2007年の新人王がオランダリーグへ!―元阪神タイガース・上園啓史投手の挑戦
元阪神タイガース、前東北楽天ゴールデンイーグルスの上園啓史投手が、オランダで野球を続けることを表明した。オランダリーグの「オースターハウト・ツインズ」というチームと、新たに発足するユーロリーグのチームとに掛け持ちで所属する。
日本を発つ直前の決意を聞いた。
■新人王からスタートしたプロ野球人生
上園投手のプロ初勝利は2007年、セ・パ交流戦での対イーグルス戦だった。このときのピッチングを敵将であった野村克也監督が大絶賛した。「投げっぷりがいいねぇ。バッターに向かっていく。気持ちが出るピッチャーだ」。それこそが上園投手の一番の持ち味だった。ここから先発ローテーションに定着したルーキーイヤーは8勝を挙げ、セ・リーグの新人王に輝いた。
しかし以降、この成績を上回ることはできず、2012年にはトレードでイーグルスへ移籍。なかなか思うようなピッチングができず、2015年の秋、戦力外通告を受けた。昨年は開幕前に左ふくらはぎの肉離れで出遅れ、復帰が7月後半になってしまった。足の故障をすると満足に走り込みができない。ピッチングを再開しても「パフォーマンスが上がってこなかった」と調子を取り戻せず、不完全燃焼でシーズンを終えた。
覚悟はしていた。「結果が出なければ最後だなとは思ってました」。12球団合同トライアウトも受けたが、他球団からの声はかからなかった。
そこで腹を括ろうと思った。「辞める方向で、完全燃焼するために」と、選んだのはオーストラリアでのウィンターリーグへの参加だ。「少なからず海外でやってみたいという気持ちもあったので」。迷いなく南へ飛んだ。純粋に野球を楽しもうと思った。
12月下旬にシドニーに入って1ヶ月強、思う存分、野球と向き合った。日本のプロ野球と比べると決して環境や待遇がいいわけではない。言葉も通じない。けれど心身ともに充実していた。「すごく調子よくて、自分でもいい球が投げられてるなって思いました」。
1月下旬、最後の登板でラストボールに選んだのは渾身のストレート。見事、三振に斬ってとった。気持ちよかった。「これが上園啓史だ」とばかりに、自分のボールを取り戻せた。もうこれで悔いはない。大好きだった野球に、大好きな気持ちのままで別れを告げることができる。この時はそう思った。
■体が動く限り、野球をしよう!
帰国してからは職探しに没頭した。様々な業種の誘いがあった。資格取得に向けての勉強もした。選びさえしなければ職はあった。
けれど“就職活動”をすればするほど、「何かが違う」という思いが膨らんできた。自分が本当に納得できる仕事かどうか、疑問が頭をもたげてきた。するならば中途半端にはしたくない。一生かけて打ち込みたい。自問自答する日々が続いた。
そんな中、野球への思いが捨てきれない自分がいることに気づいた。そうなることを予測していたのか、イーグルスの関係者がオランダのリーグがあることを教えてくれた。最初は「ヨーロッパなんて…」と選択肢にはなかったが、だんだんと気持ちが傾きはじめた。
海外で暮らすことに抵抗はない。むしろ英語など語学を習得したいと思っていた。何より今、体は万全だ。「まだこの体は使える。使わない手はない。体が動く限り野球をしよう!」そう気づくと、自ずと答えは決まった。「逆にチャンスかな。ヨーロッパで生活するなんて野球をやってないとできないことだし、成長して帰ってこれるんじゃないか」。悩んでいたのが嘘のように、心の靄が晴れてスッキリした。
■語学の習得は自分への課題
いったん決意すると、話もトントン拍子に決まった。自身の気持ちに迷いがなくなり、希望ばかりが見えてきた。いずれ体がいうことをきかなくなって本当に引退するときがきても、語学を磨いておけば今より仕事の選択肢も広がるだろう。「野球関係に就職できたとしても、語学力があればできる仕事の幅も広がるだろうし」と、英語をマスターするつもりだ。
また、オランダ野球やヨーロッパ野球へのルートを開拓できれば、自分の後に続く選手も出てくるだろう。「日本球界で成功できなくても、アメリカだけでなくヨーロッパなどでプレーできる可能性が出てくる」と、橋渡し役になりたいとも考えている。
こういった思考ができるのも、もともと語学に興味をもち、日本球界に在籍しているときから外国人選手とも積極的に交流していたからだ。さらにオーストラリアでの経験が、上園投手の気持ちを動かした。
オーストラリアの選手たちは他に仕事をもちながら野球選手をしている人がほとんどだという。「社会人野球に近いかな。フォトグラファーとかスポーツ店勤務とかで、仕事をしながら夜は野球をしている」。そういった姿を見て、感じるものがあったようだ。似たような境遇だと予想されるオランダでも、得るものは数多くあるだろうと思っている。
野球生活にピリオドを打つつもりで行ったオーストラリアでの生活が、逆に野球への思いを強くする結果になった。きっと野球の神様はまだ、上園投手がプレーヤーとして野球から離れることを許さないのだろう。
■野球に恩返しするために・・・
「なんでオランダなの?」「なんでヨーロッパなの?」そういった質問をよく受けるという上園投手。野球でバリバリと上を目指すならばアメリカだろう。
しかし上園投手の考えは、「野球をもっと勉強したい」「野球を通してさまざまなものを吸収したい」ということなのだ。その根底にあるのは「野球への感謝」だ。
「プロ9年間で、トータルでいい成績は残せていない。でもタイガースで新人王を獲らせてもらったことで、今でも関西で生活していると顔や名前を覚えてもらえている。当時はわからなかったけど、今になって、そのありがたみがわかる」と、しみじみと語る。「だから野球に恩返しがしたいんです」。それができるのが、オランダでプレーすることだと辿りついたのだ。
■オランダリーグ、ユーロリーグにも注目!
まもなく渡るオランダでは、オランダリーグの「オースターハウト・ツインズ」に所属するとともに、今年発足したオランダ、ドイツ、チェコからなるユーロリーグにも出場する。ユーロリーグでは初の日本人プレーヤーだ。異なるリーグ、異なるチームで同時にプレーするというのは異例なことだそうだ。その一方で、ヨーロッパの大学のサマーリーグで指導者としての責務にもあたる。これもまた、なかなかできない貴重な経験だ。
上園投手自身も日本の先駆者としての自覚を持ち、ヨーロッパからできる限りの発信をしていくつもりだ。「ブログも始めましたよ、無理して(笑)」と、ブログ以外にもFacebookページなど発信ツールをいくつかスタートさせた。(文末参照)
「不安?全然ないです!!」
清々しい笑顔できっぱりと言い切った。「行ったら行ったで、適応するしかないんで」。非常に頼もしい。
今季はオランダリーグ、ユーロリーグも要チェックだ。