勇気ある決断の積み重ねを経て誕生した日本バスケットボール界初のプロレフェリー
昨季Bリーグのアワードを受賞するまで、ファイナルを担当した若手という以外に、加藤誉樹レフェリーのことはあまり知らなかった。しかし、FIBAのスーパーバイザーであり、日本人で初めてNBAのサマーリーグを吹いた経歴を持つ上田篤拓との会話で、初めて将来を嘱望されている人材であると認識。U19ワールドカップ取材でエジプトのカイロに渡った際、偶然にも同じホテルに宿泊しているとわかった時点で、そのことはすぐに把握できた。
昨年のU17女子ワールドカップに続き、加藤はカナダ対イタリアの決勝戦を担当。事実上の決勝と言ってもよかったカナダ対アメリカの準決勝を任された時点で、正直に”彼はすごい”と感じた。その後、ワールドカップよりも全体のレベルが高いと個人的に思えるユーロバスケットでも笛を吹き、グループラウンドの5試合だけでなく、スペイン対トルコの決勝トーナメント1回戦、セルビア対イタリアの準々決勝を任された。
ユーロバスケットのレフェリーで唯一の20代ということでも、加藤がこの2年で大きな飛躍を遂げたのは明白。そんな経緯からすれば、日本バスケットボール協会(JBA)公認のプロレフェリーの第1号として、9月25日付で契約したことに驚きは感じなかった。現在JBAの審判部部長を務める元国際レフェリーの宇田川貴生は、「世界から認められた」と語っている。
慶應義塾大在学中にひざの大ケガに見舞われるまで、加藤は選手として上を目指していた。レフェリーをやり始めたのは20歳の時。大学院を卒業した後は銀行に勤務し、その合間にNBL、そしてBリーグの笛を吹くようになっていった。しかし、選手やコーチが映像でスカウティングを行うように、レフェリーも試合に向けて入念な準備が必要。「目の前の1ゲーム、1プレイに集中しています」と話す加藤は、Bリーグだけでなく、時間が許す限りユーロリーグやNBAの映像を見て学習している。
バスケットボール、レフェリーという仕事への熱意が強く、社業との両立が難しいと感じた加藤は、3月で銀行を辞める決断を下す。この時点でJBAからプロレフェリーのオファーがなかったと明言していたことからも、すごく勇気ある決断だったのはまちがいない。しかし、バスケットボールのレフェリーは、コンマ数秒でコールするか否かの決断を、何度も何度もしなければならないタフな仕事。勇気ある決断を下せるメンタルの強さがなければ、世界レベルのレフェリーに到達することはできない。
ユーロバスケットの準々決勝で、こんなシーンがあった。セルビアに前半から2ケタのリードを奪われていたイタリアが3Qで反撃し、速攻で6点差にするチャンスと思われた瞬間、加藤はベンチテクニカルをコールする。イタリアのエットレ・メシーナコーチは、絶好のチャンスを奪われたことで激怒。しかし、そのシーンの映像を見直すと、速攻に移った瞬間にダニエル・ハケットがベンチから立ち上がり、加藤に向かって怒りの声を出していたのだ。FIBAルールのガイドラインに従えば、テクニカルファウルを吹かれても仕方ない。
「あそこで吹くのは勇気がいりました」
加藤がこう振り返ったにように、あの局面でコールするのはどんなレフェリーにとっても難しい。NBAであれば、速攻でフィニッシュまで至ったか、オフェンスがスローダウンするか、ポゼッションが変わるまで、テクニカルファウルをコールしない場合がほとんど。しかし、一瞬であってもクリアに自分の視界に入り、見逃さなかったことに対して、FIBAのレフェリー部門でトップを務める人間からは「よくコールした」と褒められたという。FIBAから高い評価を受けている要因について聞かれると、加藤は実際に言われたこととして、次のように答えた。
「一貫性というか、ものすごくいい笛とか悪い笛が続くというのはなくて、極めて普通」
激しい抗議をされても表情をほとんど変えなかった加藤に対し、経験豊富なチーフのレフェリーがすぐにメッシーナとの間に入り、テーブルに向かってコールする機会を作ったのは、真の仲間として認められている証と思える瞬間だった。今週末から開幕するBリーグでは、加藤がクルーチーフとしてリーダーシップを発揮し、仲間をサポートする立場になるシーンを何度も見ることになるだろう。
9月25日の就任記者会見で、「今回プロフェッショナル・レフェリーとして活動させていただけることは、すごく光栄に思っております。一方で、大変責任を感じております」と語ったように、加藤に対する選手やコーチ、ファンの見る目はますます厳しくなるはずだ。しかし、勇気ある決断で正しいコールをし続けることは、加藤自身のレベルアップだけでなく、日本のバスケットボール界の発展に貢献することにもつながる。世界に認められた29歳の若きレフェリーは、プロとして新たなチャレンジの第一歩を踏み出した。