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医師がやらなければタトゥーは危険なのか? タトゥーのリスクを考える

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
タトゥーを入れる上での危険性は?(写真:Panther Media/アフロイメージマート)

タトゥーは医師法違反にならない

彫師が客にタトゥー(入れ墨)を入れたことが医師法違反の罪になるかどうかが問われていた裁判の最高裁判決が下りました。医師法違反にはなりませんでした。

最高裁判決のポイントは、医療行為の定義を(1)医療に関連する行為、(2)医師の施術でなければ危険な行為、と提示したことです。医師免許を持たずにこれらの行為をしたら医師法違反となるわけですが、「タトゥーは医療に関連する行為ではない」というのが、最高裁の判断というわけです。救急医としては「ごもっともだな」と感じます。タトゥーを施したくて医師になる人や、医師免許を持った上で医療行為であると認識しながらタトゥーを施している人は、極めて少数派だと思います。一方で、医師の施術でなければ危険な行為という点については、ある程度同意をします。

タトゥーの危険性

タトゥーは皮膚を染めるもので、具体的には表皮の下の真皮にインクを入れることになります。真皮にインクを流すためには数mmの針を刺さねばならず、これが傷害に当たるかどうかは大変悩ましいところです。人間の機能や健康を害することがあれば間違いなく傷害ですが、爪や毛髪を切るのが傷害と言われたら違和感ありますよね。では人間に好きなだけ針を刺しても良いのかと言ったらそういうわけでもなく、判断に難渋します。ただし、確実に健康を害するであろう合併症はありますので共有しておきます。

合併症1 感染症

皮膚はバリアの役割を果たしています。タトゥーは、このバリアを破って病原体を入れることにもなるので、感染症のリスクを生むことになります。例えば、B型肝炎やC型肝炎、そしてHIVなどのウイルス感染は、医療の上でも針刺し事故の問題となります。他者の血液が付着した針を誤って刺してしまうと、ウイルスが伝播してしまうかもしれません。我々は事故が起こらないような手順を日々工夫していることはもちろんですが、事故が起こった際には、感染が成立していないかどうかを検査する他、既知のウイルスに対する抗体があるかどうかを調べ、必要ならワクチン接種を考慮しています。海外のものですが、タトゥーサロンではリスクに対するしっかりとした教育がなく、知識のアップデートもなされていない状況が報告されています(Int J Environ Res Public Health. 2020 Sep 11;17(18):E6620.)。

ウイルスだけでなく細菌感染も起こり、これについてはインクが細菌汚染されている可能性が指摘されています(Dtsch Arztebl Int. 2016 Oct 7;113(40):665-671.)。2015年には米国で、非結核性抗酸菌症の集団感染が起こり問題となりました(Clin Infect Dis. 2019 Aug 30;69(6):949-955.)。この件に関しては、インクのほかに水道水からの感染の可能性も指摘されています。

合併症2 アレルギー

アレルギー反応とは、本来起こるべき防御反応である免疫反応が特定の物質に対して過剰に起こり、体に害を及ぼす反応を指します(詳細はこちら:二相性反応に注意を!日本のアナフィラキシーの実態とは?)。自分の体以外の全ての物質が異物として認識される可能性を秘めておりますので、針そのものや、インクがアレルギーを起こす可能性ももちろんあります。タトゥーを入れる前にアレルギーテストを義務付けている国もありますが、パッチテストだけではわからないこともあり、アナフィラキシーなど重篤な合併症が生じた時の対応は考えておく必要があります。また、皮膚の中でじんわりと色素タンパク質複合体が形成され、慢性アレルギーのような症状を呈することもあります。タトゥーを入れて数年経ってから皮膚症状を呈することもあれば、それが一生続くこともあります(Safety of tattoos and permanent make-up: Final report)。その他、異物に対する反応が強い場合、ケロイドのように痕が残る場合があるようです。

合併症3 MRIでのやけど

直接的な合併症とは少し異なりますが、タトゥーを入れている場合、MRI(MagneticResonanceImaging:磁気共鳴画像診断装置)でやけどをしてしまうかもしれません。MRI検査は、強力な磁場の中に入り、磁気の力を利用して体の臓器や血管を撮影する検査です。インクの種類によっては、磁気の影響で熱を持って、やけどを負ってしまうのです。酸化鉄ベースの染料(黒と茶色が一般的)の場合に起こりやすいようで、水泡形成するようなやけどを負ったような報告もあるので、注意が必要です(AJR Am J Roentgenol. 2000; 174: 1795.)。MRIは神経組織や筋肉、腱、骨、軟骨の評価に優れているので、救急でもよく使用します。タトゥーがあると検査が不可能というわけではないのですが、いざという時に悩むことにならなければ良いなと思います。

どうしたらいいのか

リスクを羅列しましたが、むやみやたらと危険性を訴えたいわけではありません。アメリカ食品医薬品局によると、2004年から2016年までに363件の有害事象が報告されているということですので、頻度が高いわけではないです。完全に安全というわけではないということが伝わればなと思います。合併症が発生しうることを理解し、その上で、なるべく安全に施行できる方法を模索すべき段階に来ていると思うのです。彫師が安全にタトゥーを入れられるように、そして利用者も安全に入れてもらえるように、後になって「そんなの聞いてなかった」とならないように、安全管理のマニュアルなどを整備していく必要があるのではないでしょうか?入れなければ良いという意見もあるかもしれませんが、メディカルタトゥーも浸透しつつあります。自身のアレルギー情報や持病を伝えたり、心停止時の対応を表明する目的に入れたり、乳房再建後に色素を入れて乳輪・乳頭を再現するなど、医師の目から見てもありがたいなと思わされることはあります。世間の注目が集まっていますので、ぜひ前向きに議論が進めば良いなと思います。

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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