「ありがとう」がいっぱいもらえる仕事 もったいない魚を活かす豊洲もったいないプロジェクト魚治 中目黒
食べられるにもかかわらず、港で捨てられてしまう魚は、漁獲高全体の40〜50%に及ぶとも言われる。港で捨てられるだけではなく、輸送途中にうろこが擦れてしまったり、カニの脚が1本だけとれてしまったりすれば、商品としては販売できないし、価格が激減してしまう。
こうした「もったいない」魚は、実は日本の食品ロスの統計値(年間643万トン、平成28年度)にはカウントされていない。
もったいない魚を、廃棄することなく美味しく料理し、お客様に喜ばれている中目黒のお店、豊洲もったいないプロジェクト 魚治(うおはる)の料理長、櫻田雄士(さくらだ・ゆうじ)さんを訪ねた。
サメ、ウツボ・・・「もったいない」理由はさまざま
ー先にオープンしている東京・丸の内の築地もったいないプロジェクト魚治(うおはる)(JR有楽町駅から徒歩5分)を取材したとき、普段は目にしない魚を拝見しました。このお店でよく出るお魚や、「もったいない」の理由を教えていただけますか?
櫻田雄士さん(以下、櫻田):うちでよく入るのは、サメ。フカヒレの需要はあるんですけど、身がちょっと臭いイメージで、あんまり皆さん食さないんです。でも、ちゃんと下処理してあげると、すごく淡泊で、ふわふわな身で。そのままフライにしたり、メンチカツにしたりして、お出ししています。
この間使ったのは、クロシビカマスというお魚。伊豆では、結構、使われているみたいなんです。一般的にはあまり流通されていなくて、ハモみたいに、骨切りが必要なお魚。塩焼きにしてあげると、すごくおいしくて。
「もったいないイベント」と称して、もったいない食材をふんだんに使ったコース料理を、限定で提供したときに使ったら、お客様の評価はすごく高くて。「こんなにおいしいのがあったんだ!」と。
ー塩焼き、いいですね!サメと、クロシビカマス。他には何かありますか?
櫻田:珍しいのだと、ウツボや、深海魚系。
ーウツボはどんな料理に?
櫻田:ウツボは、かば焼きにしたり、唐揚げだったり。
ーいつもよく入ってくるお魚は?
櫻田:最近、多く入ってくるのがエイヒレ。生のエイが入ってくるので、自家製の一夜干しにしたり、唐揚げや、煮付けにしたり。
市場のセリで売れ残った魚を救って廻って料理する
櫻田:ここは、豊洲(市場)に入っている仲買(なかがい)さんと、直接やりとりさせてもらっています。セリが終わった後、もう一度、セリの会場をぐるっと廻ってもらっているんです。
その日、売れ残ってしまった食材たちがいっぱい余っている中で、卸の方に「今日、これあるんだけど」と声かけてもらって、その魚をピックアップしています。
中には、傷物(きずもの)や、サイズの規格外、ケースのうち、欲しい部分だけ取っていって残ってしまった物、知名度が低くて売れない物もいっぱいあって。使い勝手が悪いものとか。
うちが天ぷらで使っているハモも、通常サイズより1.5倍ぐらい太いのを使っているんです。そうすると、骨切り作業が通常の倍以上時間かかっちゃうし、手間も掛かる。それで、皆さん、あまり使わない。
でも、そこの手間を少しかけてあげることで、天ぷらにすると、身が分厚くて、ふわふわしておいしくなる。ちょっとひと手間かければおいしくなる食材がゴロゴロ転がっているんです。
ー今おっしゃった、「傷物」の例だと、どんなものがありますか?
櫻田:箱の中で擦れちゃって、うろこが剥げちゃって見た目が悪いとか。搬送途中にぶつかっちゃって、ちょっとおなかに傷が付いちゃっているもの、(魚の)顔の一部がうっ血しちゃっているもの、貝の少し割れちゃっているもの、カニだと脚が1本折れちゃっているので、それだけで商品価値が下がってしまっているもの。
ーカニは、1本、脚がもげちゃうと、どのくらい値段が下がるんでしょう?
