日韓は「不毛の争い」にピリオドを! 「反日」と「反韓」ムードに引きずられた10年 「#これから私は」
隣人、隣国だからと言って、必ずしも仲が良いとは限らない。利害や国益がぶつかれば、当然、仲が悪くなるというもの。譲れないのはお互い様だからだ。しかし、仲違いのままでいるよりも可能な限り理解し合い、仲良くしたほうが良いのは言うまでもない。
日韓の何が問題かと言うと、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と相手のやることなすこと否定し、反発し合うことだ。「それはそれ、これはこれで」と割り切れずに「オールオアナッシング」の日韓のいがみ合いは東日本大震災に見舞われた10年前も、「コロナ禍」の今も残念ながら変わっていない。むしろ酷くなっている。
(参考資料:「未曾有の災難」に見舞われても変わらない日韓関係)
大地震と原発事故という未曽有の危機に直面した日本から発せられたSOSに韓国が同情し、いち早く救援隊を送り込み、韓国国民も募金運動に乗り出したことは前回の「日本人が忘れてしまった震災時の韓国人の『がんばれ、日本!』の『親日』エール」の見出し記事(3月11日付)で伝えたが、実は震災から約3週間後の3月31日に日本の教科書検定結果が発表された途端に韓国の態度が豹変したこともこれまた厳然たる事実である。
(参考資料:日本人が忘れてしまった震災時の韓国人の「がんばれ、日本!」の「親日」エール #あれから私は)
例えば、一通2000ウォンで日本へのカンパを募ったARS電話寄付は直前まで1067件あったのに教科書検定結果が発表されるや約4分の1の256件と大幅減少した。加えて、日本政府が4月1日に竹島の領有権を盛り込んだ2011年外交白書を閣議決定したことで韓国の対応は同情から一転、反発に反転してしまった。
日本大使館の門前は弔問客ではなく、「韓国挺身隊問題対策抗議会」など抗議団体のメンバーに取って代わってしまった。抗議に訪れた一人は「我々は日本の災難に平和の手を差し出したが、日本は侵略歴史の時計を元に戻そうとしている」と声高に叫んでいた。
領土問題で島根県と対立関係にある慶尚北道の知事は「日本政府は大震災で試練に直面している最中に計画的に教科書を歪曲し、独島(竹島)侵略の野望を露骨に示した」と怒りの談話を発表し、当時政権与党だった保守政党の「自由先進党」の議員らは李明博大統領に対して北方領土の国後島に上陸したロシアのメドベージェフ大統領に倣って竹島を訪問するよう促していた。実際に翌年の2012年8月に李大統領は「反日大統領」として知られる李承晩初代大統領ですら踏み入れなかった「禁断の地」(竹島)に韓国の大統領としては初めて上陸している。
日本政府は領土問題と震災とは別問題で、震災で支援を受けているからと言って、国家主権に関わる問題で譲るつもりはないとの考えだった。それはそれ、これはこれとの立場だった。日本の立場からすれば、至極当然のことだ。だが、残念ながら、相手の韓国には通じなかった。
韓国の反発はエスカレートする一方で、李明博政権は震災から1か月後には竹島の北西約1キロの地点に海洋調査のための総合海洋科学基地建設の基礎工事に入ると宣言するに至った。こうなると当然、日本も反応せざるを得ない。
与野党議員から成る「日本の領土を守るため行動する議員連盟」は「(日本が)東日本大震災の被害復旧に全力を挙げている最中に韓国はここぞとばかり不法占拠を強化している」と反発し、島根県選出の細田博之元官房長官にいたっては「韓国による竹島実行支配強化は断じて許せない。政府は『抗議の意思表示として』韓国からの義援金を拒否すべき」と発言。
(日本が「不法占拠」とみなす知られざる韓国の竹島(独島)「実効支配」の現況
今度はこれに韓国が切れ、「救援・義援金を中断し、独島発言に抗議しよう」との声が上がった。当時、韓国ヤフーが細田氏の発言をめぐって意見を募ったところ、4月14日の段階で「救援・義援金を中断し、独島発言に抗議しよう」が75%以上の4万6297件もあった。まさに売り言葉に買い言葉の応酬だった。
筆者もこの煽りを受けた一人である。日本人は忍耐力、結束力、勤勉という「底力」があるのでこの国難を必ず乗り切れると当時、日本にエールを送った一連のブログが韓国人のサイト「ジャパン・ニュース」に掲載されると、韓国ネチズンから猛烈な反感を買った。
