「刑務所収監前にこれだけは言いたい」。プレサンス元社長冤罪事件で虚偽供述強要された会社役員が内幕語る
特捜部が現役の一部上場企業創業社長を逮捕・起訴するも、彼らが有罪立証の決め手とした供述は違法な取調べによってでっち上げられた架空のストーリーだった。
プレサンスコーポレーション元社長・山岸忍氏の無罪が確定してからもうすぐ2年。検察庁はいまだに謝罪はおろか、再発防止策すら講じていない。
特捜部の内部でなにが起こっていたのか?
真相を究明すべく山岸氏が大阪地裁に起こした国家賠償請求訴訟において、原告側は10月26日、主任捜査官だった蜂須賀三紀夫検事、取調べを担当した田渕大輔検事、末沢岳志検事、山口智子検事の証人尋問を申請した。
このうち末沢岳志検事の取調べを受けた不動産会社社長Bさんがこのほど取材に応じた。
Bさんはプレサンス元社長冤罪事件のキッカケとなった明浄学院をめぐる土地取引で業務上横領の共犯とされ実刑が確定している。
刑務所収監を前にしてBさんは何に憤りを感じているのか? 自身の取調べを振り返りながら、その思いを語ってもらった。(肩書きは当時のものを使用)
録音録画の開示は認められなかった末沢検事の取調べ
プレサンス元社長冤罪事件においては山岸氏の部下Aさんに対する田渕大輔検事の取調べについて多くの報道がなされている。
取調室のなかでは、机を叩く、大声を出し続けての罵倒、恫喝など尋常ならざる事情聴取が行われていた。山岸氏の国家賠償請求訴訟においては、その録音録画の開示が命じられ、国側が大阪高裁に即時抗告している。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/f48f3872db6d0410bb65334d3b38a0032022bf9c
原告側はBさんに対する末沢岳志検事の取調べ録音録画についても文書提出命令を申し立てていたのだが、こちらの方は、「発言内容が明らかであり、あえて録音録画で表情等といった非言語的要素を立証する必要性は認められない」とされてしまっている。
では末沢岳志検事の取調べに問題はなかったのだろうか?
Bさんの話を聞く前に、逮捕に至る流れを振り返ってみよう。
山岸氏は自社の不動産取引のため、個人資産18億円を拠出した。山岸氏はBさんの会社をとおして学校法人に貸し付けられると思っていたのだが、後に理事長になるO氏のダミー会社に資金は流れてしまっていた。もちろん山岸氏はこのことを知らない。
プレサンス社が明浄学院と学校用地の売買契約を結び、手付金を支払ったところ、そのうちの18億円が山岸氏の元へ戻って来た。O氏は自分が借りたお金を学校の資金で返済してしまったのである。2019年12月5日、BさんはO氏とともに業務上横領の容疑で逮捕されてしまう。
ところがBさんが取調べで聞かれることは山岸氏のことばかりだった。特捜部はこの事件の主犯が山岸氏だと見立てており、その構図に合った供述を取ろうとしていたのである。最初から横領して返すつもりで個人のお金18億円を貸すなどという行為自体があり得ないのだが、特捜部は本気でそう考えていた。
逮捕されても聞かれるのは山岸氏のことばかり
「末沢検事には『山岸さんは明浄に貸したと思っていますよ。わたしもそう伝えました』とずっと話していました」
Bさんは語る。実際、逮捕されてから3日間の取調べではそう答えていた。しかし、これが事実だとすると山岸さんはこの犯罪には関わっておらず、むしろ被害者となってしまう。
山岸さんが主犯であるためには、貸したお金が学校ではなくO氏に渡るとあらかじめ伝えられていなくてはならない。
民事訴訟に証拠として出された12月8日の取調べの文字起こしを読んでみると、末沢検事は逮捕したBさんに対し、執拗に山岸さんの関与を問いかけている。
〈山岸さんからそういう風に言われたから、やむなくそういうような形というのをもう指示には逆らえないからずっとやっていたみたいな話なのか。いや、山岸さんはそれは関係ないと、オレが自分で決めて、自分で入ってやったんやという〉
〈プレサンス側の意向があったから、これはもうやらなあかんのやというような話で今回の件の21億まわして返済するというところまでやったんやというんやったら、それは自ずと責任の重い、軽いとかいうのはそれは変わってくるでしょということ。言っている意味わかる?〉
〈先ほど言ったみたいに、今回の件、山岸さんはなぜ逮捕されへんかというのは、今回の件では大きなポイントになるかもしれないね〉
〈なにが言いたいかというと、今回の件、山岸さんがたぶんあれこれ言っているんやないかと思うわけ〉
何度否定しても取調官から山岸氏の関わりについてほのめかされた被疑者であるBさんはこの言葉はどう感じたのか?
