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ノキア栄光と挫折が「失敗してもOK」風土を生んだ?起業国家フィンランド 前編

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
寒い雪国で、失敗や挫折を恐れない世代はどのように生まれたのか? 筆者撮影

北欧最大級のスタートアップの祭典「スラッシュ」(Slush)が11月中旬にフィンランドで開催された。

イノベーションやスタートアップの催しは各国にある。だが、雪やみぞれが降る寒い時期のスラッシュはその中でも特別。人脈、投資、インスピレーションなど、様々な目的で世界中から人々が集合する「楽しい・クールな」祭りだ。

スラッシュを連想させる言葉といえば、真っ暗・音楽・キラキラ照明・名刺交換・酒・パーティー、投資家探し、だろうか 筆者撮影
スラッシュを連想させる言葉といえば、真っ暗・音楽・キラキラ照明・名刺交換・酒・パーティー、投資家探し、だろうか 筆者撮影

どれだけ有名な集まりかというと、ある日、筆者がノルウェーの病院で若い担当医に「スラッシュに取材に行ってくる」と言うと、「裏ましい!」と連呼された。

「医療の新技術とか、いろいろ起きているじゃないか」「医者だって常に勉強して知識をアップデートしないといけないし、自分も仲間と医療現場でのスタートアップをしているから、スラッシュに参加できるなんて、本当に羨ましい」と。「医者でさえ参加したいのか」と筆者は驚いたものだ。

起業家・投資家は数多くのミーティングをこなしていく。積極的に人とつながっていくのがスラッシュ参加の目的だ 筆者撮影
起業家・投資家は数多くのミーティングをこなしていく。積極的に人とつながっていくのがスラッシュ参加の目的だ 筆者撮影

4600人のスタートアップ関係者、2600人の投資家、起業で成功した50人以上のスピーカー、テクノロジー系メディアを中心とする400人以上のジャーナリスト、1500人のボランティア。政府関係者や研究者なども含め、選考で選び抜かれた1万2000人がこの地に集まった。

スラッシュが業界関係者にとって「憧れの地」「参加したい」特別なイベントにまで成長した要素は複数ある。ひとつは現地で「ナイトクラブ」とも例えられる、異様な雰囲気だ。

会場は広いし、参加者も多いので、「自分はスラッシュで何をしたいか」を明確に行動しないと、もはやどこから手を付けていいのか分からなくなる 筆者撮影
会場は広いし、参加者も多いので、「自分はスラッシュで何をしたいか」を明確に行動しないと、もはやどこから手を付けていいのか分からなくなる 筆者撮影

真っ暗な会場で色鮮やかな照明が飛び散る。

ビジネス関係者の出会いや交渉の場ではあるが、堅苦しい雰囲気は一切なく、気軽に楽しくネットワークを拡大させることができる。「名刺交換の場」でもあり、新たな刺激や未来の仕事仲間や投資先を発掘する場だ。

若者イベントは、世界中の大人が参加したがる祭典になった

筆者撮影
筆者撮影

創立当初は学生が主体だったイベントだが、今では世界中から大人たちが必死に参加したがる場となった。

若者を大事にする風土は今も変わらない。だからこそ、1500人のボランティアの存在は強調される。

学生たちがボランティアでもいいから参加したがる理由は、それだけスラッシュにいるだけで、人脈・刺激・体験などの「得られるモノ」が莫大だからだ。スラッシュ運営に関わった若い人材が後に起業するケースもよくあり、学生が履歴書に書きたい経歴がスラッシュ。もはやフィンランド社会では魔法のような言葉。

フィンランドのエコシステム、「失敗してもOK」とは?

