日本のゴミ箱、なぜ消えた?
ゴミ箱がないのはサリン事件のせい?
先日、あるツイートが拡散されているのを目にしました。シンガポールにはゴミ箱が至る所に設置されているのに対し、日本には設置されていないことを批判するツイートに対して、「地下鉄サリン事件を知らない人が増えてきた」とゴミ箱がない理由を述べる趣旨のツイートです。発信者は医療系インフルエンサーとして知られる医師で、この記事を書いている5月19日現在で831万回閲覧されています。
日本の駅や公共空間にゴミ箱が無いことは度々ネットで話題になり、最近はインバウンドの観光客増加で、観光地でのゴミ問題に絡めたものをよく見ます。そういった話題になる度に「地下鉄サリン事件があったからゴミ箱が撤去された」という趣旨の説明・反論がされるのをよく見かけます。
しかし、1995年に起きた地下鉄サリン事件とゴミ箱は直接的には無関係です。パック詰めされた液状のサリンは、いずれも列車内で穴を開けられて犯行に使われています。オウム真理教による一連のテロでゴミ箱が使われたのは、駅トイレ個室内のゴミ箱に青酸ガス発生装置が仕掛けられた新宿青酸ガス事件です。恐らく両者を混同しています。
もちろん、地下鉄サリン事件を契機にテロへの警戒感が高まり、公共空間から爆弾が設置されかねないゴミ箱が撤去された、と捉えることもできるかもしれません。しかし、地下鉄サリン事件直後は多くの駅のゴミ箱が使用できなかったものの、しばらくしてゴミ箱は再開されています。2000年代前半には、ゴミ箱から回収した本や雑誌を売る人たちを街頭でよく見たものでした。明らかに地下鉄サリン事件とゴミ箱が公共空間から消えた時期には隔たりがあり、これらを直接結びつける言説には違和感があります。
そこで、地下鉄サリン事件以降の公共空間におけるゴミ箱の撤去はなぜ起きたのか、各種報道や官公庁の指針といった情報から整理を行いました。
地下鉄サリン事件以後の駅のゴミ箱
1995年3月の地下鉄サリン事件で一時的に駅のゴミ箱が撤去されましたが、JRや私鉄では徐々に再設置が進み、事件の舞台となった営団地下鉄(現:東京メトロ)でも、1997年4月1日からゴミ箱が再設置されています。1997年3月31日の朝日新聞朝刊によれば、全駅で492組あったゴミ箱を駅員の目の届く場所に集約し、半数以下の220組が再設置されています。
ところが、2004年3月にスペインでマドリード列車爆破テロ(死者191名)、2005年7月にイギリスでロンドン同時爆破テロ(死者56名)と鉄道を狙った大規模テロが相次いで起きたことで、日本でも鉄道のテロ対策が強化されることになります。
2004年にJR東日本ではゴミ箱を集約すると共に、金属製から透明なゴミ箱に変更されましたが、これはマドリードのテロを受けての対応でした(読売新聞2004年10月2日夕刊)。
また、2005年8月に国土交通省鉄道局と各鉄道事業者、警察庁からなる「鉄道テロ対策連絡会議」が設置され、同年12月にテロ発生の脅威に応じた3段階の危機管理レベルが設定されるようになります。この危機管理レベルに応じた対応を鉄道事業者に求めており、その中にはゴミ箱の集約や撤去も含まれています。(国土交通省サイト内「鉄道のテロ対策」)
ここで注目してほしいのは、このゴミ箱の集約や撤去は、あくまでテロ発生の危険性が高まったと判断された(レベルが上がった)時のもので、平時に恒久的なゴミ箱の撤去を要求するものではないのです。
つまり、現在広く行われている鉄道のテロ対策は、直接的には海外のテロを受けたもので、また平時の恒久的なゴミ箱撤去もテロ対策として求められたものではないのです。この時点でゴミ箱が無い原因を地下鉄サリン事件に求める言説は相当怪しいものと思われます。