櫻田:一気に暴落すると思います。半値以下。
ー昨日とおととい、講演で、「1万円が数千円に落ちる」という表現をしたんですけれど、そんな感じですか?
櫻田:そんなイメージです。
ー「規格外」にはどんな物があるんでしょう?
櫻田:ヒラメは、1.5〜3キログラムまでのが需要があるんですけど、すごく大きくなって、5〜6キロになってしまったヒラメは、店で仕入れても消費しきれなくて買えない店が多かったり。
この間入ったのは、コウイカというイカです。イカは、だいたい700~800グラムぐらいのサイズで声かけられるんですけど、今回は、小さくて、40~50グラムとか。
ーそうなんですか。
櫻田:そう。そういうコウイカがケース単位であって。使い勝手が悪く、(中を)掃除するのに手間がかかってしまうというので。
ーそのイカは、何になったんですか?
櫻田:中を全部掃除して、イカキムチにしたり。あとは、そのまま唐揚げで、おろしポン酢で召し上がっていただいて。今、作っているのはイカ団子。和食でいう「イカしんじょう」にして、さつま揚げみたいな感じでお出ししたり。
ーおいしそうですね!ケースの中で、人気のところとそうでないところが出るのはどんな魚ですか?
櫻田:何でもです。たとえば、ノドグロみたいな高級魚でも、自分たちが使いたいサイズだけ取っていって、大きいのや小さいのだけが残ってしまう。
ーあと、知名度がない魚でしたか。築地もったいないプロジェクトで聞いたのが、ハッカクという魚は、北海道では出るんだけれども、東京では出ないと聞いたんですけれども。他に何かありますか?
櫻田:さっきお伝えしたクロシビカマスだったり、あとは何でしょうね・・・深海魚系が多いですね。ゴッコとかドンコ。今日はセナガマグロ。この間入ってきたのがワカサギです。サイズがすごく小さ過ぎて。ワカサギは冬のイメージがあるので、時期が外れちゃうと人気がなくて売れない。
「旬」とは?
櫻田:地場の物は、一般的な旬と、ちょっとずれるんです。山菜も、主流は3月から4月ぐらいで、東京だと「山菜が出てきたね、春だね」と食べ始めて、5月・6月は、もう食べ飽きて食べなくなるんですけれど、実際、山に入ると、地場の山菜は、5月・6月が一番おいしくなっていたり。でも、その頃にはみんな食べ飽きているからあんまり売れない。
ー確かに、需要がないと・・・・うなぎも、本当は夏が旬じゃないですものね。冬が旬で。こちらのお店では、本当の旬の時期を大事にしているんですね。
櫻田:旬ももちろん大事にしていますし、旬からずれた食材でも・・・。
ーお出しする?
櫻田:うん。この時期に食べてもおいしいんだよというのをもっと分かってもらいたい。さっきのワカサギは特にそうですね。ハマグリも、3月・4月ぐらいに「春先だよね」と言われるんですけど、夏の時期も、身がすごくしっかりしていて美味しい。
今だと、しっかり堀り上げた大粒のハマグリが「季節が違う」という理由で売れ残っていたり。でも実際は大量にとれていたりするんです。今、めちゃくちゃおいしいですよ。
ホッケも冬のイメージが強いですけど、今、揚がってくるホッケは、しっかり脂がのっていておいしいです。サイズがちょっと小ぶりなだけです。
キスも、サイズがばらばらな物で、ケースの中で、大きいのから小さいのからいっぱい入っていて、小さいのになるとさばくのが大変で売れないんですけれども、しっかり手をかけてあげるだけでおいしいとか。
ー大人でも、そういうことを初めて知る方も多いんでしょうね。
櫻田:多いと思います。
ー調理法もそうだし、旬の時期も。
櫻田:実際に、旬自体が、温暖化の影響でずれ込んできているので。
ー確かに。野菜も、トマトや夏野菜が冬に出ますから。
櫻田:今、水揚げされる物や農作物で出てくる物は、その時期に必要な物なので、今とれる物を大切にしていきたいというのが一番大きいです。
「ありがとう」がいっぱいもらえる仕事
ー1日はどんな流れですか?
