藤田菜七子、海外初勝利、シリーズ総合優勝、そしてその発言に思う
夢にまで見た海外初勝利!!
現地時間6月30日、スウェーデンのブローパーク競馬場でウィメンジョッキーズワールドカップ2019が行なわれ、日本から参戦した藤田菜七子騎手が見事に総合優勝を決めた。
ウィメンジョッキーズワールドカップは地元スウェーデンの他に世界中から集った計10人の女性騎手がそれぞれ5レースに騎乗。1着15点、2着12点、3着10点など、着順に応じたポイントで総合優勝を争うイベント。出走馬はA、B、Cの3つにランク分けされ、各騎手がAランクに1頭、B、Cランク各2頭に騎乗。騎乗馬の差が如実に結果に影響しないように配慮されていた。
「誰もが出来る経験ではないから、色んな事を学んで来なさい」
師匠の根本康広にそう言って送り出されたという藤田は、2レース目に騎乗したBランクのフランシスカスで冷静な手綱捌きを披露する。スタートこそあまり速くなく、後方からになったが、序盤は「腹をくくって」インでジッとすると、直線に向いてからは馬群の中へ突っ込む。その後、スペースを見つけると冷静に外へ出し、最後は先行勢を差し切り。同馬は道中、落鉄をしていたにもかかわらず、藤田は自身初となる海外での勝利をマークしてみせた。
「これまでも海外へは沢山招待していただいていたけど、なかなか結果を残せませんでした。それだけに初めて勝てた事は嬉しいです」
負担重量が64キロという事で、鞍を運ぶ際は唇を噛んで苦しそうな表情を見せていたが、このコメントを発した時の顔はさすがにほころんでいた。
勢いに乗って総合優勝を決める!!
続いて騎乗したエイシンダンカーク産駒のヤマトは5着に敗れ、ポイント争いでは5位に後退した。しかし、藤田は後にこの結果についても強かなコメントを残すのだが、これはおって紹介しよう。
前日、調教に騎乗した藤田は、その後、関係者に付き添われ、1頭の馬房を訪ねていた。それが続く4レース目に騎乗する予定になっていたフィラデルフィアだ。同馬はAランクの馬。調教師とこの馬の特徴や戦術について話し合った。
「普段はもう少し長めの距離を使っている馬なので今回の1750メートルは少し忙しいかもしれないけど、出来る事なら逃げ馬の後ろにつけるような位置で競馬をして欲しいと言われました」
果たしてJRA唯一の女性ジョッキーは注文通りの競馬をしてみせる。結果は2着だったが、総合ポイントでトップから3ポイント差の3位まで巻き返し、総合優勝を狙える圏内に浮上した。
こうして迎えた最終第5戦。騎乗したチルターンズはBランクの馬。ハナに立つ勢いでスタートした後、2番手に控えると、最後は再び先頭に。結局そのまま押し切って1着。道中は鞭を3発しか入れられないというローカルルールにも対応し、あっさりと総合ポイントでの優勝を決めてみせた。
「第4戦目まで終えて、最終戦に勝てば総合優勝出来るのは分かっていたので意識して乗りました。勝つ事が出来た上で総合優勝も飾れてすごく嬉しいです」
今回の優勝から見えて来たモノ
各レースを振り返った時、勝利したレースに関し「嬉しい」と語ったのは当然だが、注目したいのはヤマトに騎乗して5着になった際のコメントだ。
「5着まではポイントが入るので、何とか粘れるようにと思って乗りました」
6着以下は一律2ポイントなのに対し、5着には4ポイントが加算される。僅か2ポイント差といえ、このあたりも考えて乗っていたと藤田は言うのだ。各レースで優勝を目指すのは当然だが、勝てなくても少しでも良い着順に持って来ようという姿勢は、日本でも大いに生かされている事だろう。
「日本で沢山、乗せていただいている経験が生きました」
藤田はそうも言った。会場となったブローパーク競馬場は新設してまだ4年目の若いコース。テビー競馬場の閉鎖に伴う代替地として、古い農場を整地して2016年6月19日に競馬場としてオープンした。パドックに関してはまだ3週間前に新しくしたばかりという生まれたての競馬場である。勿論、藤田にとってもここで乗るのは初めて。それでも冷静に騎乗して、5レースで2勝、2着1回の成績を残せたのは、ここまでの経験があるからなのは間違いない。思えば彼女の初めての海外遠征となったのはこのブローパーク競馬場が開場して丁度2カ月後の16年8月19日。場所はイギリスのサンダウンパーク競馬場だった。レース前には自らの足でコースを一周して歩き、激しい起伏や長い芝丈を確かめた。しかし、当時、一緒に回った私に対し、彼女は「この芝って深いんですかね?」と逆質問をしてきた。デビューしたばかりで新人騎手だった彼女には、経験も判断材料も無かったのだ。
しかも、騎乗する予定だった馬はパドックで異常なイレ込み。挙句の果てには曳き手をひきずり倒して、放馬。パドックの外へ飛んで行ってしまう不運に見舞われた。幻の初騎乗に終わってしまったのだ。
しかし、そんな事も経験の一つとして、その後、アブダビやマカオ、そして2年前にもスウェーデンに招待された彼女は積極的にそれを受諾。更に当然の事ながら日本国内でもG1レースに騎乗するなど経験を積んだ。
そして今回、2度目のスウェーデン。レース前日に馬場を一周歩いた後「芝丈も均等に切り揃えられえているし、意外とクッションも利いていて乗り易そうなコースです」と語っていた。当たり前だが、16年に新人で遠征した当時とは明らかに違う“藤田菜七子”がそこにいた。
総合優勝を決め、日本で沢山乗せてもらっている経験がスウェーデンでも生きたという彼女は、次のようにも言った。
「今度はこの経験を日本で生かしてもっともっと勝てるように頑張りたいです!!」
全レースが終わり、場所をホテルに変えてから行なわれたフェアウェルパーティーの席で「来年は連覇を目指したいです」と言った彼女の笑顔を見ると、いかにも愛くるしい21歳の女の子という気がしてしまうが、私達はもう彼女をそういう目で見るのは間違っているのかもしれない。ジェンダーにとらわれない一人のジョッキーとして、藤田を正当に評価する時はすでに来ている。今回の勝利をみてそう思った次第である。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)