仲間を失ったとき残された猫の心には何が起きる?猫の「悲しみ」をケアする方法
ペットロスは人間の心に大きな悲しみをもたらします。しかし一緒に暮らしてきた大切な存在を失った悲しみを抱えているのは、人間だけではないかもしれません。
オークランド大学心理学部の研究グループは、多くの猫が同居している犬猫を失った際、行動が変化したことを明らかにしました。本来、死を悼む「悲嘆」は、人間など社会的なつながりの強い動物で見られるもので、新たな仲間を探すために心が敏感になっている状態を指します。猫はこれまで社会的な動物ではないとされてきましたが、種を問わず同居の動物を失ったときに行動を変えたということは、その動物との間に社会的なつながりを築いている可能性を示しているのです。
今回は仲間を失った猫の「悲しみ」に関する研究と、その「悲しみ」をケアする方法についてサイエンスライターの筆者がわかりやすく解説します。
行動の変化から伝わる猫の「悲しみ」
オークランド大学の研究グループは、まず同居していた犬猫を失った経験のある犬と猫について行動の変化を調査しました。
159匹の犬と152匹の猫、合計311匹の動物が調査の対象とされ、摂食行動、睡眠パターン、鳴き声、排泄行動、攻撃性、愛情表現などの項目を飼い主にアンケートを元に分析しました。
その結果、多くの犬猫が同居動物を失った後に行動の変化を示したことが明らかになりました。
猫についての行動変化の中で、特に多かったのは愛情表現の変化で、78%の猫に見られました。多くの猫は飼い主により愛情を求めるようになりましたが、中には飼い主を避けるようになった猫や、飼い主を避けるようになったり、隠れる時間が増えた猫もいたといいます。
鳴き声の頻度も変化しており、半数近い猫が仲間を失う前よりも頻繁に鳴くようになりました。鳴き声はその声の大きさについても調査されましたが、32%の猫がより大きな声を出すようになったそうです。
また、36%の猫が、いなくなった動物が気に入っていた場所を訪れ、探すような仕草を示しました。
行動変化を比較すると、愛情表現などについては同程度だったものの、鳴き声の変化は猫の方が多い傾向にありました。犬では食事量の減少や睡眠時間の増加がより多く観察されました。猫も2割程度が食事や睡眠の変化が見られましたが、犬ほどではありませんでした。
とはいえ何かしら行動の変化を示した個体の割合は犬猫ともに75%で、猫は犬と同程度に、同居動物の喪失に反応していると考えられます。祖先であるオオカミからして群れで行動している社会性の高い犬と、野生下では群れを作らず単独で生活する猫が同程度の行動の変化を示したことは大きな発見です。
さらに、同じオークランド大学の研究グループはその後、猫に対してより詳細な調査を行いました。412人の猫の飼い主を対象に、同居の動物が亡くなった452匹の猫の行動変化について調査したところ、やはり多くの猫において、行動の変化がみられました。
さらにこの調査では亡くなった動物と生存している猫との関係が良好だった場合、猫の睡眠、食事、遊びなどがより減少するという傾向が報告されました。また、亡くなった動物と長く一緒に暮らしていた猫ほど、飼い主の気を引こうとする行動が増えたそうです。
ただし、飼い主自身の悲しみの度合いが強いほど、報告された猫の行動変化は多い傾向にありました。これは、飼い主が自身の悲しみを猫に投影している可能性を示しています。
動物の感情と人間の感情は同じではありません。動物における「仲間を失った悲しみ」は種の存続を目指した進化の過程で身についたものとも言われます。そしてそこには、生理的な変化が伴い、その変化が行動にさらなる影響を及ぼします。
猫の「悲しみ」に直面したとき、人間の感情にあてはめて「私だったらこうされたい」と思うだけでなく、実際に動物の体の中で起こっていることを理解できたなら、より適切なケアを行うことができるでしょう。ここからはそんな動物の目線で見た「悲しみ」の意味合いと、生理学的な変化について解説していきます。
「悲しみ」によるストレスが猫に及ぼす影響
仲間を失った際の「悲しみ」は残されたものが生き抜くためにあるという説があります。社会性の高い動物では、仲間を失ったときに示す行動が、群れの結束を強めたり、危険を他の仲間に知らせたりする機能を持っていると考えられているのです。