櫻田:ちょうど朝方の3時半ぐらいから仲買さんがセリ場を回るので、朝の3時半から6時前ぐらいまでずっとやりとりをして、「今こんなのがある」「今日は何が入る」というのを確認します。魚は、12時のお昼前ぐらいに納品されます。そのとき、魚の大きさや状態を改めて確認させてもらって。そこから下処理して、メニューどうしようかと考えながら・・・です。午後3~4時頃からメニューを書き始めて、そのまま夕方5時からオープン、という流れです。
ー忙しいですね。すみません、そんな中、貴重なお時間をいただいて。櫻田さんは、閉店までずっといらっしゃるんですか?
櫻田:お店は夜中の1時までやっています。
ー1時までいらっしゃって、また、その繰り返し?
櫻田:そうです、基本的には。
ー大変な部分と、やりがい、楽しさ、面白さというのは、いかがですか?
櫻田:大変だなと思うのは「もうちょっと時間があればいいのに」と思うぐらいで、正直、そんなに大変さは感じていなくて。
逆に、やりがいや、楽しさのほうが大きいです。
というのは、もともと僕が板前をずっとやっていて、料理、作るのが好きというのが根底にあるので。
お客様が「こんなのを初めて食べた!」と、新しい食材に出会って楽しんでいる姿を見ると、一気に「もっと頑張ろう」と思ったり。
仲買さんたちも、今まで行き場のなかった魚に、行くあてができることで、新たに仕入れができたり、商品が循環するという流れができて。
結果的に、漁師さんたちが命を懸けて魚を捕ってきてくれた魚が、ちゃんと消費者まで伝わって、「おいしい!」という言葉につながっているのを目の前で見られるのは僕らの特権なので。そういう部分は面白いです。
常連さんやリピートしてくれる方々が「今日もメニュー違うの?」とか「この間食べた、あれないじゃん!」と言われたとき、「いや、うちはね・・・」と、改めて、うちのコンセプトをお伝えして「そうだよね、じゃあ今日はこれを食べようかな?」「次も何があるか楽しみにしてるね!」と、お客さんと掛け合いできるのが楽しいですね。
ここは路面店なので、すぐそこにお魚をディスプレイしているんですね。そうすると、小さいお子さんたちが水族館感覚で遊びに来てくれて、「この魚、なあに?」と言いながら。僕らの世代はアジやイワシを見て分かるのが当たり前だけど、今は、お魚丸ごと見ることがなかったりするので。
ー私は(ここの)カウンターで食べたんですけど、テーブル席には家族連れが来ていて。丸の内(築地もったいないプロジェクト)は、あんまり子どもがいなかった。
櫻田:それはこっちの(店の)特徴かなと思って。ここ中目黒は、ファミリー層も意外と多くいらっしゃって。
ーそれも、丸の内との違いになりますね。
櫻田:おじいちゃん、おばあちゃんが多いですよ、ご年配の方たちが。外の「テラス席」に座って、ちょっと一杯飲みながら、お刺身を食べて帰るとか。
ーいいですね!テラス席は最初からありました?
櫻田:はい、作っていました。あと、犬の散歩中に立ち寄るとか。
ー面白い。丸の内だと、ビルの地階だから・・・。
櫻田:あっち(丸の内)はサラリーマンの方や、お仕事された帰りの方も多く。
ーここのお店の前に板前さんをされていたときは、どのぐらい、どんなお店でされていたんですか?
櫻田:7年間、和食の割烹の。
ーそのときより、今の方が、喜びが大きいですか?
