世界の大動脈・スエズ運河の遮断と、これが日本人にとって決して他人事ではない理由とは!?
スエズ運河で大型コンテナ船が座礁したというニュースが入ってきました。
▼スエズ運河で大型コンテナ船座礁、運河ふさがれ船舶航行できず
https://www.cnn.co.jp/world/35168336.html
3月24日、スエズ運河当局の発表によると、パナマ船籍の大型コンテナ船、「エバーギブン」が、電気系統のトラブルによって制御できなくなり、強風と砂嵐のために視界が悪化して座礁したとのことです。
気候的な話をすると、エジプトの首都カイロは年降水量が35mm程度(東京はおよそ1600mm)と少なく、非常に雨が少ない都市です。カイロは砂嵐が舞いやすく、強い日差しや砂埃を避けるために、古くからの家屋は玄関や窓が小さい特徴があります。座礁した当日も、カイロ空港にて毎秒10mを超える強い風が吹いていたようです。
エバーギブンは全長400メートル、幅59メートル、22万4000トンの大型船舶です。運行会社によると、3月23日午前7時40分ころ(現地時間)、中国からオランダへ向かう道中、地中海へ向けて運河を北上する途中に座礁したとのことでした。ちなみに、2019年の統計によると、オランダの輸出入手先第3位は中国です。
船舶が座礁する場合のほとんどが運行時のナビゲーションミスが原因といわれています。スエズ運河は比較的水深が浅いため、このような事故が発生しやすいといっても過言ではない海域です。実際にスエズ運河では、過去10年で25件の座礁事故が発生しています。
1.パナマ船籍と便宜置籍船
今回座礁した船舶は、「パナマ船籍」でした。これはいわゆる便宜置籍船です。
便宜置籍船とは、「便宜」上、「籍」だけ「置」いてある「船」という意味です。例えば自動車を購入すれば陸運局に登録するのと同じように、船舶はどこかの港に船籍が登録されます。登録する港は「船籍港(せんせきこう)」、その港が属している国は「船籍国(せんせきこく)」とそれぞれ呼ばれます。
また商船船腹量とは「船腹」が積み込む部分、つまり船籍の積載量のことです。実は商船船腹量は、1995年よりパナマが世界最大です。多くの国では、自国籍の船員を一定の割合で乗せることを義務づけていますが、パナマには配乗要件が存在しません(日本は日本国籍船員を50%以上乗せる義務がある)。外国人を船員として雇うことで人件費を低く抑えることができるため、世界の多くの船主がパナマに船籍を登録しています。今回座礁した船舶は正栄汽船(愛媛県)の所有ですが、エバーギブンがパナマ船籍となっているのはこういう背景があります。
さらにややこしいことに、今回の船舶を運航しているのは台湾のEvergreen(長栄海運)という会社です。正栄汽船のように、自社で所有する船舶を他の事業者に貸し出す、運航を委託するなどの船舶貸渡業(せんぱくかしわたしぎょう)を営む会社は珍しいものではありません。
2.スエズ運河が果たす役割
かつてスエズ運河がなかった時代、イギリスはインドへ向かうためにアフリカ大陸の南側を回る必要がありました。航路の途中には、ガーナやナイジェリア、ケニア、タンザニアなど、所々にイギリス植民地が置かれ寄港地として利用されました。「交通の要衝」に植民地を設けるのがイギリスの戦略でもありました。
イギリスは、現在の南アフリカ共和国の地を手に入れようとしますが、すでにオランダ植民地となっており、イギリスとオランダがここの領有を主張して争ったのが南アフリカ戦争でした。この戦争に勝ったイギリスはアパルトヘイトを導入して、オランダ系白人はイギリス系白人と区別するためにアフリカーナーと名乗りました。彼らが話すアフリカーンス語はオランダ語が元になっており、英語とともに、現在の南アフリカ共和国の公用語の一つとなっています。
またケニアやタンザニアも長らくイギリス植民地となっており、特にケニアではイギリス向けの茶の栽培が行われ、現在でもケニアの最大輸出品目は「茶」となっています。ケニアは赤道直下に位置しますが、高標高でもあるため、一年中常春気候を示します。そのため、一年中花栽培が行われており、特にバラの生産、輸出が盛んです。「切り花」はケニアの第二の輸出品目です。そのケニアにバラ栽培を持ち込んだのがオランダです。ケニアからオランダへのバラの輸出もスエズ運河を使って行われます。
