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日本はプラごみ問題でガラパゴス化するか―世界を動かす「ニュー・プラスチック・エコノミー」とは

六辻彰二国際政治学者
アドリア海に浮かぶペットボトル(2018.5.30)(写真:ロイター/アフロ)
  • 世界的なプラごみ規制の中心には、「脱プラスチック」に利益を見出す欧米の巨大企業がある。
  • それらは100パーセント再生可能なペットボトル開発などの技術革新だけでなく、世界的な物流の規格の統一にも着手している。
  • プラスチック製品の流通に関する世界標準が欧米の企業連合の手で生まれ、これに乗り遅れれば、日本市場がガラパゴス化する可能性もある。

 プラスチック製ストロー廃止に向けたうねりのなか、日本でもプラごみ対策は徐々に広がっているが、世界の潮流はそれよりはるかに速く、大規模だ。そのため、携帯電話でそうだったように、プラごみ問題で日本がガラパゴス化する可能性もある

誰がプラごみ規制で世界を主導するか

 あらかじめ断っておけば、海洋汚染の問題や最大のごみ輸出先だった中国のごみ輸入禁止を受け、日本でもプラごみ対策は少しずつ進んでいる。

 環境省は7月、「プラスチック資源循環戦略」の策定に着手。これに続いて、8月にはプラスチックの代替となる紙製品や(植物を原料とする)バイオマスプラスチック製品を製造する企業の設備投資を支援するため、数十億円規模の補助金を交付する方針を、10月にはレジ袋の有料化の方針を、それぞれ固めた。

 その結果、「脱プラスチック」をビジネスチャンスと捉える製紙メーカーなどが、代替ストロー、食器、包装などの開発・販売に乗り出している。

 こうした取り組みを踏まえて、日本政府はプラスチック資源循環戦略を年内に取りまとめ、来年6月に大阪で開催されるG20首脳会合で各国に提案する見込み(素案は10月19日に発表される予定)だ。とはいえ、海外から押し寄せる脱プラスチックの波は半端な規模ではなく、この分野で日本がリーダーシップを発揮することは容易でない

押し寄せる欧米発の大波

 そこには大きく二つのポイントがある。第一に、脱プラスチックのかなり方活的な方針が、既に欧米諸国で共有され始めていることだ。

 その中心にあるのは、2017年にイギリスのエレン・マッカーサー財団と、世界の政財界のリーダーの集う世界経済フォーラムが、アメリカの大手コンサルティング企業マッキンゼー・アンド・カンパニーの協力のもとに発表した報告書『ニュー・プラスチック・エコノミー』である。世界のプラごみに関する知見の多くは、この報告書によっている。

  • プラスチック製品の90パーセントは新しい原油から生産されている。
  • 石油利用のうちプラスチック製造の割合は6パーセントだが、このペースで使用が増えれば2050年までに20パーセントにまで上昇する。
  • ストローを含む容器・包装類の生産は、プラスチック全体の26パーセントを占めるが、リサイクルなど有効利用されているのは世界全体で28パーセントにとどまる。
  • 現在のままでは、2050年までに海洋プラごみは世界の海の魚の重量を上回る。
  • リサイクル率の低さは、プラごみによる海洋汚染の原因となるだけでなく、石油の浪費にもつながっているため、汚染除去やCO2排出削減のコストなどを含め、プラスチックに依存する現在の経済は毎年400億ドルの損失を生んでいる。

出典:Ellen MacArthur Foundation,The New Plastics Economy: Rethinking the Future of Plastics.

 さらに、この報告書はプラごみ対策として3段階の取り組みも提案している。大雑把にいうと、

  • リサイクルの普及促進
  • 石油利用を削減するためのイノベーション
  • 自然界にプラごみが流出することのリスク削減

 いち早くプラごみの問題点を洗い出し、そのトータルの対策も提案した『ニュー・プラスチック・エコノミー』は、今年6月のG7サミットで英・仏・独・伊・加の5カ国が揃って提案した「海洋プラスチック憲章」の土台にもなっている。

 これに対して、日本は「経済界などとの調整がついていないこと」を理由に、海洋プラスチック憲章をアメリカとともに拒絶した経緯がある。そのため、来年G20で各国に提案する予定の資源循環戦略では、これを上回る包括的で野心的なプランを示す必要があるが、それこそ国内での調整が来年までにつけられるかは不透明だ。

