なでしこジャパンに初選出のDF坂本理保。スケールアップし続ける長野のディフェンスリーダーの魅力とは
【初招集】
7月27日から8月3日にかけて、アメリカで行われる国際親善試合「2017 Tournament of Nations」に出場するなでしこジャパンのメンバー23名が7月14日に発表された。
ディフェンダーでは、AC長野パルセイロ・レディース(以下:長野)の坂本理保が初選出された。
坂本が所属する長野は、昨年、なでしこリーグ1部昇格1年目で3位の好成績を収め、観客動員数ではリーグ1位を記録した人気チームだ。
長野は今シーズンも、リーグ10節を終えて3位と好調を維持している。着実に勝ち点を積み重ねることができているのは、昨シーズンに比べて失点数が減っている(リーグ10節終了時点で、失点数は昨年に比べて「−12」)ことも要因の一つだ。そんな中、センターバックとして最終ラインを統率している坂本の存在感は光る。
なでしこジャパンの高倉麻子監督は、坂本について、メンバー発表会見の場で次のように期待を込めた。
「長野では、彼女がディフェンスの真ん中でリーダシップを発揮しています。読みのいい(予測が的確な)選手ですし、年代別の代表にも選ばれたことがあります。(長野の本田美登里)監督からの強い推薦もありましたし、センターバックのポジションは手薄なので、どれくらいやれるか見てみたいと思いました」(高倉監督)
ピッチに立つ坂本を見ていると、ある情景が目に浮かぶ。
それは、アフリカの大草原で、自分の群れを穏やかに見守るキリンの姿だ。普段は温厚だが、長身としなやかな筋肉を持ち、いざという時には自分よりも身体の大きな肉食動物さえも倒せる強さを秘めている。
その静かな迫力が、絵になるのだ。
【常盤木高校で影響を受けた先輩】
栃木県で生まれ、小学生の時にサッカーを始めた坂本は、河内SCジュベニールなど栃木県内のクラブでプレーし、中学卒業後は宮城県の強豪、常盤木(ときわぎ)学園高校(以下:常盤木)に進学した。
坂本のプレーの最大の魅力は、優れた予測とカバーリングだ。その能力は、高校時代に一気に花開いた。
常磐木には、坂本が「これまでで一番、衝撃を受けた選手」と振り返る存在がいた。坂本が入学した当時、2学年上で常磐木のキャプテンを務めていたDF熊谷紗希(オリンピック・リヨン/フランス)である。
「入学当初、(常磐木のサッカー部の監督である)阿部(由晴)先生から、『紗希は2手、3手先を読んでプレーしているから、お前は5手先を読め』と言われました。その時はさすがに『5つも!?』と思ったのですが、熊谷選手のプレーを身近に見て学ぶ中で、2つ、3つ先を予測できるようになりました。一緒にプレーした期間は1年だけでしたが、その間に、今の自分の礎を築けたと思います」(坂本)
常盤木サッカー部の阿部由晴監督は、坂本のポテンシャルの高さを早い段階で見抜いたからこそ、あえて熊谷よりも高い目標を設定した。阿部監督は高校時代の坂本について、次のように話す。
「坂本は、卒業生の中でも特に能力の高い選手でした。熊谷と同じで、学業もトップクラスでしたね」(阿部監督)
阿部監督は以前、首席で高校に入学した熊谷と同じく、坂本のことも「東大に入れる頭脳を持っている」と評価したことがある。
坂本は常盤木を卒業後、なでしこリーグ1部の浦和レッズ・レディース(以下:浦和)に加入し、早稲田大学に通いながらプレー。その後、U-20日本女子代表に選ばれ、2012年に日本で行われたU-20女子ワールドカップで3位に輝いた。
そして、浦和で4シーズンを過ごした後、2015年シーズンから長野に加入。2年目の昨シーズンから長野のキャプテンを任されている。
【予測の精度を高めるために】
ここ数年、坂本を最も近くで観察し、指導してきた長野の本田監督は、坂本の成長を感じるポイントとして1対1の対応を挙げた。
「1対1の場面で切り返された時に、”後ろ足”が出るようになりました。1年前はそれができず、同じ状況で簡単に失点していたのですが、課題として取り組んできた中で1対1に強くなり、ボールを奪える場面が増えましたね」(本田監督)
