大粒のぶどうによる窒息を予防する その10 〜試験問題は出されていた!〜
2020年9月7日、東京都八王子市の私立幼稚園で、4歳男児が給食に出されたぶどうをのどに詰まらせて死亡した。
「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン【事故防止のための取組み】」(以下、ガイドライン)に「過去に、誤嚥、窒息などの事故が起きた食材(例:白玉風のだんご、 丸のままのミニトマト等)は、誤嚥を引き起こす可能性について保護者に説明し、使用しないことが望ましい。」と明記されているにもかかわらず、ピオーネが出されて死亡した。この事実によって、ガイドラインは、教育・保育の現場には伝わっていないことが明らかになり、保育現場の人にガイドラインをよく認識してもらうためには国家試験問題として出すことを提案した(「大粒のぶどうによる窒息を予防する その3 ~危険性を教える~」)。
試験問題はすでに出されていた!
近々、保育士の国家試験を受験する人から、「過去問題を解いていたら、ガイドラインに関する問題が出ていましたよ」という情報提供があった。
2018年度の試験では出なかったようであるが、2019年度の問題として下記のような設問が出ていた。
ガイドラインに記載されている部分からの出題で、試験を受ける人にとってはなかなかむずかしい問題ではないかと思う。「保育現場の食事の実態調査をすべき」、「保育士の国家試験にガイドラインに関連した試験問題を出すべき」など、私が思いついたようなことは、すでに行われていたことがわかった。問題なのは、それらが予防につながっていないことだ。保育現場の実態を踏まえて、予防のために、次に何をするべきか、具体的な対策を示す必要がある。
すぐにすべきこと
保育の場で事故死が起こると、すぐに「十分注意されたい」という通達が発出されるが、それでは予防はできないと何度も指摘してきた。具体的に、できること、やるべきことを挙げて、すぐに取り組む必要がある。
国家試験問題で知識を植え付けるのはこれから保育士になる人への対応であって、現在、保育現場にいる人に対してはどうしたらいいのだろうか?現在、保育の質の向上を目的として、キャリアアップ研修が全国で行われている。これは、保育士の処遇改善および職務内容に応じた専門性の向上を図ることを目的として2017年4月にガイドラインが制定され、都道府県が主体となって実施される研修である。
ここにあるように、専門分野別研修6分野とマネジメント研修および保育実践研修の中から対象者に応じた研修を選択することになっているが、その中の「保健衛生・安全対策」の事故予防の領域を必修化する。これは、管轄している部署からの通達1枚ですぐにできることだ。研修を受けた人から、保育現場に研修内容を伝達してもらうことも必要である。
ガイドラインは厚くて読んでいない保育士や栄養士がいることもわかった。そこで、現場への周知として、ガイドラインの要約版(A4版1枚)を作成し、保育の場で提供すべきでない食べ物を示した大きなポスターも作成して、全国の教育・保育現場に送付し、このポスターの掲示を義務付ける。
さらに、実態調査によって、立ち入り調査が行われていないところがあることが判明したので、すべての教育・保育施設を対象に、年に一度は必ず立ち入り検査を実施して、食事内容をチェックする。
これらのような具体的な対策をとらないと、また同じ死亡事故が起こることになる。
個人の問題から社会システムの問題へ
これまで死亡事故が起こった場合、死亡という結果には一つの原因があると考えられ、因果関係を見つけ出そうとされてきた。その原因として、人的要因が重視され、保育の場で死亡事故が起こると、その園の管理者と担任の保育士の責任を問うことが行われてきた。ガイドライン等で「保育の場で避けるべきもの」と明示されていたもので死亡事故が起これば、現在では、個人への責任追及は必至である。
しかし、ぶどうで子どもが窒息死することなど全く思いもしなかった園長や担任保育士、栄養士を追及しても、残念ながら予防にはつながらない。他の園では、「それはよそ事」、「そんなことが起こるなんて運が悪い」、「うちは気をつけているから大丈夫」と考え、日常の保育、給食を変えることはしない。そこで、数年たつと他の園でまた同じ事故死が起こる。
このような状況は、保育事故だけでなく、医療事故でも同じであった。医療事故も、同じ事故が同じように起こり続け、事故の現場にいた人が罰せられていたが、それだけでは事故はなくならないことがわかり、現在では「責任は、個人ではなくシステムにある」という考え方に変わりつつある。
なぜ、給食にぶどうが選ばれたのか、大粒のぶどうの危険性を知っている人はいなかったのか、死亡例があることを知る機会はあったのか、研修会の内容は妥当だったかなど、あらゆる点を検討し、窒息死にいたるまでの一つ一つのステップを明らかにして、それぞれに対して具体的な予防策を講じないと予防にはつながらない。