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卓球の福原愛、世界でひとつのシューズでメダル獲り

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
福原愛のリオ五輪用シューズを熱心に説明するミズノの玉山茂幸さん

日本卓球のスター選手、福原愛(ANA)が4度目となるリオデジャネイロ五輪で悲願のシングルスのメダル獲得を目指す。シューズを提供するのが、スポンサーのスポーツ用品メーカーの『ミズノ』。両者の間には「信頼」がある。シューズの開発を通した信頼が。

「ちょっとびっくりしました」。ミズノのコンペティションスポーツ事業部、卓球担当の玉山茂幸さんはこう、感慨深そうに思い出した。昨年の6月のジャパンオープンの直前。神戸のホテルのロビーで、ミズノのスタッフが福原とリオ五輪向けのシューズの打ち合わせをしたときのことだった。

福原の好みの色とデザインは、名前の「愛」を連想させるピンク色とハート型である。だから、福原のシューズはずっと、ピンク色を基調としてきた。だが、リオ五輪では卓球に限らず、陸上、サッカー、バドミントンのチームミズノではシューズはブルーを基調にしていこうという方針があった。ブルーはどこまでも広がる大空のイメージである。その方針を、玉山さんは福原に伝えたのだった。

「ピンクが好きなことを知っていて、青のシューズを履いてほしいと言うわけじゃないですか。そりゃ、緊張しましたよ。抵抗があるかもしれないと心配していました。でも、福原選手はミズノの考えに理解をしていただきましたね」

46歳の玉山さんは高校まで卓球部に所属していたことで、ミズノで卓球担当に抜擢された。福原が日本代表入りした2002年にちょうど、担当になった。ざっと15年。福原の人間的成長に触れてきた。

「“これまでお世話になっているミズノさんに恩返ししたいから”、“チームミズノがそういうのであれば、ブルーのシューズを履かせてもらいます”と言ってくれたのです。ええ、感動しました」

じつは、ミズノとしても少しでも気持ちよくシューズを履いてほしいとの思いから、福原が好むハートの米粒ほどの柄をアッパー(甲被前足部)に付けたのである。確かに目を凝らせば、ブルーの中にハートマークが無数、埋め込まれている。誠意の表れである。

「ピンク色にはできませんが、ハートのデザインは施させてもらいました。また、かかとに『AI』と名前をプリントしています。15種類のAIフォントサンプルから(福原選手に)選んでもらいました。ブルー色だけど小さなハートはある、これは世界でひとつのシューズです」

福原は2004年アテネ五輪に史上最年少の15歳で出場した。健闘しながらも、シングルスは4回戦で敗退した。中国での人気に後押しされながらも、08年北京五輪でもシングルス4回戦で敗れて8強入りはできなかった。12年ロンドン五輪ではシングルスで初のベスト8進出を果たし、団体で日本卓球史上初となる銀メダルを獲得した。

福原の成長を、玉山さんは幸せそうな目で説明してくれた。

「最初に出会った頃と言うのは、福原選手と自分の年齢差もあり、トップ選手にどのようにサポートしていけば満足してもらえるのか、いろいろと考えることもありました。でも、年齢を重ねるにつれ、大人になっていったというか、気持ちも態度もプロフェッショナルになったというか、随分と変わりました」

経験はもちろん、卓球の勝負にも影響を与える。卓球は互いに2メートルそこそこしか離れずに戦うスポーツだから、どうしても精神的な駆け引きがおおくなる。卓球経験のある玉山さんは「対戦相手の汗がみえる、息遣いもわかる、冷や汗も鼓動の変化もわかるわけです」と説明する。「僕が言うのはおこがましいですけど、“福原選手は以前より対戦相手の状況や変化が見えるようになっている”と試合をみて感じることが多くなりました」

あえて、福原をスポンサーとして支えた玉山さんに五輪を漢字で表現してもらった。思案しながら、アテネ五輪が「抜擢」で、北京五輪は「人気」、ロンドン五輪は「勝負」と表現した。では、リオ五輪は?

