Yahoo!ニュース

児童相談所の「労働問題」を考える 職員を叩くだけでは解決しない

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 小学4年生の児童の虐待死を防ぐことができなかった事件をきっかけに、児童相談所の不手際が次々と発覚し、問題化している。

 確かに、今回の事件を児相が防ぐことができなかったことは、痛恨の極みであり、批判を免れ得るものではないだろう。

 だが、問題はこれからの児童虐待防止をどう実現するかということであり、児相の不手際を批判するだけでは、この課題を解決することはできない。

 児相の虐待相談対応件数はこの10年で10倍以上に増加している一方で、その人員は2.5倍程度にしか増えていないからである。

 また、彼らの労働そのものが非常に過酷な上に、高度な専門性をも要するという実態はあまり顧みられていない。

 そこで今回は、児童相談所の問題を、「労働」の観点から考えたい。

児相の現状

 さきほども述べたように、児童相談所の虐待相談対応件数は急増している。

 1990年には1,101件だったものが、2017年には133,778へと急増しているのである。図に示したように、この20年だけで見ても、10倍ほどの増加率である。

 

画像

 これに対し、対応する児童福祉司の数は、1999年から2015年までの間に2.4倍の増加にとどまっており、その労働の過酷化が問題となっているのである。

 ただし、虐待相談の件数が増加しているにも関わらず、保護件数自体は増えていないことには注意が必要だ。

 実は、その理由については意見が分かれている。

 まず、相談件数が増えただけで、酷い虐待は増えていないという見解がある。通告がすべて深刻な虐待に当たるとは限らないわけで、児相が対応し、保護が必要だと判断した時点で、統計上ははじめて要保護の虐待としてカウントされる。

 従って、保護件数が増えていないため、統計上は保護が必要なほど酷い虐待の件数は増えていないことになる。

 これが、これまで「統計からわかる現実」だったのである。だから、昨今児相に保護されない虐待児童の事件が起こっても、「社会全体では、本当に虐待が増えているのかわからない」ということになってしまうのである。

 この点は、別の社会福祉制度である、生活保護と比較するとわかりやすい。生活保護の場合には、どの程度制度が機能しているのかは、別の統計から家計の状況を調べて保護数と比較すれば、貧困者の内、どのくらい保護されているのかがわかる。

 しかし、虐待の場合には、そもそも「実数」がわからない。だから、いったどれくらい適切な運用ができているのか、把握が難しいという側面があった。

 これに対し、もう一つの見解によれば、児相は10倍にも膨らんだ相談の対応が追いつかず、昨今の事件で問題となっているように、酷い虐待のある場合にも保護できないでいる。

 したがって、初期対応で深刻な虐待を把握できないケースが増えていてもおかしくない。これを傍証するように、国際比較では日本の貧困率に対する虐待保護件数が際立って低いという事実も指摘されている。

 このように、「虐待は存在自体がつかみにくい」ことは、次に見る児相職員の労働が過酷化していくこととも深くかかわっている。

なぜ、児相の労働は「過酷」なのか?

 児童相談所をめぐる議論で確実に「問題」として共有されているのは、あまりにも相談が膨大になり(ただし、本当の虐待が増えているのかは誰にもわからない)、その対応に職員が追われている、という実態である。

 先ほどから述べているように、個人や警察からの通報が入ったとしても、本当に保護が必要であるのかを簡単に把握することはできない。

 だが、一つ間違えば子供の命にかかわってしまう。だから、現在ではどれだけ忙しくとも、「48時間以内」に実態を確認するという「ルール」を設けて運用がされている。

 

 これが壮絶なほど大変なのだ。通常の継続支援業務とは関係なく、いつ、いかなる時でも必ず状況の確認をするために対応しなければならないからだ。

 すでに人員不足が指摘されている中で、毎年増え続ける相談に対し、「確実」に状況を確認する。これは、人員の「量」だけを考えても大変な作業である。

 しかも、虐待する親が実態を隠す中で、実態をあぶりだすのは非常に困難だ。対応していく中で、激しくクレームを騒ぎ立てる親たちにも、忍耐強く対応し続けなければならない。

 虐待を特定し、保護に至らなかった場合にも、虐待が「疑われる」ケースは継続支援の対象となり、膨らんでいくことになる。まさに、終わりのない闘いだ。

「労働問題」として考える

 このような児相の職場環境を「労働問題」として考えた場合、決して看過できる状況ではないことが指摘できる。

 第一に、「48時間ルール」は時間的な労力を膨大にさせる。すでに述べたように、いつ、いかなる時にも対応することで、彼らの労働は深夜にまで及ぶことが当たり前になっている。