スラッシュは一度参加したら、きっとまた来たくなる。それほどたくさんの出来事と刺激が発生する場なのだ 筆者撮影
スラッシュは一度参加したら、きっとまた来たくなる。それほどたくさんの出来事と刺激が発生する場なのだ 筆者撮影

さて、今回の取材で筆者は、スラッシュで何度も耳にする「フィンランドのエコシステムの特長」のひとつである「失敗してもOK」文化に注目した。

北欧社会の特長と言えば、平等、透明性、オ―プネスなど複数ある。スラッシュで語られる「失敗してもOK」とは、詳しくはどういうことだろう。

そのような風土は多くの国や企業も「あればいいな」とは思うかもしれないが、「失敗してもいいよ」を社内や国内にいざ浸透させようとしても、簡単にできるものではない。

雪が降る寒いこの地は、いかにして起業の最先端となっているのか 首都ヘルシンキ訪問中は零下を記録した 筆者撮影
雪が降る寒いこの地は、いかにして起業の最先端となっているのか 首都ヘルシンキ訪問中は零下を記録した 筆者撮影

筆者が住むノルウェーは石油を掘るために、北欧諸国の中でも金持ちだ。逆にその経済的余裕の歴史のため、必死にビジネスする心がご近所の北欧より弱いと感じることもある。ノルウェーと同じような人口規模なのに、フィンランドはフィンエア―、マリメッコ、ムーミン、アングリーバードなど、次々とビジネスを生み出し、PRも上手い。この違いはなんぞや、と前から思っていた。

というわけで、ビジネス上手なこの国の特徴を解明すべく、フィンランドやスラッシュの人たちが口にする「失敗してもOKって、どういうこと?」と、私はこれまでの自分の気づきと組み合わせながら、現地の人にも話を聞きながら考えてみた。

ノキア挫折の歴史は、誇りとなった

スラッシュでものノキアは人気ブース。社員と話をしようと人が集まる 筆者撮影
スラッシュでものノキアは人気ブース。社員と話をしようと人が集まる 筆者撮影

意外なほどにフィンランドが生んだ「ノキア」は、今も多くの若者や起業家の背中を後押しをしている。

「携帯電話」「フィンランドの顔」ともいえたノキアだが、スマホ市場で迷走し、その名前は聞かなくなった。現在は通信機器メーカーとして復活したわけだが、苦い挫折のエピソードはフィンランドの多くの企業や市民に「挑戦し、失敗すること」の貴重さを植え付けることとなった。

携帯電話の事業が上手くいかず、多くの社員は転職をせざるをえなかったが、皮肉にもこの「ノキア頭脳の流出」がフィンランドを次のステージへと成長させることに。

優秀な人材たちは他社で活躍したり、起業したり、新しいイノベーションの波が生まれる土壌を生み出した。

「ノキアでさえも挫折するんだから、誰だって挫折や失敗をするだろう。むしろ失敗する可能性のほうが高い」というマインドセットは、国民にとって恥ではなく、誇りとなった。

スラッシュで出会ったことがきっかけで、企業同士が協力しあい、新事業や取り組みが生まれることも多い 筆者撮影
スラッシュで出会ったことがきっかけで、企業同士が協力しあい、新事業や取り組みが生まれることも多い 筆者撮影

「新しいことに挑戦するなら失敗する」

「挫折も失敗も何度もする」

「今スラッシュにいる多くのビジネスも数年後には消えている」

「失敗なしで新しいものは生まれない・国は成長しない」

ノキアが残した挫折と失敗劇・ノキア頭脳の拡散は、失敗を恐れず、失敗を歓迎する風土を育てる種を各地に植えることとなった。

ノキアのエピソードがこれほど現地の市民のマインドセットに深く影響している事実は、他国に住んでいると気づきにくい。

ノルウェーに住む筆者も、フィンランド現地の人と話すたびに、ノキアがどれほど人々の考え方を変えたのか、理解するまでに時間がかかった。

「ノキアでさえも上手くいかないことがあるだから、そりゃ自分たちにも起きるだろう」。失敗や挫折を成長の当然の過程として捉え、失敗することを恐れない若者が次々と育っているのはフィンランドならではの強みだろう。

失敗・挫折体験が、履歴書に刻まれることを誇りとするマインドセットを国全体に根付かせた。ノキアの成功と大失敗は、フィンランドの人々の考え方を根底から変えたのだ。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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