきた。
しかし、このHVには、大きな欠点がある。
■世界一の“擦り合わせ技術”できた日本のEV車
前記したように、HVは2つの異なる動力源・エネルギー源を持っている。そのため、ガソリンエンジンの他にモーターと電池を積んでいるので、クルマ自体が重くなる。つまり、その分、燃費が悪化する。
それにHVは、エンジンで発電し、その電力を直流に変換して充電する。そして、周波数や電圧を変換してモーターを駆動するという仕組みになっている。
したがって、直接エンジンで駆動するだけの従来車より、エネルギーを変換して使う部分はロスも多くなるのだという。
「それなのに、なぜ、低燃費が実現できたのか?」
「それは、日本のものづくり技術が優れていたからだ。簡単に言うと、この技術は“擦り合わせ”で、これに関しては、日本は世界一と言っていい。
しかし、コンピュータが発達したいま、このような擦り合わせ技術は、やがて無用化すると思われる」
「なぜ?」
「それは、ガラケーがスマホに代わったことでわかるように、昔は電話だったものがいまはコンピュータに置き換えられている。テレビも同じで、テレビ独自で発達した技術は必要なくなり、いまはテレビではなくスマートテレビになった、これもコンピュータだ。
だから、次はクルマもコンピュータになる。そうなれば、ガソリンエンジンはいらなくなる」
日本の自動車産業は、摺り合わせ技術の集積であるガソリンエンジンを中心として、現在の地位を築いてきた。ところがEVは、電池とモーターさえあれば簡単につくることができるという。パソコンがパーツの組み合わせで誰でもつくれるようなったように、自動車もEVになれば、そうなるというのだ。
つまり、EVはモジュール化した電機製品だから、将来的にはパソコンやデジタルテレビと同じ類のものとなるというのである。
「もしそうなると、日本の自動車産業が築き上げてきたガソリンエンジンの技術はほとんど必要ないということなのか?」
「そうだ。本当にEVの時代が到来したら、トヨタやホンダなどの完成車メーカーばかりか、その裾野を形成してきた膨大な数の中小企業がビジネスを失うだろう」
■価格が高いため、新興国市場では売れていない
もう一点、HVには欠点があるという。
それは、エコカー を標榜しながら、本当の意味で「環境に優しいクルマ」ではないこと。HVといってもガソリンを使う。つまり、二酸化炭素を排出することに変わりはない。
この点を重く見て、ハイブリッド技術で先行したトヨタやホンダに対し、日産や三菱はEVにシフトしている。欧州メーカーは、ハイブリッド技術で後れを取ったため、開発資金が安く開発期間も短く済み、燃料も安く調達できることから、低燃費ディーゼル車の開発に力を入れている。
現在のところ、HVは価格が高いため、新興国市場では売れていない。新興国市場だけを考えると、日本メーカーがつくるHVは一般庶民の手には届かない。それなら、手軽なEVのほうがはるかに競争力があるというのだ。
■EV車がクルマ市場全体の何%まで普及するか?
現在、調査会社、証券会社、商社などが入り乱れて、2020年のEV(PHEVも含む)がクルマ市場のどれくらいを占めるかを予測している。普及台数予測は500~2400万台とばらついているが、平均値は約1300万台である。2020年に世界新車販売台数は9000万台と予測されるので、EVがクルマ全体に占める平均的比率は14%となる。
Y氏が再び言う。
「こうした予測は当てにならないね。よく聞くのは、2020年時点で、EVはクルマ全体の10%を占め、1台の平均価格が200万円とすれば、18兆円の市場に成長するというものだ。そして、2025年には20%になるという。
たしか、日産のゴーン社長は、控えめに900万台としていた。ただし、上方修正される可能性があるとも言っていた」
「では、もっと普及するというのか?」
「そのとおりだ」
彼に言わせると、予測が当たるかどうかわからないとしても、次の2点は言えるという。
(1)普及速度は明らかではないが、EVが普及することに異論の余地はない。
(2)ゴーン社長が言うように、EVの普及速度は上方修正される傾向にある。
(1)については、2009 年時点で「EVは2020年に10万台程度」と予測されていたが、たった数年で数十倍以上になったことからも明らかであるという。
■新製品はある時点から急速に普及する
スタンフォード大学の社会学者エベレット・M・ロジャーズ教授によると、新製品は、次のようなプロセスで普及していく。
先駆的なイノベーター(2.5%)→初期採用者アーリーアダプター(13.5%)→初期多数派のアーリーマジョリテイ(34%)→後期多数派のレートマジョリテイ(34%)→因習派のラガード(16%)
つまり、新製品というのは、イノベーター+アーリーアダプター合計16%を超えると、そこからは急速に普及するというのだ。日本における家電やPCなど耐久消費財の普及率を見てみると、ロジャーズ教授の理論はおおむね正しい。
とすると、「2020年に10%、2025年に20%」という予測は、EVがアーリーマジョリテイの段階に差しかかるということだ。となると、これ以降、これまでと異なる速度で、爆発的に普及していくことになる。
「もう一つ重要なのは、何が次世代カーのデファクト・スタンダードになるかだ。これは、普及段階を待たず、もっと早く決まる。早稲田大学の山田英夫教授の研究だと、イノベーター(2.5%)からアーリーアダプター(13.5%)に移行する際、つまり、普及率2.5%を超える辺りで、デファクト・スタンダードが決まることが多いという」
「ということは、2020年前後ではもう手遅れということか?」
「そうだ。いつやるか? それはいまでしょ!ということだね」
■中国の山東省では低速EVが大流行
すでに、世界各地でEVの開発が行なわれている。
たとえば、中国・山東省では、すでにこの時点で、クルマ統計には現れてこない新たなカテゴリーの電動車が相当数走っているという。それは、最高速度が時速50キロ程度であることから、低速EVと呼ばれている。
低速EVは、高級なリチウムイオン電池ではなく鉛酸電池を使うことから、1回の充電で50~100kmしか走れない。乗り心地も悪く、安全対策も不十分である。しかし、ナンバープレートがいらない(届け出なし)、税金もいらない、免許も保険も必要がないということで、急速に普及しているという。
しかも、ランニングコストはガソリン車の10分の1とか。
「最高技術を誇る日本の自動車産業関係者に言わせれば、このような低速EVはクルマとは言えないシロモノだ。しかし、もしかしたら破壊的イノベーションを起こす可能性がある」
と、Y氏は言う。
アメリカでは、すでにテスラモータースという電気自動車ベンチャーにより、「テスラ・ロードスター」が売られている。
このEVは、ごく普通の家庭用コンセントから充電可能で、1度の充電にかかる時間はわずか45分、最高300マイルまでの走行が可能だという。燃費もよくて、トヨタのプリウスのおよそ2倍という。
いずれにしても、イノベーションはどんどん進み、私たちの身の回りのものがすべてコンピュータでコントロールされる時代がやってくる。人間とコンピュータが融合する世界の出現だ。そうなると、クルマも大きく変わるだろう。
その際、日本のものづくり最後の砦、自動車産業が電機産業の二の舞にならないことを、切に願いたい。