米国が示したイスラエル・ヒズブッラーの停戦案の盲点:黙認されるイスラエルと米国のシリアでの軍事行動
米国のジョー・バイデン大統領はレバノンおよびイスラエルの現地時間の11月26日午後11時30分頃、イスラエルとレバノンヒズブッラーの戦闘をめぐって、イスラエル、レバノン両政府が、米国が示した停戦案を受け入れたと発表した。
停戦は現地時間の11月27日午前4時(日本時間の27日午前10時)に始まるという。
バイデン大統領の発表によると、停戦案は、以下を骨子とする。
- 停戦発効後60日間でレバノン軍がイスラエルとの境界(ブルー・ライン)周辺に展開すること。
- ヒズブッラーはレバノン南部を流れるリーターニー川以北に撤退し、同川以南に拠点を再建しないこと。
- イスラエル軍もこれに合わせてレバノン南部から漸進的に部隊を撤退させること。
- 米国がフランスなどとともに合意履行を支援すること。
イラン最高指導者の要求への「同意」
この停戦案に関して、イスラエル首相府、レバノンのナジーブ・ミーカーティー首相がともに停戦案を受け入れたと発表する一方、ヒズブッラーの幹部の1人で、政治評議会副議長を務めるマフムード・カマーティーは、「敵が署名した合意の内容を精査して、我々の主張とレバノン当局が合意した内容が一致しているかどうかを確認したい…。我々はもちろん攻撃を停止させたい。だが、国家の主権を犠牲にはできない」と述べ、態度を保留している。
一方、イランのアリー・ラーリージャーニー最高指導者上級顧問は11月21日、レバノンとシリアへの訪問(11月14~15日)によって、ヒズブッラーがイスラエルとの停戦をめぐる交渉を一任しているレバノンのナビーフ・ビッリー国民議会議長、そしてシリアのバッシャール・アサド大統領とのアリー・ハーメネイー最高指導者の要求に対して「同意を得た」と発言した。
この「同意」内容は明らかではないが、イランの支援を受け、シリア国内からイスラエル領内への攻撃を続けてきたイラク・イスラーム抵抗は、11月15日以降、攻撃の頻度を低下させ、25日以降は攻撃を実施していない。また、10月以降、イスラエルへの攻撃の頻度を低下させていたイエメンのアンサール・アッラー(フーシー派)も、11月22日以降、攻撃を行っていない。
「イランの民兵」と称されるこれらの勢力によるこうした対応から、「同意」がヒズブッラーとイスラエルの停戦への青信号を意味すると推測することも可能である。
盲点
だが、ヒズブッラーがイスラエルとの停戦に応じて攻撃を停止し、その後、停戦案が文言通りに履行されたとしても、そこには決定的な盲点が存在することに気づく人は多くはない。
それは、すでに一部メディアなどで指摘されている通り、イスラエルがガザ地区でハマースの無力化に専念し続けることを可能とし、同地で暮らすパレスチナ人の人道状況がさらに悪化するという盲点に限られない。
バイデン大統領の発表には(そしておそらく米国が示した停戦案)には、イスラエル軍がヒズブッラーの兵站路を遮断し、イラン、イラク、シリア、そしてレバノンへと至る武器・兵站物資の搬入を阻止するとして、シリアに対して続けている攻撃の停止についての言及がなく、そのことがイスラエルによるヒズブッラー、およびこれを支援する「抵抗の枢軸」への攻撃継続を黙認することにつながっているのだ。
イスラエル軍によるレバノンへの爆撃、そして地上侵攻は、日本でも報じられているところだ。だが、これと並行して、イスラエル軍がシリア領内の公式、非公式の国境通行所、そして通行所に至る橋や道路、国境地帯にあるとされるヒズブッラーやシリア軍の武器貯蔵施設や陣地などへの爆撃を続けていることは大きく報じられない。
国営のシリア・アラブ通信(SANA)、英国を拠点として活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団などによると、ラリージャーニー上級顧問がシリアを訪れた11月14日以降、イスラエル軍は以下の通り攻撃を繰り返している。