「プレサンスはこうなることがわかっていてわたしにやらせているよと言っているように聞こえたので、本当にそうなのかと思ってしまいました。山岸さんと部下Aさんとの間にどのような会話があったかは知りません。一番悪いのは山岸さんだと言われて、そうなのかなと」
それまで一貫して山岸氏の関与を否定していたBさんが揺らぎ始めるのである。
家族の話を持ち出し、このままだと主犯と同罪だと脅迫
その後、末沢検事は取調べにおいて、こう問いかける。
〈そうなったとき(刑務所に入る入らないという事態)にどうなっても山岸さんが本当にBさんのことを守ってくれるのかどうかなんて、それは、わからんのとちゃうかということ〉
Bさんが〈守らんと思うね〉と答えると、
〈すると自分とか、自分の家族とかの生活をキチッと守れるのかという話になったら、それはもう事実をキチッと話して、これが本当に悪いことなんやというんやったら、それは裁きを受けなあかんでしょ〉
突然、家族の話を振られたBさん。そのときの気持ちを聞くと、
「年頃の娘ふたりいますので、心が張り裂けそうな感じになりました」
さらに末沢検事はたたみかける。
〈山岸さんの関与が本当にあるんやったら、それ言わへんかったら、今のこの立ち位置だけからしたら、Oさんと同じくらいBさんすごくこの件に関与した、非常に、状況的にはやっぱりかなり悪いところにいるよということ。すごくもうすべてのことを意識して、理解して、お金貸して戻すところまで全部わかっているんだったら〉
Bさんが山岸さんの関与を供述しなければ、主犯であるO氏と同じ量刑になると言うのである。これは明らかに虚偽説明だ。実際、その後の公判でのO氏への求刑は懲役6年。対するBさんは懲役2年10ヵ月求刑と半分以下だった。しかし起訴権限という絶大な権力を持つ検察官のお言葉である。
そのときの気持ちを尋ねてみると、
「なんでOさんと同じ罪をボクが背負わなくてはならないのか。目の前が真っ暗になりました」と語る。
泣きながら虚偽供述をするまでに追い込まれる
末沢検事は一気に核心に攻め込んだ。
〈お金を貸すのは会社を通じて貸すんだけれども、学校に入れるみたいな話じゃなくて、いやO氏個人に貸しまっせということは、そこはきちっと伝えていたんやないの?〉
この供述こそ、山岸さんを有罪にするために特捜部がもっとも必要としているものだったのである。それに対し、Bさんは、
〈まあ、伝えていましたかね〉
とあいまいに肯定している。このときの心境はどのようなものだったのか?
「そういう風に言ったら楽になれるんかなと。罪も軽くなるんかなと思ったんです。Oさんと同罪と言われているからね」
脅迫を交えた誘導的な取調べの効果は絶大だった。Bさんは、
〈うん。そうせんと(山岸さんの関与を含めて全部しゃべらないと)、もううちは罪が深くなるばっかりでしょ〉
〈それは、罪軽くしてもらえるんやったら。軽くいうか、横領したわけじゃないからね。どうしても腹立たしい〉
〈全部しゃべります。全部しゃべる。全部協力してしゃべる。全部しゃべる。助けてください〉
と末沢検事に迎合する。どんな心理状態だったのか?