「日本人が結束するって?秩序を守るって、馬鹿言うな!」「日本人の集団性が第2次大戦を引き起こしたではないか!」「こんな記事は初めてだ!朝鮮日報よりも親日的だ!」とその多くが罵倒、誹謗中傷だった。中には「祖先が差別を受けたのに日本の底力を世界に示せと、日本をかくも宣伝するとは呆れた!韓国と手を切って、日本人として生きろ!」とか「お前のような奴がいるから、日本は独島を教科書に自国領と載せるわけだ。今回の震災で死んだと思ったら、まだ生きていたのか。放射能を浴びて、死ね!」という憎悪丸出しのものまであった。
韓国は韓国で「日本は震災で国際社会からの支援が必要な状況下にあるのに韓国を刺激するような領土発言は理解できない」との立場なのに対して日本は日本で「地震と領土問題は別問題であり、火事場泥棒のようなことは許さない」との立場。日本には韓国がやっていることは「人の弱みに 付け込むようなこと」に映ったようだ。
当時も今も、日韓双方とも感情が先走り、冷静な思考は微塵も感じられない。パートナシップも、政治と経済を切り離して対応していた「政経分離」も死文化してしまった。そのことは、歴史問題(韓国の裁判所の慰安婦判決)→経済問題(輸出厳格化措置と日本製品不買運動)→安全保障問題(GSOMIA破棄通告)とエスカレートしていったことからもわかる。
日本は今も、元徴用工や慰安婦問題で文在寅大統領が解決策を示さない限り首脳会談には応じないし、茂木外相も韓国の外相や駐日大使の信任挨拶も受け付けないとの立場だ。「大人げない」と言われようが、外交非礼と言われようが意に介さないようだ。「両国に問題があるからこそ、膝を交えて話すべきではないか」と大統領就任以来日韓首脳会談を拒み続けていた朴槿恵前大統領に向けて発していた言葉はすでに「記憶にない」ようだ。
(参考資料:韓国とはなぜ胸襟を開き、目前の課題を解決しないのか)
日韓は「共通の敵」である「新型コロナウイルス」に打ち勝つため共に協力すべきなのに不幸なことに現実はそれとは程遠い状況にある。
昨年5月に韓国の歴史文化都市、世界遺産都市として知られている慶尚北道・慶州市の朱洛栄(チュ・ナクヨン)市長が姉妹都市である奈良市や交流都市の京都市にそれぞれ備蓄していた防護服とゴーグルを送ったところこれが韓国で問題視され、一部のネットユーザーから凄まじいバッシングを浴びせられていた。
「韓国に輸出規制をしている日本を助けるのはおかしい」との批判の声が上がり、市のホームページの自由掲示板には市長に対して「売国奴」とのレッテルを貼る声が溢れた。青瓦台(大統領府)のホームページの国民請願掲示板には朱市長の解任を求める請願が投稿され、投稿から4日間で約8万2千人が賛同したというから開いた口が塞がらなかった。
先月も日本がワクチン接種用の注射器を韓国の業者に8000万本注文したことについてソウル市長選挙に出馬している与党の朴映宣「共に民主党」候補が「日本に注射器を送るべきか、止めるべきか?皆さんの意見を聞きたい」とフェイスブックに挙げていた。
「命と直結する問題なので無条件あげるべきだ」や「人道的な次元から渡すべきだ」の賛成意見もあったが、「日本の貿易報復を忘れたのか!」とか「上げるならば、独島注射器と名付けて渡すべきだ」とか「注射器に少女像のラベルを貼って渡すべきだ」などの感情的な意見が多くあったようだ。そもそも、こういうことを国民に問うこと自体が愚の骨頂というものだが、これが日韓の今の現実だ。
困ったときに助け合うのが隣人である。天災であれ、人災であれ、まずは災いを抑えることが先決だ。そのためには向こう三軒両隣人は互助精神を発揮し、協力し、助け合わなければならない。
韓国にも原発が二十 数基もある。その多くは日本に最も近い南部に配備されている。韓国はかつて「地震は起きない」と言われていたが、今ではその神話は崩れ、頻繁に地震が起きている。
文在寅政権は福島原発事故の教訓から脱原発政策を推進しているが、停止したのは韓国最古の原発、古里1号基(1978年稼働)だけでその他は稼働している。中には設計寿命の30年を超えたものもある。例えば、韓国の第2の都市、釜山市に3基ある原発が1基でも事故を起こせば、今度は一転して韓国が甚大な打撃を被り、日本も影響を受けることになる。
自然災害を含め「新型コロナウイルス」のような地球規模の禍がいつ降ってくるかわからない。自力で解決できればそれにこしたことはないが、最も近い隣人、隣国の協力があればなお良いことは言うまでもない。「これからの10年」は「これまでの10年」で見失ったものを取り戻す10年であって欲しい。