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知られざる数億ションの世界(特別編)5億円が戻ってこない高級シニアハウス、なぜ人気?

櫻井幸雄住宅評論家
高級シニアハウスには個室の美容室も。「パークウエルステイト浜田山」で筆者撮影

 高級シニアハウスとして今年7月にオープンした「パークウェルステイト西麻布」は、約120平米の住戸で入居一時金が5億円を超える。

 分譲マンションの購入費が5億円超ではない。サ高住(サービス付き高齢者住宅)に入るための一時金が5億円以上……つまり、死んだら、その住戸は明け渡すことになり、一時金は戻ってこない。

 財産として残る分譲マンションを買うならともかく、死んだら権利が消滅する高級シニアハウスになぜそんな大金を使うのか。

 誰でも考えつくのは、「最高級のサービスが人気の理由ではないか」「仕事をリタイアした人の、最後の虚栄心?」「物騒な世の中になっているので、安全性を重視して」……いずれもありそうな理由だが、死ぬまでの一時金で数億円を使う理由としてはどうだろう。なるほど、それで数億円の大金をポンと使い捨てるわけか!と納得するには弱い気がする。

 よく「金持ちほどケチ」といわれる。ケチは言い過ぎかもしれないが、富裕層と呼ばれるほどお金を貯めた人が虚栄心でムダ金を使うとは思えない。防犯性の高さなら、別の住まい方がいくつもある。

 では、数億円の一時金を惜しげもなく使う人の本音はどこにあるのか。これまで高級シニアハウスに入居者たちから直接話を聞いた経験からすると、ストンと腹に落ちる理由はひとつだった。

 その理由につながるキーワードは、「富裕層は、死ぬときが一番金持ち」という真理である。

使い切れないほどお金を貯めた末に……

 入居一時金が数億円になる高級シニアホームを初めて取材したのは今から5年前だった。その内容は、2019年7月8日の記事75歳・1人入居の一括前払いは2億9826万円。超高額・サービス付き高齢者住宅の存在意義は、で紹介した。

 都内杉並区の高級住宅エリア、浜田山に誕生した「パークウェルステイト浜田山」の取材記で、三井不動産レジデンシャルが展開する「パークウェルステイト」シリーズの第1号物件だった。

 冒頭に紹介した入居一時金が5億円を超える「パークウェルステイト西麻布」も同じシリーズだ。

 「パークウェルステイト浜田山」では小さめ部屋・約58平米の1LDKに1人入居した場合、月額賃料94万4000円となっていた。それを一括前払いした場合、75歳・1人入居で入居一時金が1億6992万円だ。

 毎月家賃を払う方式を選べば、月額賃料94万4000円を死ぬまで払い続ける。長生きすればするほど費用がかさむ。しかし、一括前払い方式を選べば、何年生き続けてもそれ以上の賃料は発生しない。

 ただし、賃料とは別に月額利用料というのが約25万円必要で、水・光熱費は別途。食事代も別途……料金体系はそのような仕組みだった。

 「パークウェルステイト西麻布」は、より都心立地であるし、物価も上昇したことで一時金も毎月の費用も高くなっている。

 それでも、入居申込が多い。

 一般的な高級賃貸マンションの場合、家賃を経費計上できる個人事業主や士業の人たちに好まれる。家賃が高くても、経費で落とせるからよし、とする人たちだ。しかし、サ高住の場合、家賃を経費計上することはできないことになっている。

 そうなると、なおさら、疑問が深まる。なぜ戻ってこない入居一時期に数億円もポンと出せるのか。首をかしげる人が多いはずだ。

お金を貯めた人に残された「納得の使い途」

 なぜ、高級シニアハウスに大金を使うのか。

 その理由は「富裕層は、死ぬときが一番金持ち」であるからだ。

 富裕層と呼ばれる人たちは、まず間違いなく投資でお金を殖やしている。いわゆる利殖は死ぬまで続けることができるので、富裕層は「死ぬときが一番お金持ち」ということになりがちだ。

 ムダ遣いをせず、せっせとお金を増やしてきた富裕層は死ぬ時期が近づくと、ある思いにとらわれる。

 それは、「お金を貯めたまま死ぬのはつまらない」という思いだ。

 人間70歳を超えると死が身近になる、と、すでに70の峠を超えた筆者も実感している。その頃から友人、知人がバタバタと病に倒れ出すからだ。一命を取り留めても、体に不自由が残ることもある。

 死が身近になったとき、富裕層は殖やしたお金のことが気になる。

 そのままにしておけば、高額の相続税が襲ってくる。遺した金も子や孫が大事に使ってくれるかどうかわからない。あっという間に消えてなくなる可能性が高いだろう。

 かといって、今更何に使うか。

 車、酒、ギャンブル……もはや、それを楽しいと思える歳ではない。シニアでも楽しい豪華客船の船旅もあるが、それとて費用は高くても1000万円程度だし、何度も行きたいとは思わない。極めて高額の宇宙旅行は年齢制限がある。

 そう考えたとき、最後に残された「納得できる使い途」が高級シニアハウスなのだ。

 至れり尽くせりで、寝たきりになっても面倒をみてくれる高級シニアハウスならば、夫も妻も満足できる。これまでお金を貯めた甲斐があった、と感じることもできる。

 富裕層に遺された最後の「納得できる使い途」だから、数億円を捨てることになっても惜しくはない。

 今、富裕層が多く住む東京、大阪の便利な場所で、高級シニアハウスが続々増えている理由がそこにある。

 

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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