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交通事故を境に一変した日常。「本来の私がいたであろう場所に戻らないと自分が死んでいくと思った」

水上賢治映画ライター
「Maelstrom マエルストロム」より

 「大混乱」を意味する「Maelstrom マエルストロム」と名付けられた本作は、ある日を境にすべてが一変してしまったひとりのアーティストが自らにカメラを向けた作品だ。

 山岡瑞子。2002年にニューヨークの美術大学を卒業した彼女は、その直後に交通事故に遭う。

 一命をとりとめたものの、彼女は目覚めると脊髄損傷によって下半身不随となっていた。

 そのため、当初は大学卒業後、1年間のプラクティカル・トレーニングビザでアメリカに滞在する予定だったが、断念して日本に帰国。

 そこから山岡はどうにも収拾できない気持ちと目をそむけたくなるような現実から逃げずに向き合い、その日々を記録した。

 どこかにあるかもしれない自らの魂の落ち着く先と未来を探して。

 山岡はこうコメントを寄せている。「答えのない試行錯誤と葛藤の渦に脚を取られ、溺れていた--見失った自分と繋がり直し、どこかにあるはずの陸に這い上がることを祈りながら、執筆・編集を続けた5年半でした。未来を探る一人の女性のモノローグが、観る人の何かの気付きに繋がれば、誠に幸いです」と。

 ひとりの女性のきわめて私的な独白。その偽らざる心からの声に心を揺さぶられ、心が震える本作について山岡監督が語る。全七回/第一回

「Maelstrom マエルストロム」の山岡瑞子監督
「Maelstrom マエルストロム」の山岡瑞子監督

誰にでもなり得るこの怪我のことを、

私を通して自然に知ってもらえるのではないか

 いきなりの冒頭ではあるが、本作について山岡監督はこう言葉を寄せる。

「このような大ケガを負った後、デンマークに行って同じケガで障がいを負った人達にインタビューにうかがいました。

 その時話をしてくれた男性から、このようなことを言われたんです。『私達は、それぞれに自分達が同じ人間であることをわかってもらう責任がある』と。

 この言葉を聞いたときにわたしは合点がいったというか。

 同じケガをした人達の中で、いくらなにか訴えても叫んだとしても、それは外には届きにくいと思います。

 事故に遭う前の本来の私がいたであろう、クリエイティブなコミュニティに戻り、普通の生活をしている人の中に戻っていけば、誰にでもなり得るこの怪我のことを、私を通して自然に知ってもらえるのではないか、と思いました。

 事故に遭う前の美大卒業直後の私は駆け出しのアーティストとして、日本人の女性アーティストのアシスタントをしながら、あと1年間プラクティカル・トレーニングビザでニューヨークに滞在し、経験を積もうとしていました。

 ですから、脚の自由を失い、日本に帰国を余儀なくされたけれども、やはりクリエイティブな創作活動が出来る場所に戻りたかった。戻らないと自分が死んでいくと思ったんです。

 ただ、日本の美大に行っていなかった上に車椅子ですから、繋がれるアート関係のコミュニティが当初は見つからず、脊髄損傷者のNPO法人で事務の仕事をしていたのですが、そこからいつか自分はクリエイティブな場に戻らなければ、という強い衝動に駆られ、結論が見えないまま『Maelstrom マエルストロム』の制作に一人、取り掛かり始めました。

 今は溺れているけど、どこかに私が這い上がれる陸があるはずだと信じて。結果、完成までに5年半かかったのですが、遭難せずに無事、完成することが出来て良かったです。

 僭越ながら私の一つの望みを言わせていただくと、あまり色眼鏡でみて欲しくないと言いますか。

 例えば、自分のことを題材にしたものを『セルフ・ドキュメンタリー』と日本ではラベリングされますが、アート系の人間に道具を与え放置すれば、自分や自身の家族を掘り下げて作品を創り始める人は多いと思います。

 それを敢えてラベリングすることや、障害をテーマにすると、感動ポルノ的に描かれたり、誰かが間に入って話を再構築したりします。私はそれらの現象に違和感を覚えてきました。

 ある日突然、今まで普通に出来ていたことが、事故で出来なくなってしまう。普通の日常と紙一重で、そうなることがありますし、それは特別なことではありません。

 ただ、現状で言うと、米国では有名俳優が落馬事故で頸椎損傷を負い、その後再生医療の実現のためにご尽力されましたが、日本で著名な人物がそのようなケガをしたとすると、途端に社会の表舞台に出なくなってしまうことが多いかと思います。

 隠れてしまうことで特別扱いになり、触れてはいけないことのような印象になっていってしまうような気がします。

 そのままでいいのかな?と思いました。

 誰もが後天的なケガで、体の自由が奪われる可能性があることを知っていれば、街の造りも人々の視線も変わると思いますし、たとえそうなったとしても、それまでの人生の続きが当たり前に生きられるのならば、色々な恐れもなくなると思います。この映画を通して、観た人にとって何かの気付きに繋がれば嬉しいです。

 また、この映画は、事故で負った怪我も一つのエレメントですが、一人の人間が生きていく中で誰もが遭遇する様々な事象についても描かれています。

 数回観て下さった方は、観る度に印象が変わると言います。それは、その時のその人の気分で、気になる箇所が変わるからだと思います。

 自分の人生を前に進めようと試行錯誤する一人の女性の視点として、様々な立場の方に繋がることが出来る内容だと思います」

(※第二回に続く)

「Maelstrom マエルストロム」ポスタービジュアル
「Maelstrom マエルストロム」ポスタービジュアル

「Maelstrom マエルストロム」

監督・撮影・編集・ナレーション:山岡瑞子

撮影:本田広大、平野浩一、高橋朋子

音楽:オシダアヤ

公式サイト https://maelstromfilm.com/

アップリンク吉祥寺にて公開中、以後全国順次予定

写真はすべて(C)Mizuko Yamaoka

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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