「う~ん。質問が厳しいですね。僕は技術的なことはわかりませんが、もちろん経験値は上がっていると思います。自分の精神をコントロールする試合はできるようになっているでしょう。もう女子日本代表で最年長にもなりましたので、“覚悟”でしょうか」

福原をサポートするため、ミズノはスポンサーとして、シューズの開発、性能アップに全力を傾けてきた。特殊な測定器で福原の足型をとり、開発担当者、デザイン担当者と改良を重ねてきた。

福原はパワーより、スピードで相手をほんろうするタイプである。野球の投手でいえば、剛速球はないけど、俊敏かつ柔軟な変化球ピッチャーみたいな選手だろう。だから、シューズづくりのコンセプトは「はやく動くことができること」となる。

シューズに足を入れる時のフィーリングも大切だろう。アッパーの素材の柔軟性、硬さ、アウトソール(底材)の素材、構造…。十人十色。それぞれの好みに合ったシューズとは複雑、かつ精緻なものである。

「簡単に言いますと、(アッパーが)硬ければフィーリングは悪いですよね。でも硬ければぶれが少なくなってしっかりするんです。逆に素材が柔らかいと足入れとかフィーリングはいいんですけど、横跳びの時、ちょっとぶれるんです。昔は(福原選手は)アッパーの素材がやわらかいのを好んでいました」

アッパーが柔らかれば自身の足になじみやすいのだろう。でも、足に筋力がついてくると、足の踏み込みの強さが微妙に変わってくる。足のぶれを防ぐため、アッパー部分に強度を求めるようになっていく。要は柔らかさと強度のバランスだ。

「福原愛選手が求めているぐっという硬さであっても、足に負担がかかりすぎると、痛くなったりすることにもなります。柔らかいと、ぐにゃっと(足の)戻りが遅れます。柔軟性があって、ぐっと止まって、戻るときにすぐ戻れるようにするのにはどうするか。その中間。足にもやさしく、動きがスピードアップする。いろいろと素材をかえて調整していきます。そこが一番の苦労のしどころですね」

またアッパーには、柔軟性に優れた人工皮革を採用することで、シューズと足のフィット性を高めている。

福原の足は平均より横幅が少し細目である。足のサイズは24センチ。つま先が詰まるとストレスになるが、横が余ってしまうのも戻りが遅れることになる。玉山さんは「ここに体重が載るような設計になっています」と言いながら、右手人差し指でシューズの底の母指(親指)部あたりを押さえた。

「アウトソール(底材)の外甲側の硬度を高め、真ん中あたりに斜め方向に溝を設けることにより、母指部に体重が乗せやすくなり、力強い蹴り出しを可能にし、体重移動がすぐできるようになっています。力が入るところに力がぐっとより入るようになっています。動きをシューズがサポートするんです」

リオ五輪バージョンの特徴といえば、母指部の裏にあたる靴底あたりが伸縮性のある特殊素材で製作されていることだろう。面積にすると、約3センチ四方か。そこだけ、すこしへこみ、あめゴム色となっている。

「ここだけ、反発性の高いゴムをいれています。ここに力が入ったら、ポンと跳べるように…。シューズがねじりやすくもなっています。力のロスをなくし、卓球の動きにプラスになるよう作られています」

福原は27歳となった。オリンピック大会は4度目となる。卓球人生は、もうじき25年目を迎える。団体戦では主将を務める。

「小さいころから注目されて、長い間、すごく頑張っているなあと思ってきました。だから、団体でもシングルスでも、メダルをとってもらいですね。メダルとったら、私は泣いちゃいますね。ええ。泣かせてほしいですね」

ひと呼吸おき、ため息とともに小さい声を吐き出した。

「号泣させてほしいなぁ」

五輪メダルにかけた福原の青春である。卓球に最善を尽くす人生である。そこには、陰で支えるモノづくりの人々がいる。なにやらリオで玉山さんのうれし涙にむせぶ姿が浮かんでくるではないか。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2024年パリ大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。酒と平和をこよなく愛する人道主義者。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『まっちゃん部長ワクワク日記』(論創社)ほか『荒ぶるタックルマンの青春ノート』『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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