センターバックはGK同様、プレーするエリアが自陣のゴールに近いため、ミスが失点に直結するポジションである。
一つひとつのプレーの決断がもたらす結果の重大さを考えれば、予測の精度を高めることは永遠の課題と言える。
坂本自身は、プレーを判断する際にどのようなことを大切にしているのか。
「予測しても逆を取られるリスクはあります。レベルの高い相手だと、自分が前で獲ろうとした瞬間に裏を狙われることがあるので、まずは相手のボールの持ち方を見るようにしています」(坂本)
単独で予測するだけではなく、コーチングによって、味方と連動して予測の精度を高めることも心がけている。
昨シーズンのリーグ終盤、坂本は
「周りを動かすことで、もっと楽にボールを奪い切れる選手になりたい」と、コーチングを向上させることも自らに課していた。
攻撃面においては、一本のパスで相手の背後を狙ったり、押し込まれた状況で局面を変えるロングフィードを常に狙っている。
それは、長野の特徴でもある縦への推進力を生み出す要素になっている。
【リーダーの資質】
普段は、好んで前に出ていくタイプには見えない。だが、チームを代表して挨拶をする時の落ち着いた、堂々たる態度には、キャプテンの資質の一端が感じられる。
昨年の最後のホーム最終戦で、坂本がサポーターに向けてチームを代表して挨拶をした際、スタジアムから大きな拍手が起こった。その直後にマイクを握った本田監督が、
「非常に出来のいいキャプテンが、私がしゃべりたいことをすべて話してくれました(笑)。本当に坂本をキャプテンにして良かったな、と」
と、冗談交じりに話していたのは印象的だった。
シーズン開幕直前の3月に行われた記者会見で、なでしこリーグ1部の全チームの監督・キャプテンが出席した際の振る舞いも心に残った。
今シーズンの抱負を聞かれた坂本は丁寧に言葉を選びながら、力強い口調で
「チームの底力をあげて、昨シーズンの勢いをそのままに、より進化したサッカーを展開したいです。観客のみなさんをも巻き込み、より魅力ある強いチームに成長していきたい」
と、チームの魅力をアピールした。大勢のメディアを前にしても堂々としていた。
饒舌多弁ではないが、地に足をつけて目の前のことに真摯に向き合う。その誠実さは、坂本が持つリーダーの資質と言える。
【スタートライン】
なでしこジャパンのメンバーが発表された直後の7月16日のリーグカップ第8節で、長野は日テレ・ベレーザに0-4のスコアで完敗した。試合後、坂本の表情は硬く、その内側では悔しさや不甲斐なさといった、やりきれない感情が激しく交錯しているようだった。
しかし、そんな中でもなでしこジャパンに初選出された感想を求められると、坂本は「チャンスを与えてもらったと思います」と、前を向いた。
「持ち味であるカバーリングや、前に通るパスも(積極的に)出していきたいです。(長野の特徴でもある)縦に速い部分もなでしこジャパンに加えられたらな、と思います」(坂本)
U-20ワールドカップで共に戦った選手たちの中には、長野で長くチームメートとしてプレーしてきたFW横山久美(7月にドイツのフランクフルトに移籍)のように、なでしこジャパンで結果を残している選手もいる。
坂本の胸の中には、代表への強い思いがあるはずだ。しかし、それを簡単に口にするのではなく、結果で見せなければ意味がない、という覚悟も感じられる。
持てる力のすべてを出し切って、なでしこジャパンの勝利にどのように貢献することができるか。坂本はようやく、その入り口に立った。
今回のアメリカ遠征で、日本はブラジル(7月27日)、オーストラリア(7月30日)、そして、アメリカ(8月3日)と対戦する。
女子サッカーの強豪チームであるこの3カ国の代表チームとの親善試合で、坂本が初めてなでしこジャパンのユニフォームに袖を通し、どのようなプレーを見せてくれるのか楽しみだ。
また、2週間にわたる活動の中で、代表チームの生活や他のチームの選手との交流を通じ、様々な収穫を得ることにも期待している。