このように、スエズ運河は世界のサプライチェーンを支えています。特に、近年はアジア諸国からヨーロッパや北アメリカへ向かう船舶はスエズ運河を利用する機会が増えています。これはパナマ運河の通行料の値上げによって、相対的にスエズ運河の通行料が安価になったことが考えられます。また、近年ではアジア諸国における生産拠点が「南下」していることも背景の一つです。中国だけでなく、東南アジアやインドでのめざましい経済発展によって工業製品の製造拠点が設けられるようになっており、これらの地域からの輸出が増加傾向にあります。
地理的な特徴を考えれば、パナマ運河を利用するとなれば、太平洋を横断することになりますので、航路上、寄港可能な大型港湾が少ないことも大きなリスクといえますが、スエズ運河経由であれば、地中海沿岸部の諸都市に寄港できます。安全面においても、スエズ運河に利がありそうです。
今回の座礁で、通航できなくなり立ち往生している船舶が詰んでいる荷物には痛みやすい生鮮食料品や配送期限が決められたものがあるはずですので、荷物を安全に時間通りに届けられなかったことへの賠償責任が生じる可能性があります。もちろん、原油や天然ガスといったエネルギー資源の輸送も滞るわけで、世界経済への影響が懸念されます。なにより原油の流出と行った甚大な環境汚染が心配されるわけですが、今のところそのような報告はないそうです。
3.日本人にとっても他人事ではない
今回の座礁事故は、日本人の多くが「遠く離れた場所で起きた事故」として他人事のように思うかもしれませんが、果たしてそうでしょうか? 日本は資源小国であることはみなさんもご存じの通りで、原油や天然ガスなどの多くをペルシア湾岸諸国から輸入しています。専用タンカーがペルシア湾に向かうさいはマラッカ海峡(マレー半島とスマトラ島の間)を通過しますが、日本へ戻るさいはロンボク海峡(バリ島の東側)からマカッサル海峡を通ります。石油を積んでいないため、往路は水深が浅いマラッカ海峡を通過しても問題はありませんが、石油を積むと重心がやや沈むわけであり、復路ではより水深の深い海域を通らざるを得ません。地図帳などで確認するとわかりやすいですが、マカッサル海峡とロンボク海峡を結んだ線(ウォーレス線)の以西では海の色が薄くなっており、水深が浅いことが分かります。ウォーレス線以西はかつて大陸棚でした。
もしマラッカ海峡で座礁することになれば、今回と同じようにサプライチェーンが寸断されて、物流が止まる可能性があるわけです。
エジプトは、シーシー大統領(2014年6月より現職)のフラッグシッププロジェクトとして、2014年8月よりスエズ運河の開発が着工されました。当初は3年と見積もられていた工期が1年に短縮され、40社を超える国内企業と6社の外国企業によって進められました。拡張工事によって、スエズ運河を通過する時間の短縮、さらにこれまでよりも大型の船舶の通航が可能となりました。この新スエズ運河(第2スエズ運河)の開通によって2023年までにスエズ運河の通行料収入が2倍以上になると見込んでいました。さらに運河の沿岸には経済特区が設定されました。
▼第2スエズ運河(Google Earthタイムラプスより)
これを背景に、エジプトは現在の首都カイロから東におよそ50kmの場所に新しい首都を建設することを決めています。2015年のことでした。新首都には行政機能以外の都市機能を持たせる計画があります。これはスエズ運河の通航料を主な資金源としていること、運河の近隣に経済特区を設置して、そこへ建設予定の空港などの交通網を整備することで物流や金融の拠点を作り出し、政治と経済の両機能を発展させる意図がありました。このような受け皿を作り、外国からの投資を促そうとしています。実際にスエズ運河は中国の「一帯一路」の一部と位置づけられており、新首都がスエズ運河に近くなるというのは中国にとっても歓迎すべきことなのでしょう。
今回のように、スエズ運河の通航が不可能になることは、いわば「血管が詰まった」ような状態であるため、全身に血が流れない状態となります。改めて、スエズ運河がもたらす世界経済への影響の大きさを見せつけられた思いがします。