「あの日私が三郎に会いたいと思わなければ」まひろ(吉高由里子)が苦しい心情を吐露「光る君へ」
選ばれようとする女たち
三郎(柄本佑)が母ちやは(国仲涼子)を殺した藤原道兼(玉置玲央)の弟だったなんて……。まひろ(吉高由里子)はショックで、三日三晩、死んだように寝込んでしまった。
怪しい祈祷師がやって来て、死んだ母親が憑いているという見立ては、あながち間違いではない。まひろは6年前の母の死をずっと引きずっていた。
大河ドラマ「光る君へ」(NHK)は、まひろと、三郎こと道長の物語なのだが、すごく運命的な出会いをして、明らかに心ひかれ合っているふたりなのに、なぜ、結ばれることがないのか。それは史実がそうだから、と片付けてしまったら終わってしまうので、もう少し考えてみたい。というか、第5話「告白」で理由がわかった気がした。
「光る君へ」がはじまる前、脚本家・大石静さんはインタビューでまひろのことをこう表していた。
紫式部と藤原道長はどんな人? 大河ドラマ「光る君へ」脚本家・大石静はこう見る
この発言から、筆者はまひろは素直でないのと、どんなに好きでも、嫡妻や妾も当たり前の、当時の制度には抗いたいということだと素直に信じて疑わなかった。が、第5回ではちょっと印象が変わった。
まひろは、道長に、道兼のことを一切合切話す。母が殺された日は、道長(三郎)と再会する約束をしていた日だった。早く三郎に会いたくて、帰り道を駆け足になったまひろ。それが、道兼の落馬を誘引してしまった。
あの日、自分が三郎に会いに行こうとしなければ……母が殺されることもなかったと、まひろは、道兼が許せないのと同じくらい、自分を責めていた。
かわいそうに。まひろは、自分と三郎は結ばれてはいけないと思ってしまったのではないだろうか。これは生涯拭い去ることはできないだろうと感じる。
第5回では、三郎が自ら、右大臣・藤原兼家(段田安則)の三男・道長だと、6年前はまだ三郎という名であり、名前を偽っていたわけではないと、まひろに話す。
そのときは、庶民の格好ではなく、雅ないでたちで。ブルーと金色(銀色?)で、ロイヤル感の高い、きらきらプリンスが、まひろの前に現れた、という感じだった。これで、見初められて、多くの女たちが望む、玉の輿的なことが可能なはずだった。
この回に限らず、第4回の「五節の舞姫」でも、女性たちが「選ばれる」ことが描かれている。五節の舞で身分の高い男性に見初められることはとても重要なことで、それが話題の的となる。第5回でも、その件を引きずっている。
藤原道綱母こと寧子の「蜻蛉日記」
男たちは地位をあげるために様々な作戦を行っているが、女たちも地位を得るために努力している。まずは選ばれること。そのあとは、子供を生むこと。そして、その子を地位の高い人に嫁がせること。そうやって権力の階段を上がっていく。
第5回に出てきた兼家の妾・藤原道綱母こと寧子(財前直見)は、子供が道綱(上地雄輔)しかいなくて、三人も男子と、円融天皇(坂東巳之助)の子を産んだ藤原詮子(吉田羊)などの計5人ももうけた時姫(三石琴乃)に何歩も遅れをとってしまった。
ドラマでは寧子と名前がついているが、歴史に残っているのは「藤原道綱母」のみ。でも、この人物、階級は低いが、才媛で、女流日記文学のさきがけといわれる「蜻蛉日記」を残した人物だ。この人が日記を残さなかったら、紫式部の偉大なる文学も生まれなかったかもしれないのだ。
「蜻蛉日記」は兼家と離婚するまでの20年ほどの出来事を記してある。兼家がどんなに威張っていても、日記でいろいろ明かされてしまっているから、たじたじであろう。
公式サイト「君かたり」では兼家役の段田安則さんがコメントを寄せている。
「貫禄がないといけないのでしょうけれど」「なよなよとしたお公家さんと思いきや(そうではない)」などと語っている段田さん。たしかに平安貴族ははんなりしたイメージがあったが、精神的にタフでしたたかに生きている感じ。それを段田さんがさすがの名優らしく演じている。
大河ドラマ「光る君へ」(NHK)
【総合】日曜 午後8時00分 / 再放送 翌週土曜 午後1時05分【BS・BSP4K】日曜 午後6時00分 【BSP4K】日曜 午後0時15分
【作】大石静
【音楽】冬野ユミ
【語り】伊東敏恵アナウンサー
【主演】吉高由里子
【スタッフ】
制作統括:内田ゆき、松園武大
プロデューサー:大越大士、高橋優香子
広報プロデューサー:川口俊介
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう ほか