「もう、完全に心が折れていましたね」
さらに泣き出したBさんは、
〈耐えがたいんよ。悔しい。一生懸命やったんですよ。やっぱしきついしね〉
と口走る。
「自分としては罪を犯しているつもりなんかまったくありませんでした。一生懸命、話をまとめて土地取引まで持って行ったのに、こんな横領の罪に問われて悔しくて涙が出たんです」
人質に取られた義理の弟
Bさんにはもうひとつ気がかりなことがあった。自分の会社には義理の弟であるNさんも勤めていて、やはり何度も特捜部の取調べを受けていたのである。果たして彼も逮捕されてしまうのではないだろうか。
弁護士からもその可能性はあると言われていたという。
〈Nはどうなります?〉
こう問いかけると、末沢検事は、
〈そこも含めての話なわけ。つまりNさんのこととかを含めて、ご自身の会社とか、Nさんのこととか含めて、どうなるかということを心配するに当たっては、それはもう事実を話すという〉と言う。
この文脈での「事実」という言葉を、Bさんはどのように理解したのか?
「山岸さんは明浄にお金を貸したと思っていますよと一貫してわたしは言い続けていました。事実はそうではないと検事が言っている。向こうが求める事実を話せということだと思いました」
末沢検事の言う「山岸さんの関与があるか否かで、義理の弟であるNさんの刑事責任が変わる」というのは正しくない。そして「山岸さんの関与を話せば、Nさんを助けてやる」と持ち掛けるのは不正な利益誘導だ。
この日以降、Bさんは、検事に誘導されるがまま、取調べに受け答えするようになってしまうのである。
山岸さんの関与を証言する供述調書は12月14日および15日に作成された。その際、Bさんは取調室で、
〈そういう風に書いた方がいいんでしょ〉
〈そういう認識はなかったんやけどね。上手に表現決めてください〉
〈裁判官の心証が良くなるように〉
と口走っている。でき上がったものを読み聞かされたあと、拇印を押してしまったのだった。
取調べ検事との激しい怒鳴り合い
脅迫・誘導されたとはいえ虚偽供述をしてしまったBさん。良心の呵責に耐えかね、15日の夜は眠れなかったという。
翌16日朝の弁護士接見で相談する。
「弁護士に対し、『真実ではないことを言って、調書にサインしてしまいました。どうしよう、先生?』と話したところ、『真実を話しなさい。供述は撤回しなさい』と言われました」
その日の午後3時43分から行われた末沢検事による取調べの冒頭、このような会話があった。
末:〈ご飯も食べてますかね〉
B:〈食べてました〉
末:〈元気出た? そうでもない?〉
B:〈元気ありますよ。思い出したこともある〉
末:〈先それちょっと聞いておきましょうか?〉
B:〈結局ずっと考えていたんですけども、昨日おとといの供述は全部なし〉
勇気を出して調書の撤回を申し出たのである。しかし、応じてもらえない。いったい取調室のなかでなにが起こっていたのだろうか?
