同人誌の価格はどう決める?
同人誌の価格について、SNS上で騒がれているようです。つい昨日も関連して、こんな記事がYahoo!ニュースのトピックス入りしていました。
サークルが設定した同人誌の価格について不満を匂わせる意見が出ており、それに同人作家側からの反論が行われています。
同人誌の価格についてのは話題は、ネットで度々話題になっている気もしますが、未だに続いているのは、それだけ関心事であることの裏返しかもしれません。本稿では同人サークルの頒布・収支についての調査から、同人誌制作にかかるコストといった要因に加え、それ以外の価格決定要因について、整理してみたいと思います。
半数以上が100部以下の頒布
まず、データで明らかな点を見ていきましょう。
世界最大級の同人誌即売会コミックマーケット(コミケ)では、やや古いですが2010年にサークル参加者に対する調査を公表しています。それによれば、コミケでの頒布数が50以下のサークルは全体の32%、100部以下のサークルは全体の52%となっています。半数以上のサークルが、コミケで100部売れない状況です。(下グラフ)
そして、年間収支が赤字のサークルは、男性サークル主で66.9%、女性で66.2%となっています。つまり、ほとんど赤字な訳です。
サークルのコストは?
上記を踏まえ、同人誌のコストを見ていきましょう。オフセット印刷は数十部の少部数刷るのと数千部の大部数刷るとでは、単価が大きく異なります。半数以上のサークルが100部以下の頒布数の状況で、これに見合った数をオフセット印刷する場合、安価な仕様でも1冊数百円のコストは普通にかかります。サークル参加費や旅費交通費等を考えた場合、コスト回収は難しく、赤字が当たり前でしょう。
では、コミケ以外の即売会などでも長期的に頒布していく事で大量に印刷し、コストを押さえる手法はどうでしょうか? この場合、在庫コストが問題になります。同人誌の詰まったダンボールを、自宅などで保管しなければいけません。アパートで一人暮らしの場合は、かなり生活スペースを圧迫することになるでしょう。そもそも、大量に刷ったところで、売れる確証は無いのです。そうなった場合、今度は廃棄コストが問題になります。どちらにしても、大量に刷ることは、サークルにとってリスクなのです。
そして、値付けに影響するのは冊子関連のコストに留まりません。作品制作に必要な機材・道具、ソフトウェアにも費用がかかりますし、資料代、取材費がかかる同人誌も多くあります。そしてなにより、時間という貴重なリソースを使って制作されています。これらのコストは、作者によって違っているため、外から実情はわかりにくいものです。
同人誌の高品質化・低コスト化を進めた印刷技術
ここまでで同人誌には、様々なコストがかかることがわかったと思います。しかし、商業誌にも負けないクオリティの同人誌も出てくるなど、全般的に質が向上しているといっていい同人誌ですが、過去と比べても価格は上がっていない、むしろ安くなっているのではないかと感じています。その背景には、印刷技術の進歩があります。
かつては同人誌を印刷してくれる印刷所は少なく、個人が印刷できる手段は限られていました。コミケが始まる1970年代の同人誌は、湿式の青焼きコピー機で刷られているものが多く、他にもメモ帳に肉筆で描いたものを販売したり、郵送して回覧することもありました。その頃、ビデオゲーム事業を始める前の任天堂が発売した簡易青焼きコピー機『コピラス』は、青焼きコピー機でも高価だった時代に9,800円で販売されていたため、これが多くの同人サークルを助けたと、霜月たかなかコミケ初代会長は著書『コミックマーケット創世記』に記しています。
その後、同人誌にも門戸を開く印刷所が増えてきたことから、オフセット印刷によるフルカラーといった商業誌に近いクオリティの同人誌も可能になっていきます。また、2000年代に入りオンデマンド印刷機が普及すると、オフセット印刷に近いクオリティで少部数でも安価な印刷が可能になるなど、同人誌印刷に有利な環境が整ってきました(ただし、凝った装丁をしたい場合、オンデマンド印刷は制約があるため、少部数でもオフセット印刷を利用する方も多いです)。
また、従来は印刷所に原稿を送ったり、渡して印刷していたものが、現在はWeb上でのデータ入稿が多くの印刷所で行われ、チェックまで自動化で行うところもあり、原稿の輸送にかかっていた時間が短縮されました。このような技術の進展が、同人誌を低コスト化・高品質化を支えています。
最終的にはサークルが決めるもの
ここまで部数やコスト、コストに関連した技術などを見てきました。しかし、そういった要因によらずとも、頒布価格はサークルがつけるものというのもまた事実です。
自分が知っているだけでも、端数で売られている同人誌や、日本円以外の外国通貨でしか売らない同人誌がありました。両者とも非難はありましたが、曲げずに頒布していました。こういうサークルの我を通すところも、同人誌即売会の楽しみだと思います。
あと、それなりに多く見かけるのが、ある程度ならコストを無視して、キリの良い価格(500円、1000円等)に設定しているサークルです。同人誌即売会ではレジもなく、手作業の会計が基本ですが、600円の価格だと100円玉の釣り銭が足らなくなり、300円だと100円玉ばかり手元に残るといったことが起こり得ます。キリの良い価格は迅速な会計にも有利なため、多少のコストの大小は置いて、手間を少なくしたいサークルはやるでしょう。
なにより、同人誌即売会では、無料ペーパー、無料冊子をよく見かけます。サークルによって、モノクロコピー1枚のものもあれば、カラーの冊子を無料配布していることもあるのです。もちろんこれらにもコストはかかるのですが、完全にサークルの持ち出しになります。
とどのつまり、同人誌の価格は単純にコストで測れない問題でもあるのです。
「二次創作の価格設定」を問題にしている向きもあるようです。しかし、最近は二次創作ガイドラインを設定する企業・著作権者も多く、そういった作品の二次創作ならガイドラインに反していなければそれで済む話ですし、成文化した決まりが無い作品なら、あとは著作権者と二次創作者間の問題になるはずで、そこに第三者が口を挟む余地はどこまであるのでしょうか。