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お笑い男ジム・キャリーが隠し持っていた、アーティストの才能

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
アーティストとしてもユニークな才能を証明したコメディアン、ジム・キャリー(写真:ロイター/アフロ)

“アーティスト”ジム・キャリーが、なかなかすごい。ここしばらく、反トランプの自作アートをツイッターで公開しては話題を集めていたが、ついにL.A.で初の個展を開くまでになったのだ。

 個展のタイトルは「indigNATION: Political Drawings by Jim Carrey, 2016-2018」。108点ある作品の多くは今年に入ってから制作されたもので、中にはつい先月、ツイッターにアップされていたものも含まれる。その制作意欲とスピードには、驚かされるばかり。本日もまた、ツイッターには新たなアートがアップされていた。そのキャプションで、キャリーは、アメリカ時間明日6日に迫った中間選挙で民主党に投票するよう、1,800万人のフォロワーたちに呼びかけている。

L.A.ダウンタウンの東にあるギャラリーで開催中の個展には、100点以上の作品が展示されている(筆者撮影)
L.A.ダウンタウンの東にあるギャラリーで開催中の個展には、100点以上の作品が展示されている(筆者撮影)

 ギャラリーに展示された作品の多くは、トランプを笑い、批判するもの。しかし、トランプに好きにやらせている共和党のお仲間ポール・ライアンやミッチ・マコーネル、トランプの上級顧問を務めたスティーブ・バノンらも、「バカ」「愚か者」と、厳しく叩かれている。一方で、ブレット・カヴァノーが最高裁判事に決定してしまう前、高校時代に彼にレイプされそうになったことを勇気をもって供述したクリスティーン・ブレイジー・フォード教授のポートレートには、「真のヒーローだ」と絶賛のキャプションがつけられていた。

 トランプの強硬な移民政策のせいで親子が引き離される事態が生じたことを、人権に反すると批判する作品もある。その精神にのっとり、ギャラリーで売っているTシャツの収益の50%はアメリカ自由人権協会(ACLU)に寄付されるということだ。

親子を離ればなれにするトランプの強硬な移民政策を批判(筆者撮影)
親子を離ればなれにするトランプの強硬な移民政策を批判(筆者撮影)

高校中退からコメディアン、そしてハリウッドで初の1,000万ドル俳優へ

 才能と努力、情熱で、人一倍のことを達成したということにおいて、キャリーは誰よりも上を行く。56歳の今、以前のように映画でバカなことをやって笑わせてくれることは減ったが、自分自身の駆け出し時代にインスピレーションを得て製作したテレビドラマ「I’m Dying Up Here」はすばらしいし、最近はまた別の番組「Kidding」でも主演と製作を兼任している。そんなふうに新しい領域で活動する中、さらに、誰も予測しなかった別の才能を披露してみせたわけだ。

 キャリーが言うには、彼の父は「自分が知っている中で、誰よりもファニーな人だった」。父はオーケストラでサクソフォーンを演奏していたとのことで、芸術的センスもおそらく父ゆずり。その父が、家族のことを考えてオーケストラを辞め、会計士の職についたのに、経営陣の交代で失業したことは、キャリーに重要な教訓を与えた。「あれで僕らはすべてを無くした。僕ら家族は車で寝泊りをすることになったんだよ。その時、僕は、どんな仕事も永久にある保証がないなら、好きなことをしようと決めたんだ」と、過去にキャリーは筆者とのインタビューで語ってくれている。

トランプには数々のセックススキャンダルが浮上してきた(筆者撮影)
トランプには数々のセックススキャンダルが浮上してきた(筆者撮影)

 その後、彼は、19歳で生まれ育ったカナダを離れ、L.A.のコメディクラブでスタンドアップコメディアンとしてのスキルを磨いた。テレビ番組「In Living Color」のレギュラーを経て、90年代には「エース・ベンチュラ」「マスク」「ジム・キャリーはMr. ダマー」など主演映画を次々にヒットさせる。そして96年の「ケーブルガイ」では、映画1本の出演料として1,000万ドルを稼ぐ史上初の俳優となってみせたのだ。家計を助けるために清掃員の仕事をし、そのせいで高校を中退することになった若者の行く末として、これ以上のサクセスストーリーはないだろう。

プーチンのお尻にキスをするトランプ。ロシア疑惑はいまだに解決していない(筆者撮影)
プーチンのお尻にキスをするトランプ。ロシア疑惑はいまだに解決していない(筆者撮影)

 大きなことを達成できたのは、本気でそれを望み、自分にはできると自分に言い聞かせてきたからだと、キャリーは語っている。「僕の小学校に、ある時、ひとりの代理教師が来た。彼女はアイルランド人のカトリックで、『一生懸命お祈りすれば、マリア様が望みをかなえてくれます』と言ったよ。それを聞いて、僕は毎日、自転車が手に入りますようにと祈るようになった。うちは貧しくて、自転車を買ってもらうなんてありえなかったんだ。その2週間後、僕は自転車に乗っていたよ。自分が応募もしなかった抽選に当たったのさ。友達が自分の名前と僕の名前で応募したら、僕の名前のほうが当たったんだ。以後、僕はずっとそれをしてきた。車に座り、丘を見下ろしながら、『僕にはできる』『今は無理なように見えても、自分はいつか絶対そこにたどりつける』と言うんだよ。僕に特定の宗教はないが、大きなものの力をいうのは、信じている」(2005年の筆者とのインタビューより)。

 アートはもちろん独学で、趣味。これで何かをやってみたいと彼が強く願ったのかどうかは、わからない。だが、キャリーの作品が発信する尋常でないエネルギーは、明らかに作り手を反映している。

 その彼がアメリカの政治に強く望むことは、これらのアートを飛び出して、明日の選挙の結果に影響を与えてくれたりしないだろうか。もちろん、それを彼ひとりに頼るのは、甘いというもの。アメリカの投票者は、投票という行動にでなければならない。だが、さらに、出かける前に、いや、今からでも、キャリーにならって、心の中で強くお願いをしてみるというのはどうだろう。みんなの力でポジティブな結果が生まれた時、キャリーがどんな絵を描いて祝福するのか、ぜひ見てみたいものである。

「indigNATION: Political Drawings by Jim Carrey, 2016-2018」は、12月1日までL.A.のMaccarone Gallery(http://maccarone.net)で開催中。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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