「新農法」に待った! インドで発生した抗議デモとは
2月1日(アメリカ時間)、インドで数十のTwitterアカウントへのアクセスをブロックする出来事がおきました。アカウントには、ニュース誌の「Caravan」、政治評論家の「Sanjukta Basu」、公共放送局の最高刑責任者「Shashi Shekhar Vempati」などが含まれていました。しかし、これは後に解除されました。
▼Twitterがインド政府からの「法的要求」を受け、同地の著名人アカウントを停止
これに対して、インド当局は「裁判を想定したり、命令の不遵守を正当化しないように」と警告しました。
▼インド当局がTwitterによる同国農民の抗議運動に関するツイートのブロック解除に警告
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1.インドでデモが発生
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実は、インドでデモが深刻化しています。
昨年9月に成立した「農産物流通促進法」などの3つの新しい法律に反対するデモです。そしてこのデモに対して、インド政府の農民への圧力が強まっています。農民たちや専門家たちはこれに反発し、新しい法律に対する批判的な意見をツイッターで発信していました。そこへインド政府は電子・情報技術省を通じて、新農法に批判的なアカウントに対して一時的に利用を停止する措置を講じました(先述の通り、現在は利用制限を解除)。
今回の発端となった「新農法」は、
- 農産物流通促進法
- 農民保護・支援・価格保証及び農業サービス法
- 改正基礎物資法
の3つです。
これまでのインドでは、地域ごとに公に設けられた市場があり、農家はここでの農作物の販売が義務づけられていましたが、「農産物流通促進法」によって自由販売が可能となりました。これによって農家は公設市場に巣くう悪徳仲介業者に買いたたかれることなく、農家の所得保証にも繋がると期待されていました。
しかし、農家の多くは最低支持価格による「買い入れ制度」が廃止されると思い込んでしまったため、新農法に対して「No!」を突きつけました。こうした意見を野党が扇動し、農家たちの抗議デモが拡大してしまいました。野党が民衆を扇動しようとするのはどこの国も同じのようです。それはさておき、今回のデモはつまり「買い入れ制度」によって所得が保証されていたにもかかわらず、新農法によって自由競争にさらされてしまうことで、所得が不安定になるという心配が頭をもたげたということです。
12月になると、学者らによる警告や反対の声明が出され、抗議デモはますます勢いづいてしまいます。デモ隊は「デリー・チャロー」をスローガンに掲げ、首都デリーを目指して行進を開始しました。そのため、Twitterアカウントのアクセスブロックとなったわけです。
政府は「買い入れ制度は廃止しない」と繰り返し発信してきましたが、デモ隊は聞く耳を持たず、農家は新農法そのものの廃止を要求しています。挙げ句の果てには農村向け電力料金への優遇措置を求めるなど、度を超えた要求が目に付くようになっていきます。多くの農家では、「新農法の下では、零細農家が大企業に価格決定権を支配されてしまう」との懸念があるようです。
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2.パンジャブ州を中心に発生したデモ
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今回の抗議デモの中心でもあるパンジャブ州には、シク教の総本山であるハリマンディル・サーヒブが存在することもあって、インド中でもシク教徒が多い州です。ハリマンディル・サーヒブは日本では「黄金寺院」と呼ばれることが多く、シク教徒にとっては最も重要な巡礼地です。
またパンジャブ州の穀物栽培が盛んな地域であり、2011年のインド農業省の資料によると、パンジャブ州の米の生産量はインド全体の12.61%、米の1ha当たり収穫量が4010kgとインド最大であり、いち早く「緑の革命」に成功した州でもあります。
パンジャブ州はイギリス植民地時代に灌漑用水路の建設が進められたこと、独立後に農村電化が進められたこと、米と小麦の二毛作が確立したことが主因です。特にパンジャブ州は農業用電力料金を無料としてきた州の一つでもありました。さらにパンジャブ州の小麦の生産量はインド全体の18.77%、小麦の1ha当たり収穫量は4462kg(2011年インド農業省統計)とインド最大です。これも「緑の革命」の恩恵でした。2020年のインド食糧公社が買い入れた米のおよそ20%、小麦のおよそ33%がパンジャブ州産でした。
インドの食糧問題は以下の4つの時期に大別できます。
①慢性的な食糧不足期(~1960年代半ば)
・食糧輸入が常態化し、年間1000万トンもの食糧輸入
②「緑の革命」の導入によって食糧自給が達成される(1970年代半ば)
・しかし地域ごとに導入の偏りがみられ、州ごとに食糧自給の達成有無が異なる