櫻田:クローズキッチンが多かったので。今は、目の前にお客様がいらっしゃって、その反応が見られたり、料理をご提供させてもらいながらも「ありがとう」がいっぱいもらえるんです。直接「ありがとう」を言ってもらえる環境は、なかなかないと思います。
ー確かに、ホールスタッフの方は直接お客さんと触れ合えても、料理を作る方は奥にいることも多いですよね。お客さんの中で、何か印象に残っている方はいますか?
櫻田:お料理も食べに来てくれるんですけれども、人に会いに来てくれる方が多いです。最近だと、2日に1回ぐらい、海鮮丼を食べに来る方や、「おいしい魚を食べたい」と言って来られる方がいたり。最近は、食材ロスや産業廃棄物の関係の方にすごく多くいらっしゃっていただいています。「もったいない」コンセプトに興味を持って来ていただいた方が多くて。今はストローが問題になっているじゃないですか。ステンレスのストローを自分で作って販売されている方など、ロスを意識している方に多くいらっしゃっていただいている感じがします。
ーまだ開店して間もない時期(2019年6月開店)なのに、検索して来られるんでしょうかね?
櫻田:だと思います。あとは、新聞を見たとか、ラジオを聞いたという方が多い。分野が違っても、そういう問題にいろいろと取り組んでいる方がたくさんいらっしゃるんだなということは、ここに来て感じさせられていることです。
クローズドキッチンの割烹から「直接お客様を見られるお店」に
ー和食の板前さんからこちらに来るきっかけは、何だったんですか?
櫻田:個人的なことで(笑)。
ーすみません、個人的なことで(笑)。
櫻田:きっかけは、直接お客様を見たいということ。オープンキッチンをやりたかった。
板前をやっていたときは、お客様においしいと言ってもらうより、親方や先輩たちに認めてもらうとか、親方とかのオッケーが出れば満足していました。
でも、根本的に、自分は何が好きなんだろう?と考えたとき、自分が作った料理を食べている人たちが笑顔になっている瞬間や、おいしいねとホッとしている瞬間や、そういうのを見るのが好きだな、と思ったんです。もっとお客様を直接、目の前で見られる所でやりたいと思ったときに、出会ったのが、今、お世話になっている、MUGEN(ムゲン)という会社です。
ーそれはいつ頃ですか?
櫻田:もう7年前ぐらい(2012年ぐらい)になります。
ー料理を作られる方で、そういうの(集中して内にこもるの)を、楽しめる方と、そうじゃない方もいらっしゃるんでしょうかね。きちんと決まったものを追求して、内にこもって集中して・・・。
櫻田:いらっしゃると思うんです。この店にいるのは僕みたいなタイプが多いので、みんな楽しんでやっているんだと思います。
うちの一つの強みとしては、臨機応変にできること。
大手さんの「この商品にはこの食材を使ってレシピはこれで・・・」と全てをキッチリ管理されたところより、新しい食材を使って、いろんな手法を試して、自分の考えを持って、いろんなところで経験してきた調理技術を活かせるスタッフが多いのが、うちの一つの強みだと思います。
取材を終えて
飲食店の中には、従業員が疲弊している店や、いやいや接客しているお店もある。櫻田さんは、閉じられた空間である割烹の厨房で働いた経験を経て、自分が何に幸せを感じられるかを真摯に考え、今の仕事に就き、楽しんで仕事をしていることが伝わってきた。お客さんと直接対面できるのはもちろん、毎日決まり切った食材と作り方に終始するのではなく、毎日違う食材と格闘し、新しいメニューを創造していくことも、やり甲斐や楽しさの一つではないかと思った。こんなお店が日本じゅうに少しずつ増えていったらいいな、と感じた。
謝辞
「豊洲もったいないプロジェクト魚治」(中目黒)と、「築地もったいないプロジェクト魚治」(丸の内)の企画を担当している、株式会社エードットのビジネスプロデュース局、武地昭憲(たけち・しょうけん)さんには、取材のご手配から当日の同席までお世話になりました。実は櫻田さんと同郷(宮城県仙台市)ということもあり、取材途中で話が盛り上がりました。感謝申し上げます。
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