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強く、美しく――テコンドー山田美諭がアジア大会で銅メダル獲得

平野貴也スポーツライター
国際大会で初のメダルを獲得したテコンドー女子49キロ級の山田美諭【筆者撮影】

 強く、美しい戦士が、東京五輪に向けて大きな弾みをつけた。アジア大会のテコンドー女子49キロ級が23日に行われ、山田美諭(城北信用金庫)が銅メダルを獲得した。モデルのような顔立ちとスタイルの持ち主で、取材では優しく丁寧に話すが、胴着を着て八角形のコートに立てば、強い力を目に宿し、鋭い足技を見せる格闘家だ。国際舞台で初のメダル獲得となり「表彰台に上ってメダルをもらったときは、嬉しくて、ちょっと涙が出てきちゃいました。素直に嬉しいです」と喜んだ。ケガからの復帰、強敵撃破の手応え、金メダルを逃した悔しさ、東京五輪への自信。多くのものが含まれた、銅メダルの輝きだった。

初戦でアジア選手権の女王を撃破

 初戦は、2017年世界選手権46キロ級の銀メダリストで今年のアジア選手権49キロ級を制したベトナム人選手が相手。いきなり難敵だったが「猛攻撃してくる選手なので、相手の動きを見て、カウンターを取るように集中した」という冷静な戦いで制した。最終3ラウンドの終盤に頭部、胴に続けてキックを決めて5ポイントを奪い、35-27で競り勝った。準々決勝ではスリランカ人選手に32-8と圧勝。メダル獲得が決まったが、引き上げて来た山田の表情に笑みはなく、まだ落ち着かない呼吸を整えながら足早に控え室へ向かった。

「メダルが確定した時点で、金メダルを目標にしていました」(山田)

課題は、攻防一体化

準決勝は、相手のカウンターに苦しんだ【筆者撮影】
準決勝は、相手のカウンターに苦しんだ【筆者撮影】

 約4時間後に始まった準決勝は、左利きのウズベキスタン人選手と対戦。序盤にリードを奪われたが、それでも2ラウンド終了時までは2-3で接戦だった。3ラウンド、1点ずつ取り合って残り1分6秒となったところで、胴へのパンチで1点を取ったが、同時に接近の際に足を上げていた相手に頭部へのキックで3点を取られた。途中、日本の他の選手や兄からの指示にうなずくなど冷静に見えたが、残り8秒でもパンチを決めた際に胴へのキックを受けて点差を詰められず、11-14で逃げ切られた。体軸を後ろに残しながら、足先の動きでフェイントを入れながらヒットを奪いたかったが、相手の攻撃範囲に飛び込んで相打ちになってしまった。攻防一体化は課題として意識しているという。

「2ラウンドまでは、自分のペースで冷静に行けました。でも、点差が少し開いたところで、私の一番ダメな部分で、身体から攻撃してしまった。自分も点数を取れたけど、失点もして点差が埋まらなかったのが敗因。身体から攻撃すると、動きが大きくなって相手にバレてカウンターを取られやすい。相手は狙っていたと思います。私が負けていて、攻撃するのは分かっていたと思うので」

5位止まりからの脱却

 相手はアジア選手権で何度もメダルを取っている強豪だが、勝機はあった。だからこそ、準決勝で敗れた直後は「私は今まで公式大会でメダルを取ったことがなくて、いつも5位止まり。メダルを取れたのは嬉しいけど、やっぱり負けると、もっと上に行けたという気持ちもすごく大きい」と話し、表情に悔しさがにじみ出ていた。もう一つ上に進める可能性は確かにあった。選手層の厚いアジアでメダル争いを繰り広げ、手応えと課題を得たことは、東京五輪に向けた大きな一歩となるだろう。

リオ五輪予選の大ケガから復活

リオ五輪予選で大ケガをした際は、引退も考えたという【筆者撮影】
リオ五輪予選で大ケガをした際は、引退も考えたという【筆者撮影】

 山田は、2016年のリオデジャネイロ五輪予選で右足の前十字じん帯と外側側副じん帯を損傷。約1年半の離脱を余儀なくされたが「引退しようか悩んだこともあったけど、私は、まだ世界で結果を出していなかった。入院している間に仲間の活躍が耳に入り、とても悔しくて、やっぱり代表になって世界で戦いたいという気持ちが大きかった」とリハビリを経て戦いの場に戻って来た。

 大目標は、もちろん2020年の東京五輪。テコンドーは、男女それぞれ2階級に開催国枠が用いられる。山田は「母国開催で、私の大切な人たちも応援に来てくれる大会。でも、女子は私の階級が一番、選手が多い。まず、ずっと日本一でいることが大前提。ただ、世界でもやっとメダルが取れたので、これからもどんどん経験を積んで、東京では必ず金メダルを取りたいと思います」と現実に目を向けつつ、描いている夢を語った。

「メダルを取ってもおかしくないところまで来ている」

 元々、ポテンシャルは高い。リオ五輪前年の2015年までは全日本選手権を5連覇している。ケガから復帰後は、海外で多くの試合を経験。今季は1カ月に3度大会に出場することもあり、自信を少しずつ深めている。

「緊張せず、気持ちのコントロールができるようになりました。今の世界ランクは低いですけど、実際には(実力が)そんなに低いとは思っていません。グランプリ(6月、ローマ)でリオ五輪の金メダリストと対戦して接戦(18-19)で負けましたけど、メダルを取ってもおかしくないところまで来ているというのは、感じています」(山田)

空手の強さをベースにスタイル確立

 日本代表の古賀剛コーチは「日本人選手は、外国人選手に(身体能力で)劣るために、勝つための工夫として、本来のテコンドーとは逆の方向を向いてしまう戦略になることが多いけど、彼女の場合は、非常にフィジカルが強い。真正面から戦略を立てられる選手。彼女は空手の良い部分を残しながら、自分なりのテコンドースタイルを作っている。ブランクの間にルールが変わり、防具も(電子機器内蔵に)変わった。その辺の調整ができれば、一気にガツンと行くと思います」と山田を高く評価している。

 山田の父は、愛知県の空手道場「男塾」の塾頭を務める松井啓悟(本姓は、山田)。父の勧めで空手からテコンドーに転向したのは、中学生のときだ。空手で鍛えられた体軸の強さが、山田の攻撃力のベースになっている。

「東京五輪はテコンドーをメジャーにするチャンス」

アジア大会の銅メダルは、東京五輪に向けて大きな自信になるはずだ【筆者撮影】
アジア大会の銅メダルは、東京五輪に向けて大きな自信になるはずだ【筆者撮影】

 現在の日本テコンドー界のけん引役は、2015年に世界選手権を制した女子57キロ級の濱田真由(ミキハウス)だ。濱田は、2016年のリオデジャネイロ五輪に日本勢でただ一人出場したが「私だけではなくて、世界で活躍できる可能性を持った選手が国内にほかにもいると感じています」と話していた。東京五輪では、男女合わせて4枠の開催国枠で日本から複数の選手が出場できる。力を合わせて成績を残し、競技を広くアピールしたい思いは共通だ。

 山田は「濱田は、同級生でとても仲の良い選手。リオのときは、一緒に出たかったという思いがすごく強かった。1人だけで五輪に出るのは心細かったと思う。仲間がいるだけで気持ちの面でも違います。まだまだマイナーな競技なので、東京五輪はメジャーにするチャンスだと思います。出るだけでなく、メダルを取ってテコンドーを盛んにしたいと思っています」と話した。アジア大会の銅メダルは、大舞台で夢をかなえ、競技に恩返しをするための大きなステップだ。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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