脱プラスチックを支援する巨大企業

 第二に、より重要なことは、『ニュー・プラスチック・エコノミー』の作成に、ロンドン廃棄物リサイクル局など欧米の公的機関だけでなく、多くの業種の名だたるグローバル企業が協力していたことだ。そこにはアメリカの大手デュポンなど化学メーカーだけでなく、コカコーラやユニリーバ、ネスレなどの食品・飲料メーカー、さらにイケアなど家具メーカーも含まれる。

 さらに、グーグルやアパレル大手のH&M、生活雑貨販売を世界中で展開するフィリップスなどがエレン・マッカーサー財団を支援しているが、これらの企業のうち日本と縁があるのは、それぞれの日本法人を除けば、日産と提携しているルノーだけだ。

 欧米の巨大企業との関係を背景に、『ニュー・プラスチック・エコノミー』はプラごみ問題を環境保護の観点からだけでなく、新たな経済成長の起爆剤としても捉えている点に、最大の特徴がある。

 つまり、単に「エコ」を強調するのではなく、まして我慢や不便を強いるだけでもなく、「それが利益になる」と提案するからこそ、業種を超えて欧米の巨大企業を巻き込み、脱プラスチックの主流となっているのだ。

技術とマーケティングの相乗効果

 それでは、プラごみ規制にどんな利益が期待されているのか。

 単純化するため、ボトルや包装材など容器・包装類に絞って、その内容をみてみよう。

 『ニュー・プラスチック・エコノミー』は「壮大な挑戦(Moon shot)」をともなうイノベーションの重要性を強調しているが、そこで念頭にあるのは(やはり日本の環境省が国内企業に推奨している)植物由来の新素材の開発といった技術分野だけではない。

「バリュー・チェーンを横断する基準と調整の欠如は、物資、形態、ラベリング、回収計画、選別・再利用システムの拡散を促し、効率的な市場の発展を全体として妨げている」

出典:New Plastics Economy, p30.

 つまり、ここでは世界全体で業種をまたいで、容器・包装類の形状、サイズ、素材などの規格を統一し、製造、輸送、リサイクルのコストを引き下げ、効率を高めることが示唆されている。技術革新だけでなく、流通システムの規格化でも先手をとれれば、世界市場で優位に立つことは言うまでもない。

統一規格の優位

 この野心的なプランは、既に動き始めている。

 例えば、ペットボトルを取り上げよう。コカコーラは9月、100パーセント再生可能なボトル開発で協力する企業グループに参入した。この企業グループはネスレやダノンが立ち上げたもので、コカコーラの「永遠のライバル」ペプシも加入しており、メンバーの多くはエレン・マッカーサー財団と協力している。

 現状ではプラスチックに特許がなく、どの国でも基本的に自由に、しかも安価に製造されている。

 しかし、素材や形状に統一規格ができれば、それを生んだ企業連合がコスト面などで圧倒的に優位に立つことになる。世界標準の座を占めたボトルの知的所有権を握れば、なおさらだ(『ニュー・プラスチック・エコノミー』では、新たに開発される素材や製品の知的所有権に関して触れられていない)。

 日本では技術力を頼みにする傾向が強いが、既に市場ができている場合、技術的に優れているものが市場を握れるとは限らず、むしろ市場を握るものの技術がスタンダードになりやすい。既に世界の飲料市場で大きなシェアを握る欧米の企業連合が統一規格を生み出そうとするなか、日本の食品・飲料メーカーの方針はみえてこないが、念のためにいえばペットボトルは一つの例にすぎず、同じような状況は多くの業種で生まれている。

ガラパゴス化の行方

 リサイクルのコストや石油の消費量を減らすことは世界全体のためになるが、そこから得られる利益には差が生じやすい。脱プラスチックのイノベーションは、その中核を占める企業に莫大な利益をもたらす。

 逆に言えば、プラスチック製品の裾野が広いだけに、国レベルでこの動きから孤立することは、ガラパゴス化の道と紙一重だ。

 独自に進化した日本の通信環境でスマートフォンの普及が遅れたことは記憶に新しい。環境省が旗ふりし、一部の企業や環境団体がそれに応じていても、経済産業省や与党にその気運が薄く、プラスチック業界だけでなく各種メーカーが総じて様子見の国内をみれば、スマートフォンと同じことが起こる見込みは小さくない。

 先述のように、日本政府は来年のG20サミットでプラスチック資源循環戦略を提案する予定だが、既に『ニュー・プラスチック・エコノミー』のもとに出来あがりつつある欧米主導の流れを引き寄せることは、まさに壮大な挑戦といえる。10月19日に発表される予定のプラスチック資源循環戦略の素案は、日本がこの分野での出遅れを挽回できるか、それとも大波に呑み込まれるか、あるいはガラパゴス化するかの行方を占う、一つの試金石になるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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