本来社会性に乏しいと言われる猫ですが、飼育下という安全な環境で一緒に暮らす動物に対しては「仲間」という意識を持って、社会的な絆を築いているのかもしれません。先ほどの研究結果からも、猫にも社会性の高い動物の「悲しみ」に似た行動がいくつか見られることがわかります。
例えば、多くの猫で飼い主への甘えが増えたという報告がありました。これは、社会性の高い動物が、失った仲間の代わりに新しい絆を求める行動に似ています。また、鳴くことが増えたり、亡くなった動物がいた場所を何度も訪れたりする行動は、いなくなった仲間を取り戻そうと探し回っている行動かもしれません。これらの行動が死を悼む「悲しみ」と言えるかは議論の余地がありますが、飼育下で猫が一緒に暮らす動物との間に社会的なつながりを持っていたことは行動の変化からも明らかです。
そんな大切な仲間を失うことは、猫にとって大きなストレスになるかもしれません。人間の場合、大切な存在を失うと体内でストレスホルモンであるコルチゾールが増加することが知られています。コルチゾールが増えると、免疫機能が低下したり、睡眠が乱れたり、食欲が変化したりすることがあります。
今回の研究で、一部の猫に食欲や睡眠の変化が見られたのは、こうしたストレス反応が関係している可能性があります。つまり、猫も人間と同じように、大切な仲間を失うことで心だけでなく体にも影響が出る恐れがあるのです。
私たち飼い主はこのような状況にある猫に対して、どのようなケアをしてあげられるでしょうか。最後の見出しでは、猫の「悲しみ」に寄り添うための具体的な方法について考えていきましょう。
残された猫にとっての「いつも通り」を
大切な家族を失った後、私たち人間は悲しみに暮れてしまいます。しかし、残された猫がいるのならその行動の変化を観察し、なるべくケアしてあげたいものです。
まず、猫が甘えてきたら思う存分スキンシップをとってあげてください。とはいえ、中には「悲しみ」によって外部からの刺激に敏感になり、スキンシップを嫌がるようになる子もいます。そういう子と無理に触れ合うのは逆にストレスになってしまうかもしれません。
実は、猫と積極的に遊ぶことが、猫の心身のケアに大きな効果をもたらす可能性があります。適度な運動は、前述のコルチゾールを低下させる効果があるためです。さらに、猫にとって飼い主との遊びは飼い主との絆を感じる大切な時間です。一緒に遊ぶことで、猫に安心感や安全感を与え、失った仲間の存在を少しずつ埋めていくことができるかもしれません。
また、動物が人間の感情を感じ取ってしまう「情動伝染」という現象もあります。犬や馬などでよく知られており、飼い主がストレスを感じると、動物もストレスを感じてしまうというものです。前述の研究結果のように、同居の動物と社会的なつながりを築いている猫もまた、飼い主の感情に影響されているかもしれません。つまり、飼い主が悲しみに沈んでいると、猫も影響されて元気をなくしてしまう可能性があるのです。
猫は環境の変化を嫌い「いつも通り」でいることで安心する動物です。飼い主がいつも通りでいることは何よりのストレスケアになるでしょう。ペットロスは本当につらいものですから無理に悲しみを押し殺す必要はありませんが、飼い主自身がなるべくリラックスした状態でいつも通り食事をしたり睡眠をとったりすることは猫にとっても望ましいといえます。
今回の研究から、私たち人間と同じ感情ではなくても、猫もまた大切な仲間を失うことで猫なりの「悲しみ」を感じている可能性が示されました。その気持ちに寄り添いながら、一緒に新しい生活に適応していくことが、飼い主にできる最大のケアなのかもしれません。
なお、ストレスによる体調の変化は、専門家のアドバイスやサプリ、薬剤の処方などで改善する場合もあります。行動の変化の理由が「悲しみ」ではなく、病気の可能性も否定できません。もし残された猫の行動の変化が長引くようであれば、ぜひ一度獣医師に相談してみてくださいね。
参考論文
Owners’ Perceptions of Their Animal’s Behavioural Response to the Loss of an Animal Companion