- 11月14日、首都ダマスカス(ダマスカス県)のマッザ区、ダマスカス郊外県のクドスィーヤー市一帯を爆撃し、民間人に加えてパレスチナのイスラーム聖戦機構のメンバーら30人以上を殺傷。また、ヒムス県クサイル市に近い国境地帯を流れるアースィー(オロンテス)川にかかる橋2ヵ所を爆撃。
- 11月15日、首都ダマスカスのマッザ区を爆撃。
- 11月20日、UNESCO世界文化遺産のパルミラ遺跡を擁するヒムス県タドムル市を爆撃し、民間人、イラク人、アフガニスタン人などを含む100人あまりを殺傷。
- 11月25日、ヒムス県クサイル市に近い国境地帯を流れるアースィー川に架かる6つの橋(ダッフ橋、ジューバーニーヤ橋、フーズ橋、フドゥール橋、ムトリバー橋、フーシュ橋)を爆撃し、2人が死亡、5人が負傷。
- 11月26日、ヒムス県ヒムス市北2ヵ所(あるいは3ヵ所)とダマスカス郊外県とレバノンのベカー県を結ぶ非公式の国境通行所などを爆撃。
イスラエルとヒズブッラーの停戦案は、シリアに対するこうした侵犯行為の停止を伴わなければ、厳密な意味での戦闘停止とは言えないのである。
黙認されるイスラエル支援国の攻撃継続
それだけではない。イスラエルとヒズブッラーの停戦案は、ヒズブッラーの武器・兵站路を遮断するとしてシリア領内で爆撃を続けるイスラエル軍と実質的に連携して、シリア南東部で「イランの民兵」と小競り合いを続ける米国の軍事行動を何ら制限していない。
米国は、イスラーム国の再興を阻止するとの名目、ユーフラテス川以東の各所と、イラク、ヨルダンとの国境地帯に位置するタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)に、シリア政府(さらには反体制派)の許可を得ないまま違法に駐留を続けているが、11月に入って以降、両者の戦闘は以下の通り激しさを増している。
- 11月12日、ダイル・ザウル県のユーフラテス川東岸にあるCONOCOガス田に設置されている米軍(有志連合)基地が、「イランの民兵」が発射した無人航空機1機を撃墜するとともに、シリア政府の支配下にあるジャフラ村一帯を砲撃。またハサカ県シャッダーディー市に設置されている米軍基地も「イランの民兵」が発射した無人航空機1機を撃墜。
- 11月15日、CONOCOガス田の基地に駐留する米軍が「イランの民兵」が発射した無人航空機3機を基地一帯で撃破。
- 11月19日、シャッダーディー市の米軍基地がロケット弾攻撃を受けたことへの報復として、米軍戦闘機がダイル・ザウル県のマヤーディーン市、クーリーヤ市、アシャーラ市近郊の砂漠地帯にある「イランの民兵」の陣地複数ヵ所を爆撃、5人が死亡、複数人が負傷。
- 11月21日、CONOCOガス田の基地がロケット弾攻撃を受ける。
- 11月25日、米主導の有志連合所属の航空機がダイル・ザウル県ムーハサン市にある「イランの民兵」の陣地複数ヵ所を爆撃、またCONOCOガス田の基地に駐留する米軍部隊が同地を砲撃。一方、シャッダーディー市の基地が「イランの民兵」のロケット弾攻撃を受ける。
- 11月26日、米中央軍(CENTCOM)が声明を出し、前日のシャッダーディー市の基地に対するロケット弾攻撃への報復として、「イランの民兵」の武器弾薬施設を攻撃したと発表。一方、ダイル・ザウル県のウマル油田近くにある米軍最大の基地である「グリーン・ヴィレッジ」がロケット弾攻撃を受ける。
米国が提案した停戦案が履行された場合でも、イスラエルは、昨年10月のハマースによる「アクサーの大洪水」作戦に伴う戦闘が始まる以前と同じく、シリアへの爆撃を継続できる。同時に、米国も、ヒズブッラーの武器・兵站路の遮断に向けたイスラエル軍の軍事行動に、イスラーム国に対する「テロとの戦い」を阻止する勢力を排除すると主張することで、関与し続けられるのである。