日立が英国で原発建設を凍結(4)世界唯一の「原発民営化市場」:核のゴミと解体費用問題
民営化した原発に訴訟
ところで、英国は今後8つ新しい原発を建てるといっているが、本当だろうか。
英フランス電力による1基は建設されるだろうが、日本企業のものも含めてその他はどうだろう。実際の英国の行動を歴史の中に見てみよう。
サッチャー時代にはPWR の新規建設計画があったが、実際には1基しか作っていない。ブリティッシュエナジーは新しい原発を建設したがっていた。原発を維持したいなら、政府が支えることが一番の近道だったはずだ。でも売ってしまった。英国政府が建設する原発の歴史は、もう幕を閉じたのだ。
フランス電力がブリティッシュエナジーを買ったとき、英国政府は一社独占になることに難色を示した。その結果、合意のもとで、英国企業セントリカが20パーセントの株を保有した。それなのに、福島原発事故が起きたら、同社はさっさと資本をひきあげてしまった。言っていることとやっていることには、かなり隔たりがあると感じる。人も政府も、行動が本心ではないのか。
おまけにこの国は、環境庁が民営化したマグノックス社を相手どって「1990年から2004年の14年の間にブラッドウエルにあるタンクから放射能が漏れていた」として訴訟を起こして、2009年に勝訴してしまうような国である。
しかも、福島原発事故で、空気が大きく空気が変わった。新設を決定したのは、事故の前である。ドイツもスイスもベルギーもイタリアも脱原発を決めてしまった。市民がいて、社会があって、政府がある。この国では、市民と社会が原発の新設を許さなかったのだ。本当に新設するのか。本当にできるのか。
いったい今、英国政府が何を考えているのか、どうもよくわからない。
英国政府の意図を考えるのに、もう一つ大きな要素がある。英国の原発の歴史を見ていると、もう一つ厳しい目を向けているものがある。
核のゴミである。
核のゴミ問題
25年間の原発の民営化問題とは、核のゴミ問題の歴史ともいえる。
1989年、シティに原発の民営化を拒絶された一番の理由は「核のゴミ」の債務問題であった。2001年に導入された「新電力取引協定」(NETA)のために、ブリティッシュエナジーは苦境に立たされた。業績が悪化したことで、改めて浮き彫りになった問題は、やはり核のゴミだった。
当時、原発のバックエンドを管理していたのは、「英国核燃料会社」British Nuclear Fuels Limited (BNFL)という、政府所有の会社であった。再処理コストは年に3億ポンドかかっていたという。負債はつもりにつもり350億ポンドとなっていた。
ブリティッシュエナジーは経営破たんの危機に陥り、政府の支援した6億5000万ポンドの返済も迫られていた。そんななか、再処理コストの3億ポンドを半分に値下げしてほしいとブリティッシュエナジーはBNFLに要請していた。
政治の場面でも紛糾していた。当時は原発には反対の立場をとる労働党のブレア政権だが、貿易産業相とエネルギー担当相の対立もあった。自民党は「原発への投資は英国の歴史上で最大の誤ち」「民営化した企業の救済に公的資金を投入するとは、言語道断だ」と政府を非難していた。
結論を言うと、2003年10月、BNFLはしぶしぶ3億ポンドから1億8,000万ポンドへの引き下げに合意した。
さらに、債権銀行団は貸付金の99%以上をあきらめることになる内容の受け入れを決めた。そして前述したように、債権銀行団に経営権が委譲され、石油価格は上がり電気代が高騰し、業績が改善し、フランス電力に売られるという道をたどることになる。
ブリティッシュエナジーもBNFLも、政府の会社と言っていいのに、まるで完全に独立している私企業かのように対立していたのが、日本人には不思議で仕方がない。立場はBNFLのほうが強かったという見方はできるだろう。なぜなら、原発のバックエンドは、なくすわけにはいかないためだといわれる。ブリティッシュエナジーをなくせ、原発などやめろ、カネがかかりすぎるということはできる。でも、核のゴミはどうしても対処しないわけにはいかないのだ。そのおかげでBNFLが強気になれたという、妙な現象が起きたように見える。
またプルトニウムの問題もあった。2001年には年間120トンのMOX燃料をつくるはずだったのに、現実には処理したのはたったの5.2トン。このためセラフィールド工場は経済問題だけではなく、約100トンものプルトニウムを抱えて困っていた。この問題をめぐって、技術をもつアレヴァとの交渉も行っていた。ファイナンシャルタイムズ紙は「政府は、原発ルネッサンスといいながら、この問題から目をそらさせようとしていた」と批判していた。
去年の暮れ、ロイター通信が興味深い記事を発信した。フランス電力の当時のトップ、ガドネックス氏がこう語ったというのだ。「2006年のことだ。ブレア首相に首相官邸に招かれて、英国で原発を開発してくれるなら歓迎すると言われた。耳を疑った」。
これが本当なら、労働党が政策を大転換して英国に原発を新設すると発表した2006年の時点で既に、英国では「フランスにお願いしよう」あるいは「やらせてしまえ」という案があったということになる。
英国の一番の関心事は、核のゴミの処理と費用捻出だったのではないか。そのためには、民営化の名のもとに、外資を引き入れることすら考えた。外国の技術を導入するだけではなく、できるだけ自国の金銭的負担を軽くし、責任も減らそうとしたのではないか。秘密でもなんでもない。英国は感嘆するほど、組織も発言も日本よりずっとクリアで、公けにされた資料やメディア報道から自然に引き出せることである。
誰が解体費用を払うのか
2005年には「原子力廃止措置機関」Nuclear Decommissioning Authority (NDA)が設立された。日本の議員が「英国には廃炉庁というものがある。日本にも設立するべきではないか」と提案しているが、おそらくこの機関のことだと思われる。2004年のエネルギー法に従い設立され、エネルギー気候変動省の管轄にある。ただ日本語の「庁」のイメージとはかなり違う。2013-14年の予算は32億ポンドであるが、そのうち23億ポンドは政府援助、9億ポンドは事業収入、つまり商業活動による収入となっている。
また、この機関が責任をになっている「ニュークリア負債ファンド」という組織がある。理事が5人いて、3人はエネルギー気候変動大臣の指名、2人は英フランス電力からとなっている。英フランス電力に買収される前、ブリティッシュエナジーは、四半期ごとに400万ポンド(後に600万)をこのファンドに支払っていた。10年に一度、見直しが行われるという。次回は2015年だ。
しかし、原子力廃止措置機関やファンドが明確に対象としているのは、英国政府が建設した原発だけだ。フランス電力が買った古い原発は対象となっているが、これから新設する原発についての記述は見当たらない。メディアでは、まだこれからの話し合いとも、「a special fund」に今後デポジットを置くことになるとも報道している。
原発電力の買い取り費用は解体費用込みと報道されているが、フランスも日本の会社も、いったい英国の新設原発で出た核のゴミはどうするのだろう。お金はどこから出るのだろう。
さらに心の底から心配なことは、もし事故が起こったらどうするのかという問題である。