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テニス4大大会初 予選から決勝進出した18歳女子の奇跡「自分を信じれば、どんなことでも可能になる」

木村正人在英国際ジャーナリスト
全米オープンで決勝進出を果たしたイギリスのエマ・ラドゥカヌ選手(18)(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

「多文化」時代を迎えた女子テニス

[ロンドン発]女子テニスは「多文化」の全盛時代を迎えたようです。日本人の母とハイチ人の父を持ち、グランドスラム(四大大会)をすでに4度も制した大坂なおみ選手(23)=WTAランキング3位=に続けと、多文化の両親を持つ18歳と19歳が全米オープン女子シングルス決勝で対決します。

イギリスのエマ・ラドゥカヌ選手(18)=同150位=と、カナダのレイラ・フェルナンデス選手(19)=同73位=です。ラドゥカヌ選手はカナダのトロント生まれ、父はルーマニア人、母は中国人です。フェルナンデス選手の父はエクアドル人、母はフィリピン系カナダ人です。

ラドゥカヌ選手は予選を突破して決勝進出を果たすまで9試合すべてストレート勝ち。準決勝でもギリシャのマリア・サッカリ選手(26)=同18位=をサービス、ストロークで圧倒し、つけ入るスキを与えませんでした。予選選手がグランドスラムの決勝に進出したのは初めてです。

ラドゥカヌ選手は帰りの飛行機を予選が終わったあとに予約していたそうですが、破竹の快進撃を続けています。グランドスラム優勝18回の解説者マルチナ・ナブラチロワ氏が「テニスIQもメンタルIQも高い」と舌を巻くほどの強さでした。

ラドゥカヌ選手はついこの間まで、大学進学のために必要なA(一般教育修了上級)レベルで数学A*(6段階で最も高い評価)、経済学Aの成績を収めた日本で言う公立の高校生でした。

彼女が通っていた女子の「グラマースクール(公立進学校)」の関係者は「彼女は海外の大会に参加しては教室に戻って来るのが普通の姿だった。学業面でも優れていた」と英メディアに話しています。

スポーツ選手になるために生まれてきたようなしなやかな体と繊細な運動神経を持つラドゥカヌ選手の活躍に英国中が沸いています。優勝したら、どんな騒ぎになるか分かりません。

“悪童”マッケンロー氏の辛辣コメント

英テニス界の知る人ぞ知る逸材だったラドゥカヌ選手が注目を集めたのは、ワイルドカード枠で出場した先のウィンブルドン選手権。イギリス人女性として実に42年ぶりに4回戦に進んだものの、呼吸困難とめまいのため試合途中で棄権を余儀なくされました。

グランドスラム7回優勝の“悪童”ジョン・マッケンロー氏は英BBC放送で「エマには気の毒だったね。大坂選手がウィンブルドンに出場しなかったため注目を集めすぎた。彼女には荷が重すぎた」と解説しました。

大坂選手がメンタルヘルスを理由に全仏オープンとウィンブルドンの出場を辞退したことを挙げ「ちょっとしたことで手に負えなくなってしまったようだ。彼女がこの経験から学んでくれることを願っている。前の試合が長引き、あれこれ考えすぎたのかもしれない」というマッケンロー氏の辛辣コメントはネット上で瞬く間に炎上しました。

辛口コメンテーターとして知られるピアーズ・モーガン氏はマッケンロー氏を擁護しました。

「マッケンローは真実を語った。ラドゥカヌは才能のある選手だが、プレッシャーに耐えられなかった。大敗が決まった時点で棄権した。彼女は“勇敢”ではなく“残念”だ。私が彼女だったら、ファンにマッケンローを罵倒するのは止めてと言うよ。彼のようにタフになってチャンピオンになる方法をアドバイスしてもらったら」

「もっと強くなって戻ってくる」

回復したラドゥカヌ選手は対戦相手に謝罪した上で、こう誓いました。

「素晴らしい観客の前で人生最高のテニスをしていたが、その経験が私を追いつめた。息が荒くなり、めまいがしてきた。医療チームは続行しないよう助言した」

「ウィンブルドンをコートで終えられないのは世界で最も辛いことのように感じたが、続行できる健康状態ではなかった。応援してくれた皆さんに感謝し、来年はもっと強くなって戻ってくる」

サッカーのイングランド代表でマンチェスター・ユナイテッドのFWマーカス・ラシュフォード選手(23)はツイッターでラドゥカヌ選手を励ましました。

「僕もU16の代表チームでウェールズと対戦しているとき同じ経験をした。今でも覚えている。何の理由もなく、そのあとは二度と起きなかった。あなたは自分自身を誇りに思うべきだ。祖国はあなたを誇りに思っている。あなたが元気になったのを知り、うれしく思う。前へ、そして上に進もう」

マッケンロー氏やモーガン氏はラドゥカヌ選手の精神力は「やわ」と指摘しましたが、決してそうではありません。

BBCによると、今年8月末に米南部に上陸したハリケーン「アイダ」の影響で練習が十分にできないことにコーチ陣が頭を痛めている時、ラドゥカヌ選手は「練習できなくても気にしないよ」とリラックスしていたそうです。

「私はストレスを感じることはあまりない。自分を信じているし、最後は精神的なものだから」とBBCに話しています。

「冷静さや精神的な強さは私の育った環境に起因するものだ。両親は幼い頃から、コート上では絶対にポジティブな態度でいるようにと教えてくれた」「自分の成績を誰かと比較することは幸せを奪うようなものだ。自分を信じれば、どんなことでも可能になる」

1カ月間、SNSやスマートフォンから自分を遮断

ファッション雑誌ヴォーグイギリス版は「芯の強さがあれば、どんなことでも達成できる」という言葉とともにラドゥカヌ選手のファッション特集を組みました。

それによると、両親は金融の仕事をしており、母はバレエやタップのレッスンに連れて行ってくれ、父はゴルフやモータースポーツを紹介してくれたそうです。

子供の頃、カートやモトクロスをやっている女の子はラドゥカヌ選手だけで、最初は「変わり者」であることに慣れなければならなかったそうです。5歳でテニスを始めた頃も所属していたチームは全員が男子でした。

周囲にポジティブな印象を振りまくラドゥカヌ選手ですが、今回は1カ月間、ソーシャルメディアやスマートフォンから自分を遮断して大会に臨みました。

イギリスでは「イエス・エマ」や「ゴー・エマ」がトレンドになっています。今大会、大坂選手はフェルナンデス選手に3回戦で敗退しており、多文化を背景にする強力な若きライバルたちが続々と出現しています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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