戦艦武蔵発見で考える海没遺骨
資産家のポール・アレン氏による戦艦武蔵発見が話題になっていますね。
今まで詳しい海没地点が不明だっただけに、今回の発見と海中の武蔵の威容は、大きな関心を持って迎えられているようです。13日には海中からのライブ中継も行われる予定で、ますます注目を集めそうです。
ところで、戦艦武蔵には未だ1,000名近い乗員の遺体が眠っているとみられています。ライブ探索の中で遺体が発見された場合、その扱いはどうなるのでしょうか。そして、まだ多くが海底に眠る、日本の戦没艦船はどうなっているのでしょうか。
海で眠る30万の海没遺骨
戦時中あるいは戦後の混乱の中で本土以外(沖縄・硫黄島含む)で命を落とした日本人は240万人に及びます。そのうち遺骨が帰還出来たのは半数に留まり、依然として113万柱の遺骨が異国の地、あるいは海の中で眠っています。
終戦から70年を迎える2015年(平成27年)度から10年間、政府は戦没者の遺骨収集の強化期間と位置づけ、調査や収集のための取り組みを行う方針です。未だに多くの遺骨が眠る硫黄島での収集事業の本格化や、これまで政治的事情で調査・収集が困難だったミャンマー等の地域でも、収集に向けた取り組みを行うようです。
しかし、113万柱の遺骨のうち、収集事業の対象となる遺骨は半分ほどです。と言いますのも、相手国の事情から調査が困難な地域に眠る23万柱、そして海中で眠る海没遺骨30万柱については、対象から外れています。
相手国事情による収集困難な遺骨については、民主化が進み調査が期待されるミャンマーや、北朝鮮についても日朝交渉で議題に上がるなど、今後の進展次第では収集が進む可能性があります。しかし、海没遺骨については、これまで積極的な遺骨収集は行われてきませんでした。
この理由について、1987年(昭和62年)の参議院での答弁で、中曽根総理大臣(当時)は以下のように答弁しています。
基本的に海没遺骨は海自体を安眠の場とし(これは世界的に見ても同様です)、遺骨の尊厳が損なわれ、かつ、技術的に収集可能な場合に収集を行う事を政府方針としています。
ところが、最近になって、これらの条件を満たしていながら収集が行われず、取り返しの付かない事態にまでなった事件が起きました。
違法な引き上げで鉄屑として売られる海の墓標
昨年、軽巡洋艦球磨、重巡洋艦羽黒等、海中の旧日本軍艦の船体が引き上げられ、鉄屑として販売されていた事が現地メディアで報じられました(当該記事リンク)。この違法な引き上げを行ったクレーン船”Hai Wei Gong 889”は、この他にも海中のイギリス軍艦、オランダ潜水艦も引き上げたと見られ、中国人船員が逮捕されています。
球磨の水没地点は浅瀬で、かなり原型を留めていたと言われていますが、引き上げられた球磨の残骸はかなりの規模で(リンク:引き上げられた球磨の写真)、現在海中でどのような姿になっているかは不明です。そして、球磨は100名以上、羽黒は400名もの戦死者を出しています。引き上げにあたってこれらの遺骨も出てきたのは確実と思われますが、どう取り扱われたかも定かではありません。恐らく、粗雑な扱いで投棄された可能性が高いでしょう。
このように収集可能(違法業者にも出来た)な状況にありながら、遺骨の尊厳が損なわれてしまう事態になっていますが、報道や国会質問、議事録等で確認しても、今のところ海没遺骨についての政府のアクションは無い模様です。
戦艦武蔵は水深1kmの地点で発見されたため、違法業者に引き上げられる恐れもなく、調査にあたるポール・アレン氏もこの種の保存活動に精通した方ですので、遺骨の尊厳は保たれるものと思います。しかし、広範な地域で眠る戦没艦船の中には、違法業者に狙われる可能性が高いものが、まだあるかもしれません。
戦後70年の節目に武蔵が発見されたのは全くの偶然で、それはポール・アレン氏の熱意が成し得たものです。ですが、これを機会に同じく海底に眠る戦没艦船とその中の遺骨について、改めて考えてみるのもどうでしょうか。