「この日のボクは末沢検事と激しく言い合ったんですよ。でもまったく聞く耳を持ってもらえず、威圧的な物腰で返答するのみでした」
実際、Bさんの、
〈それはあなたに怒られる筋合い、問題じゃないと思いますよ〉
〈それ、怖い顔されるのはねボクもね。なんかね、脅されているように感じるんですよ。脅されているような〉
〈それ、全部変えてください。これ今ビデオ全部撮っているんでしょ?〉
という抗議の言葉が載録されている。
また、Bさんの発言で、
〈あの、ほな笑わないでください。真剣にしゃべってんのに〉
という発言も残っていた。これはいったいどういうことなのだろうかと聞いてみると、
「わたしが一生懸命、調書を撤回してくれと頼んでいたら、横にいた検察事務官と目を合わせて笑いよったんですわ。『どうせ変わらんのになに言うてるねん』みたいな感じでクスクスしとるから、撤回する気がないから笑ってるんかなと思ったんです」
40分間にわたって言い合ったあと、
〈せやから、あれ変えてください、昨日の供述のやつ〉と言い切るBさんに対し、
〈それはちょっと考えますんで一回中断します〉
と言って末沢検事は席を立った。
取調べの最終日となった2019年12月25日、Bさんは二度にわたって、
「あの調書そのままにしておくんですか?」
と尋ねた。それに対し、末沢検事は、
「そんだけ言うんやったら法廷でひっくり返したらよろしいやん」
とうそぶいたという。
どうしてもこれだけは言っておきたい
2021年5月21日から始まった山岸さんの裁判において、Bさんの取調べを担当した末沢岳志検事は異動して公判担当検事となり、法廷に姿を現した。
6月14日に行われた証人尋問において、Bさんは山岸さんの関与を全面否定。虚偽供述をしてしまった理由を問われると、末沢検事の方を指さし、
「そこにいる検事に脅されたから」
と言い切った。末沢検事が放った言葉は1年半後にブーメランとなって本人に戻って来たのである。
検察はBさんの検察官調書を証拠請求。しかし裁判所は「供述内容の信用性に疑問が残る」として却下した。
2021年10月28日、大阪地裁は山岸さんに無罪を言い渡す。検察は控訴しなかった。できなかったという方が正しいだろう。
一方のBさんは最高裁まで争ったのだが、実刑判決が確定してしまう。
「検察は最初から山岸さんを逮捕するつもりだったけど、ボクにはその腹が見えなかった。取調べもずっと山岸さんのことばかり聞かれてますし、法廷でも、『これはボクの裁判ですか』と聞き直したことがあります」
Bさんが言うように、特捜部は当初から山岸さんが主犯であるという見立てで捜査していた。Bさんが供述撤回を申し出た2時間後、山岸さんは逮捕されている。現役上場企業の社長の身柄を拘束するわけだから最高検察庁の決裁まで取っている。動き出した官僚組織はもはや止まることができなかった。
「最初から横領されるとわかっていて山岸さんの18億円をO氏に貸し付けたと世間で思われていますが、それはまったく違います。わたし自身、約束手形を入れていてリスクを負っていました。理事全ての連帯保証をつけて公正証書にする段取りも進めていました。まさか犯罪に巻き込まれるなんて思ってもみなかった。O氏がわたしに対する約束を一切、守らなかったことが原因なんです。わたしの裁判の判決はそのあたりの事実をまったく理解できていない」
ちなみにこの事件の発端を作り、検察に迎合して法廷で虚偽を述べ続けた山岸氏の部下のAさんは執行猶予判決が確定し、収監されることはなかった。
「(山岸さんの公判で)検事の調書通りの証言をしなかったから、わたしの方はキツい判決を言い渡されたのかなと思っていますよ」
Bさんは検察官の意向に背いて真実を述べる選択をした。そのことに後悔はないのか聞いてみた。
「後悔はしてません。法廷でもそう言いました」
あくまでも脇役として扱われながら、重い刑を科されたことにBさんはどうしても納得がいっていない。純粋に自分の行為と向き合う機会も、その言葉も与えられず、ただただ山岸さんを有罪にするためだけの道具として利用され、虚偽を押し通すよう強いられた。
「悔しいです。当初、取材を受けるつもりはありませんでした。でも、これだけは言っておかなくてはならないと思ったんです」
被害弁済もして、明浄学院と和解まで取ったにもかかわらず執行猶予が付かなかったことも納得いかないというBさん。
明浄学院の横領事件に端を発したプレサンス元社長冤罪事件では、強引かつずさんな捜査によって多くの人の人生を大きく変えてしまった。
法律家でもある検察官は、みずからの持つ権力のすごみや怖さを自覚できているのだろうか。