ミームとしてのDogeを振り返る
ブログ「かぼすちゃんとおさんぽ。」によれば、5月24日午前7時50分に柴犬のかぼすちゃんが息を引き取ったという。かぼすちゃんは2010年2月にブログで公開されたユーモラスな表情の写真が世界的に知られることになったが、その写真はインターネット上で模倣や改変が加えられて伝播するミーム"Doge"(ドージ)となった。
かぼすちゃんの死去は、ニューヨーク・タイムズ、BBC、ル・モンド、AFP通信等、世界各国のメディアが報じ、中には速報扱いもあった。世界的な反響の大きさに対して、明らかに日本の大手メディアは反応が鈍く、ネットメディア中心の報道になっている。筆者は新聞・雑誌記事データベースG-Searchで、生前のかぼすちゃんやDogeの新聞記事を調べてみたが、海外の記事に対して日本メディアの扱いは明らかに寂しいと思わざるを得なかった。
国内外で対照的な報道となっているのは、Dogeのモデルが日本で飼われていたかぼすちゃんながら、Dogeミームそのものは海外、特に英語圏のネットで伝播しているのも大きいだろう。
そこで、日本発ながらあまり知られていないネットミームとしてのDogeについて、その軌跡を振り返り、世界に与えた影響について紹介したい。
最初はかぼすちゃん=Dogeではなかった
Dogeの元となるかぼすちゃんの写真がブログに投稿されたのは2010年2月だが、それがただちにブームを巻き起こした訳ではなかった。そして、Dogeという言葉自体は、最初からかぼすちゃんの写真を指すものでもなかった。元はと言えば、犬を表すDogのミススペルから始まったもので、米ニュースメディア、ザ・ヴァージによれば、2010年のインターネット掲示板Redditでのコーギーの写真投稿がそのようなタイトルで、ふざけた犬の写真を指す言葉として使われていた。
それが2013年7月頃からかぼすちゃんの写真がブームの兆しを見せ、Dogeの代表的な写真となっていく。そして、同年12月にザ・ヴァージがその写真を「かぼすちゃんとおさんぽ。」で投稿された写真と特定した記事を公開している。
ミームコインの高騰
Dogeがミームを超えて世界、そして日本でも注目されるようになったのは、Dogeをモチーフとした暗号通貨Dogecoin(ドージコイン)によるところが大きいだろう。実際、かぼすちゃんの訃報を伝える報道は"Dogecoin dog"と紹介されている例が多い。
最初はエンジニアのジョークとして始まったドージコインは、2021年1月にテスラ創業者のイーロン・マスクがTwitter(現X)上で言及したことで注目され高騰、2021年11月には日本の新聞各紙でも取り上げられ知られるところになった。
ドージコインは現在もなお時価総額3兆円を超え、インターネットミームをモチーフにした暗号通貨ミームコインの中では最も大きい。また、2023年4月4日には、Twitterで表示されるアイコンが青い鳥からDogeに変更されたこともあった(後に青い鳥に戻るがXとなる)。
派生ミーム
ミームは模倣と変異を繰り返し伝播する。Dogeから生まれたミームは多数あるが、現在もよく見られるミームに2019年に登場した"Swole Doge"(マッチョドージ)がある。Dogeの顔にマッチョな肉体をつけた画像を指すミームで、対で登場するのがDogeと並ぶ著名柴犬ミームのCheems。マッチョなドージと、弱々しく見える座り方をしているCheemsを対比させ、別のものに当てはめて比較するというミーム、Swole Doge vs. Cheemsが知られている。
なお、このCheemsのモデルは、香港で飼われていたBalltzeという柴犬だったが、こちらも昨年8月に亡くなっている。
NFTオークション
ミームとしてのDogeの影響力の強さを示したエピソードとしては、2021年に行われたNFTオークションがある。NFTとは非代替性トークンとも呼ばれ、暗号通貨と同じようにブロックチェーン技術によって、デジタルアートの所有権を証明するものだ。かぼすちゃんの飼い主の佐藤敦子さんが写真のデジタルデータをNFTオークションに出品したのだ。
オークションの結果、Dogeとして知られる最も著名な写真は約4.7億円、外の7点の写真と合わせて計5億300万円もの額で落札されたという。この収益の大部分は慈善団体に寄付され、学校建設等に使われたとDIMEは伝えている。また、慈善団体セーブ・ザ・チルドレンには100万ドル以上が寄付され、これまでに受け取った暗号通貨による寄付で最大のものと同団体のコメントをBBCが報じている。
佐倉市にモニュメント設置
2023年11月2日、かぼすちゃんが住む千葉県佐倉市の佐倉ふるさと広場に、かぼすちゃんのモニュメント”Kabosu the Doge”が設置された。これはかぼすちゃんの18歳の誕生日(注:かぼすちゃんの正確な誕生日は不明で、飼い主の家に迎えられた日にしている)に合わせたもので、設置にあたってはクラウドファンディングによって10万ドル以上の寄付が集まっている。
登場から10年以上経たDogeだが、未だに模倣と変異を繰り返し、様々な形で伝播している。様々なミームが流行っては消えていく中、長くネット上で伝播しているDogeは「強い」ミームと言って過言ではないだろう。一方で、生まれの日本ではそれほどミームを見ない点を考えると、日本発海外育ちのミームと言った方が適切かもしれない。
かぼすちゃんは亡くなりましたが、ミームとしてのDogeはこれからも生き続ける。かぼすちゃんの冥福と、Dogeのミームが今後も善いものであることを願って、この記事を終えたい。