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【希望?】この冬の南半球で、インフルエンザになる人がビックリするほど少なかったことが判明

市川衛医療の「翻訳家」
WHO Influenza surveillance report より

オーストラリアや南アフリカなど南半球の国々で、この冬、インフルエンザの流行が記録的に低く抑えられたことがわかりました。

(日本とは季節が逆なので、だいたい6月~8月が冬期になります)

オーストラリア政府は発表資料の中で、「新型コロナへの対策がインフルエンザの流行の防止に影響を与えた可能性がある」と指摘しています。

数ヶ月後に冬を迎える日本。新型コロナとインフルエンザが同時に流行る、いわゆる「ツインデミック」が心配されていますが、希望となるニュースかもしれません。何が起きたのか、少し詳しく紹介します。

「記録的」なインフルエンザの少なさ

まずはデータを見てみましょう。

南半球の主要な地域として、オセアニアから「オーストラリア」、アフリカ大陸から「南アフリカ」、南米大陸から「チリ」をそれぞれ代表として、インフルエンザの流行データを見てみます。

グラフは、WHO(世界保健機関)の「Influenza surveillance report」より取得しました。期間は、2019年の3月6日から今年の9月6日までです。

まず、オーストラリア。

WHO Influenza surveillance reportより 赤丸・矢印などは筆者記入
WHO Influenza surveillance reportより 赤丸・矢印などは筆者記入

棒グラフが、インフルエンザ陽性となった検体数。赤の線グラフは陽性率(検体のうち、陽性になったものの割合)です。

2019年の7月ごろには大きなピークがあり、流行が起きたことが分かります。ところが今年の7月(というか4月以降)は、ほぼゼロです。

続いて南アフリカ。

WHO Influenza surveillance reportより 赤丸・矢印などは筆者記入
WHO Influenza surveillance reportより 赤丸・矢印などは筆者記入

こちらもオーストラリアと同様、今年4月以降はほとんど陽性が出ていません。

さらに、チリ。

WHO Influenza surveillance reportより 赤丸・矢印などは筆者記入
WHO Influenza surveillance reportより 赤丸・矢印などは筆者記入

ご覧の通り、オーストラリアや南アフリカと同じ傾向が見て取れます。

ここ10年ほどに範囲を拡げてデータを見てみましたが、各国、ここまで冬にインフルエンザが少なかったことはないようです。

コロナ対策はインフルも減らす?

なぜインフルエンザの陽性数が減ったのでしょうか。もしかすると、新型コロナの影響で、症状があっても病院に行かないなどして把握されていない患者がたくさんいるのではないか?という疑いも出てきます。

ただ、オーストラリア保健省が出しているレポートを読んでみたところ、そういうわけでもなさそうです。

こちらは、オーストラリアにおける、今年に入ってからのインフルエンザの検査数と陽性になった割合を示したグラフです。

AUSTRALIAN INFLUENZA SURVEILLANCE REPORT No. 10, 2020 より  一部筆者により和訳・補足
AUSTRALIAN INFLUENZA SURVEILLANCE REPORT No. 10, 2020 より  一部筆者により和訳・補足

青い線グラフは、インフルエンザ検査の数の月ごとの変化です。8月にかけて大幅に増えていることがわかります。

一方、棒グラフがインフルエンザの陽性率(行われた検査のなかで、陽性となった率)ですが、4月以降ほぼゼロの状態が続いています。

検査は多く行われているのに、ほとんど検出されていないわけですから、流行は本当に起きていない可能性が高いと言えそうです。

なぜこの冬シーズン、インフルエンザの流行が記録的に低く抑えられたのか。先述のレポートの中で、オーストラリア保健省は次のように指摘しています。

新型コロナウイルス感染症の流行に関連して行われた公衆衛生上の対策や、メッセージを多くの人が守っていることが、インフルエンザを含む急性呼吸器感染症の感染拡大に影響を与えている可能性が高い。

出典:AUSTRALIAN INFLUENZA SURVEILLANCE REPORT No. 10, 2020 より

新型コロナ対策で行われている取り組みは、考えてみれば当然ですが、インフルエンザ対策としても有効です。また、コロナ感染拡大の影響で、国を超えた移動が大幅に減ったことも感染の拡大の防止に役立っているのかもしれません。

この冬シーズンの南半球の状況は、「社会の多くの人が同時に感染症の対策をとると、その効果は驚くほどてきめんに現れる」という可能性を示しています。

「慢心」ではなく「希望」と捉える大切さ

もちろん、これはあくまで日本とは違う南半球の国々の事例です。「もう日本もインフルエンザは心配しなくて大丈夫!」と慢心して良いわけではありません。

しかしいま「ツインデミック」、すなわち新型コロナとインフルエンザが同時流行することによって医療機関が大混乱し、失われないで済むはずの命がたくさん失われる事態が心配されています。

今回示された南半球の事例からは、「私たち一人ひとりが、すでに行っている感染対策を着実に続けていれば、そんな不幸な事態を防げるかもしれない」という「希望」が示されたと言って良いのではないでしょうか。

・適切なマスク着用

・3密を避ける

・帰宅時などに手を洗う

いま推奨されているこれらの対策を、冬に向けても着実に続けていこう。と、個人的には勇気をいただきました。

なおインフルエンザにはワクチンがあります。今シーズンは接種希望者が増えることで不足が心配されていますが、特にご高齢など接種が推奨されている方々は、お早めに検討していただければ幸いです。

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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