③「緑の革命」が全国的に展開し、多くの州で食糧自給が達成される
(1970年代半ば~1990年代初頭)
④生産量の増加で輸出余力が生まれる(1990年代半ば~)
・それまでの米の二大輸出国であったタイ・アメリカ合衆国に割って入り、その後インドは世界最大の米輸出国となる
パンジャブ州は②の段階(つまり早い段階)で「緑の革命」を導入できていました。またパンジャブ州の灌漑普及率はほぼ100%であり、インド全体のおよそ50%の平均値を遙かに上回ります。収穫量しかり、潤沢な電力しかり、インドの中で最も農業を主産業とした州といえるわけです。
こうした産業構造は既得権益化しやすいものです。つまり、パンジャブ州は産業構造の転換を最も嫌う州でもあるということです。そして、インドの米や小麦の生産・輸出の拡大は、補助金漬けによるものであることもまた現実です。
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3.頭にターバンを巻いている人たち
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またCNNのウェブサイトで見る抗議デモの映像をみると、頭にターバンを巻いている人が実に多いことに気づきます。ターバンはシク教における着用義務であり、実はパンジャブ州は州民のおよそ60%がシク教です。
「産業構造の転換を嫌ったシク教徒を中心とした抗議デモ」という姿が見えてきました。
▼インドでデモ、「農業新法」に抗議
https://www.cnn.co.jp/video/20023.html
これに対して政府は、「シク教徒による分離独立運動」という懸念を表明しており、特に与党インド人民党はその主張を強めているようです。インド人民党はヒンドゥー教徒至上主義の考えを持つ政党であり、今回の抗議デモによる批判をはぐらかそうとする意図が見え隠れします。中国しかり、ロシアしかり、少数民族の分離独立運動に対して過敏になるのは多民族国家ではよくある話です。
今回の新農法の制定に政府の失政はなかったのかと問われると、以下の2点が考えられます。
・新農法の制定で公設市場の取り扱いシェアが減少するため、州政府の税金が減る
(既得権益が脅かされる)
・化学肥料や電力、灌漑などの農業投入財に対する補助金を政府が負担してきたが、いきなり「自由に販売してください」といってもなかなか出来るものではない
今回のインドでの抗議デモは急激な農政の変化を嫌った農家たちの心の叫びといえます。特に農業先進地域であるパンジャブ州などの北部諸州で声が上がり、抗議デモにはパンジャブ州に多いシク教徒が多数参加しているという事実が浮かび上がってきます。
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4.ツールキットの存在
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シンガポールの新聞「The Straits Times」の2月16日付に、「Outrage as Indian activist detained for farmer protest guide」の見出しが躍りました。
▼Outrage as Indian activist detained for farmer protest guide
この抗議デモが行われている中、2月13日になるとインド・バンガロール在住の22歳の気候活動家ディーシャ・ラヴィが逮捕されました。しかも逮捕した警察はニューデリーから2100km以上かけてバンガロールまでやってきました。
デリー周辺で進行中の抗議デモのオンライン支援を構築するツールキットを共有したとのことで、「インドに対する国際的なキャンペーン」の主要な共謀者であると告発しました。
実は、2月3日、スウェーデンの気候変動活動家グレタ・トゥーンベリのツイート(すでに削除済み)には、抗議デモに対するツイートの提案、ハッシュタグ、タグ付けするハンドルリストが書かれたツールキットが共有されていました。そしてこのツイートを不審に思った人はかなりの数いたようです。Twitterで、「The deleted tweet of Greta Thunberg」で検索すると、そういったツイートがヒットします。
また今回逮捕されたディーシャ・ラヴィはグレタ・トゥーンベリに触発されたグループ「未来のための金曜日」のメンバーだったといいます。
インドは、人口大国であるため1人当たり二酸化炭素排出量は未だ小さいものの、国としての二酸化炭素排出量は世界3位です。近年の経済成長を考えれば、政府は国内における環境保護主義者や気候変動活動家に対して過敏になっています。
インドの道路交通・高速道路担当国務大臣は、「削除されたグレタ・トゥーンベリのツイートは、インドに対する国際レベルでの陰謀の真の企みを明らかにした」とツイートしました。またデリー警察は、今回のツールキットを作成した人たちがパンジャブ州の分離独立運動を支援しているのではないかと見ているようです。