 それに加え、虐待について見極めるためには訪問を繰り返し、長時間に及ぶ検討も繰り返し行わなければならない。

 単純な対人ケアだけでもアセスメントには多大な時間を要するものだが、親の多くが精神的に問題を抱えている上に、関係先が学校、病院などに及びことで、それら機関との調整にも労力を割かなければならない。

 無限に対処すべき案件が積み重なっていくという意味では、「おわらないノルマ」を課せられているともいえる。

 第二に、「48時間ルール」は時間的な労力の問題だけではなく、限られた人員で「確実に」作業を遂行しなければならないという点で、労働者「個人」にかかる負荷・ストレスを極限まで高めることになると考えられる。

 これに類似する労働問題は、コンビニや飲食店で問題化している「ワンオペ」である。「ワンオペ」の場合には、店舗に一人で従事し、顧客対応や店舗管理などの全責任を一人の労働者が担う。

 これが、休憩をとることもできず、重圧を一身に受けることで過大なストレスを引き起こすことが指摘されてきた。

 もちろん、児相の職務はチームで行われており、個人だけで対応するわけではない。しかし、限られた人員で逃げ場のない業務量をこなすという点においては、類似する構造を持っていると考えてよいだろう。

 第三に、労働の過重な「負荷」として、「感情労働」の問題が指摘できる。「感情労働」とは、ケア労働に典型的にみられるように、自らの感情をコントロールして他人に接することじたいが職務の内容となっているような労働のことを指す。

 従来は、肉体労働などに比して「軽い」労働だとみなされてきたサービス業なども、実は「感情労働」としては過重な負荷があるのだということが、近年指摘されるようになっている。

 実際に、過労自死・過労鬱などにおいて、仕事との関連を評価する際にも、「心理的負荷」は重要な要素となっているのである。

 児相の職員たちは、「子どもの命の危険」に対する責任というプレッシャーの中で、時間的な制約によるストレスに加え、クレームを騒ぎ立てる親たちや心を開いてくれない子供たちなどに、「感情をコントロール」して対応しなければならない。

 いわば、「命に責任を負った感情労働」が日々展開されている。

 これらの要素から考えたときに、児相の労働者たちが鬱、過労自死などに至った場合、労働災害だと認定される可能性は非常に高いといえる。

 無理な人員状況で過剰な責任という意味では、児童相談所の労働は厚生労働省が分類する「パワーハラスメント」に該当し、あるいは「ブラック企業」にさえ類似した職場環境だといえる。

検討されている「対案」は有効か?

 以上のように、児相の問題を「労働」の視点からとらえてくると、決して彼らの「プロ意識」や努力の必要を指摘するだけでは十分ではないことがわかる。では、どうすればよいのだろうか。

 現状では、対案としては、(1)「子ども家庭福祉士」なる新しい資格を作ろうという動きや、(2)子供の「支援」と家庭への「介入」を行う部署を分離する案が出されている。

 (1)「新しい資格」の創設に関しては、現状の職員の労働環境を放置してそのような「目新しい対策」を行っても効果は望めないだろう。「新しい資格」という発想は、結局は、問題を「職員」にばかり求めている。

 また、すでに、社会福祉の領域では資格が乱立しており、むしろ整理統合すべきだということが議論されてきた。新しい資格の創設は、現場の混乱に拍車をかける結果となりかねない。

 それでも新しい資格が求められるのは、政府として「わかりやすい対策をアピールする」という政治的な狙いがあるからではないかと推察する。

 社会福祉士の藤田孝典氏は下記のように述べ、新しい資格制度の創設への反対署名を呼び掛けている。

 次に、(2)「支援」と「介入」の分離については、二面性がある。確かに、労働を分解することで一つの業務に集中しやすくなり、効率性が高まると同時に、専任することで専門性を高める効果も期待ができる。

 その一方で、労働の統一性が失われることで、「質」の確保が困難になったり、かえって余計なコストが増加する場合もある。

 例えば製造業では、担当職務を分解する流れ作業は高い効率を発揮できる一方で、これを追求しすぎると、全体を見渡せる作業員が減少しトラブルへの対処や品質管理が困難になる。ケア労働では、扱う対象が人間であるために、ケアされる側との信頼関係の構築や安心感にとってもマイナスとなる。

 

 児相の場合には、高度に連続性が必要な業務であるため、結局はチームで対応することにならざるをえない。部署を分解することで、むしろ情報が適切に共有されなかったり、子供のケアに支障をきたすような結果になるリスクも考慮しなければならないだろう。

 このように、新しい資格や部署の分解をしても、問題が簡単に解決するとは思われない。

 これからの子供たちを守っていくためには、職員の拡充や訓練機会の増大が不可欠である。また、児童相談所の労働に対する社会の理解も欠かすことができない。

 職員の「労働環境」の観点から、状況を改善していく事も必要ではないだろうか。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

今野晴貴の最近の記事