公共空間からゴミ箱が消えた理由
では、駅以外の空間、たとえば公園といった公共空間からゴミ箱が消えた理由はなんでしょうか。多くの報道や議論で理由に挙げられているのが、「ゴミ箱を撤去した方がきれいになる」という直感と反する現実でした。
『サンデー毎日』2003年12月7日号では、当時の自治体によるゴミ箱撤去の様子を次のように伝えています。
公共のゴミ箱に家庭ごみが持ち込まれ、ゴミ箱からあふれてカラスが群がるという光景は、当時の多くの自治体で問題になっていました。このような状況に対し、1990年代からゴミ箱を撤去して美化につなげる動きが自治体や企業で見られるようになります。紹介したサンデー毎日の記事でも、同様の理由でゴミ箱を撤去する自治体が相次いでいることを伝えています。
地方の議会でも、ゴミ箱撤去について議論が行われているのが確認できます。2010年3月の大阪市議会では、公共のゴミ箱撤去についての質問が行われ、環境局事業部業務担当課長が次のように回答しています。
これまでに例に挙げた市川市、大阪市と同様の報道や議論は、様々な自治体で確認できます。つまり、公共空間における自治体設置のゴミ箱の撤去は、地下鉄サリン事件以後のテロ対策ではなく、モラルの問題によるものだったことがわかります。
駅からも消えるゴミ箱
先ほど、鉄道テロ対策として平時からのゴミ箱の撤去は求められていないと書きました。しかし、この数年で駅のゴミ箱の撤去に踏み切る鉄道事業者が増えています。首都圏の主要な鉄道事業者のうち、全駅からのゴミ箱の撤去(自販機横の回収箱除く)に踏み切った事業者と、撤去時期、その理由について下記の通りまとめてみました。
2004年 東急電鉄 マドリード列車爆破テロを受けて
2004年 京浜急行 マドリード列車爆破テロを受けて
2004年 京王電鉄 マドリード列車爆破テロを受けて
2021年 西武鉄道 家庭ゴミ持ち込み増加、感染予防、テロ対策
2022年 東京メトロ 営業に支障をきたすような物品(不審物等)の投棄
2022年 東武鉄道 家庭ゴミ、注射器などによる清掃事業者安全確保
2022年 小田急電鉄 テロ・防犯対策など総合的に勘案
※読売新聞「駅からゴミ箱消える、首都圏10事業者が撤去…家庭から持ち込み絶えず」
BUSINESS INSIDER「駅のゴミ箱、どこ行った? ポイ捨ては減ったのか鉄道各社に聞いてみると……」
上記2記事を元に作成
首都圏でゴミ箱を撤去した鉄道のうち、撤去の大きな動きがあったのは2004年のマドリード列車爆破テロと、コロナ禍以降の2つに大別できることが分かります。
2004年のマドリード列車爆破テロでは、多くの鉄道でゴミ箱が一時撤去されましたが、東急電鉄、京浜急行、京王電鉄では再設置することなくそのまま撤去となりました。他の事業者はコロナ禍以降にいずれも様々な理由から撤去に踏み切っている中、西武鉄道と東武鉄道は家庭ゴミ持ち込みを理由に挙げており、今も問題になっていることを窺わせます。
一方でテロ対策、セキュリティを目的に挙げているところは多いものの、いずれも地下鉄サリン事件を挙げているのは確認できませんでした。鉄道事業者のゴミ箱撤去の時期とあわせて考えると、やはり駅のゴミ箱撤去に限っても、地下鉄サリン事件の直接的な影響は薄いと言わざるを得ないのではないでしょうか。
結論
ここまで挙げた事例を見る限り、日本にゴミ箱が少ない理由を地下鉄サリン事件に求める言説は根拠が薄いと考えられます。
事件のせいにしてそこで終わらせるより、なぜ海外でゴミ箱を設置できて日本はできないのか? 海外では問題が起きていないのか? といった点について話し合った方がまだ建設的と思うのですが、いかがでしょうか。