夏休み明けの大学休学 「これからどうするの」の言葉を飲み込んだ母親
オンライン化した大学生活による疲労蓄積
コロナ禍の影響で、高校生活のイベントは中止となり、卒業式もなくなったAさん(20歳)は、大学生活を楽しみにしていました。
しかし、実際には入学式も大学の授業もすべてオンラインとなり、キャンパスに足を運ぶこともほぼ皆無のまま、自宅での学生生活となりました。
オンラインで授業を受けたこともなく、不慣れなままスクリーンを眺め、メモを取り、資料を読むことの繰り返し。加えて、数百字から数千字のレポートの提出期限に追われ、休む暇もなく追い込まれてしまいました。
「疲れ果ててしまった」
Aさんは、夏休みに、息抜きと社会体験を兼ねてアルバイトをしてみましたが、さまざまな制約やシフトにうまく入れてもらえないなど、うまくいかず、医師からは軽いうつ状態であると言われました。
夏休みの後半から、自室からあまり出ることもなくなり、いつも寝ている状態となりました。顔色は悪く、食欲もない。Aさんは、母親と相談し、後期から半年を目途に休学することを決めました。
「これからどうするの」が言いたい母親
休学直後は、やはり自分の部屋からなかなか出て来られず、家庭での会話もほとんどなくなりました。両親も、周囲にそのことを話すことができないまま、家庭が社会と切り離された状態になりました。
子どものことを心配して、母親が子どもの将来相談窓口「結」に来たときには、子どものために力になれない自分を責め、疲れている様子でした。
「これからどうするのかを(Aさんに)聞きたい」
そう母親は話しますが、日常の会話すらなくなってしまい、Aさんの気持ちもわからないとき、休学に理解を示してくれた、信頼する両親からそう言われたらどうだろうかという問いに、母親はその言葉を飲み込む決意をしました。
閉じこもりがちなAさんには、部屋の外側から「おはよう」「おやすみ」と挨拶を続け、ときどき、返事が出てくるようになりました。
また、Aさんが以前から欲しがっていた子犬を飼い始めると、リビングで過ごす時間が増えてきました。これからの話を投げかけることなく、日常会話を継続した母親との会話も出てくるようになりました。
心配ではなく、お願いを
あるとき、母親はAさんに週1回、夕食作りをお願いしてたところ、それくらいならという返事がありました。
最初は、夕飯作りに4時間ほどかかりましたが、習慣化とともに時間も短縮されていきます。ほとんどが家の中での生活でしたが、徐々に夕飯を作る際には買い物にもでかけるようになりました。
Aさんが、もう少し何かやれそうなことを探し始めたとき、母親はAさんが小さい頃から好きだった祖父母が、高齢でできないことが増えているようだと伝えました。
それならばと、Aさんは自宅から離れたところにある祖父母宅で10日間ほど過ごし、帰宅しました。すると、Aさんから「自動車の免許がほしいため合宿に行きたい」と相談がありました。
2週間の合宿で運転免許を取得して戻ってきたAさんは、そこで20代から50代までの、自分とは異なる経験をし、違った世界で生きてきたひとたちと触れ合います。
「世の中には本当にいろいろなひとがいるんだ」
そこで知った話、驚いたエピソードを交えて話すAさんは、大学だけが人生ではないと考えるようになり、休学ではなく中退をする道を自ら選びました。このときも、母親はその後について問いただすことをせず、Aさんの意思決定を尊重します。
自分から動き出す
大学に中退届を提出したAさんは、すぐに短期のアルバイトを見つけてきました。2か月間の短い期間ではありましたが、その後、すぐに派遣会社に登録。そこから派遣された先で着実に業務をこなすなかで、正社員の声がかかりました。
Aさんにとって、両親から次はどうするのか、将来をどう考えているのかについて聞かれなかったこと。大学に戻るかどうかの選択を任せてもらえたこと。自分のタイミングが来るまでの時間を得られたことで、心身を休め、少しずつ日常を取り戻せたことが大きな価値があったのかもしれません。
また、両親も心配していることを言葉に出さず、いつになるのかわからない不安のなかで、Aさんを見守れたことが、結果としてAさんのためになったようです。
このケースはAさんとご家族だけの話であり、他のご家族にとっても有効とは言えません。しかしながら、夏休みなど長期休暇が明けるとき、学校を含めて今後どうしようかと思い悩む若者や子どもたちは少なからずいます。そのとき、保護者もまた深く悩むこともあるでしょう。
お子さんのことについての相談先は、SNSを活用したものから、オンラインや対面まで幅広くありますので、まずは公的機関の相談窓口から少しだけ話をしてみるのはいかがでしょうか。