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DV被害者になることが、子どもへの加害になる?―アメリカ、児童相談所と共同親権の闇

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

少し前に目黒では、痛ましい子どもの虐待事件があった。また共同親権が法制審議会に掛けられる予定だというが、共同親権だったら、虐待被害の子どもの命が救えたという議論がある。本当だろうか。今回は、メリーランド州でDV被害者支援の活動をしているAさん*1に、アメリカの児童相談所や共同親権をめぐるお話を聞いた。

アメリカでも、家族内の暴力や虐待をめぐっては多くの困難を抱えているようだ。ここではAさんがかかわった、はなえさん(仮名)*2のケースを取りあげることによって、その問題を見ていきたい。

児童相談所と通報

「アメリカでは、子どもの虐待をめぐって、理想的な取り組みがなされていると思ってくださっている方がいるようです。でも実際には、そう簡単ではありません。

とくに児童相談所(Child Protective Services、略してCPS。実際の業務は日本の児童相談所よりもずっと広く、権限もある)が、子どもの虐待に前のめりになるあまり、暴力を受けているお母さんの保護をないがしろにしてしまうことがあります。あくまで、焦点が、お母さんではなく子どもの安全のほうにあるためです」。

「はなえさんの場合は、その典型例といえるかもしれません。発端は、はなえさん自身が、夫によるはなえさんへの暴力と子どもへの虐待を、小学校の先生に相談したことです。

日本でも子どもの前でのDVは、「面前DV」といって児童虐待防止法違反になります。ご存知かもしれませんが、アメリカでは、教師や医師といった専門職はとくに子どもの虐待を知ったら、即座に通報しなければなりません」。

虐待の事実を知ったら、すぐに通報する。それはとても重要なことのように思えるのだが…。

「もちろん、虐待の通報は大事です。でもときに、虐待や暴力のような繊細な対応を求められる問題は、すぐに介入すればいいというものでもない、介入のタイミングをはかることが重要な場合もあります

でも知ってしまったら、通知しないと自分が罰せられますし、処理も面倒ですから、とにかく通報、とにかく対応となります。それが悪いと言っているわけではないですよ。

はなえさんの場合は、タイミングが最悪でした。はなえさんは、夫の酷い暴力は子どものためにならないと考えて、なんとか離婚する計画を実行にうつしたところだったのです。夫がかかわっていた犯罪で有罪にするため、はなえさんは警察に協力し、警察の要請で普通に暮らしているふりをしていたところでした

そんなところに児童相談所が突然電話をかけてきたので、はなえさんは動転してしまいました。いま、児童相談所に踏み込まれたら、警察の計画が台無しになってしまう。焦ったはなえさんは、児童相談所の訪問をいらないといって電話を切ってしまったのです」。

それは面倒を呼び込みそうな気が、日本に住む私でもする。

「そうです。児童相談所は突然、はなえさんたちの家に押しかけてきました。そして、あまりの事態にびっくりしているはなえさんを、適切に『子どもを保護』することができない『無能な親』だとみなしました。はなえさんは気を取り直して、覆面捜査官に電話をして、児童相談所が連れてきた警察官(児童虐待班)に、DVがあることを含め、説明してもらいました。

しかし、児童相談所は聞く耳をもたなかったのです。『はなえさんと子どもは、友人宅に逃げたほうがいい』と騙し、児童相談所の指示通りにはなえさんが電話をかけている隙に、子どもは攫うように連れ去られてしまいました」。

子どもは一時的に里親に養育されたが、「お母さんのもとへと帰りたい」と泣き叫び、5日後にははなえさんの元へと返された。しかし、いきなり大人に踏み込まれ、だまし討ちのようにお母さんと引き離され、知らない人のもとへと連れ去られ、お母さんにも会わせてもらえなかった経験は、何年も回復しない深刻なトラウマを植え付けてしまったのだという。そしてはなえさん自身も、なぜ児相に通報させたのかと、また夫から暴力を振るわれてしまった。

DV被害者は子どもへの加害者か?

「はなえさんは、実際にはDVの被害者なのですが、面前DVなどから『子どもを保護できなかった加害者』であるとみなされてしまっています。こういう問題が、アメリカでは深刻になっています」。

例えば、2006年、ロバート・ブランクストン・ジュニアは、付き合っている女性の3か月の子どもの肋骨と足を骨折させたため、2年間の刑務所行きとなった。ところがこの母親のほうは、ロバートから暴力を受けていた証拠があったにもかかわらず、「きちんと暴力に介入しなかった」罪で、なんと30年もの懲役刑を言い渡されている

また同年、アロンゾ・ターナーは、付き合っている女性の3歳の息子を殺害した。やはり母親も暴力を受けていて、息子の虐待の邪魔をすると殺すと脅されていたにもかかわらず、怠慢によって子どもを負傷させたと、45年の懲役刑をくらっている

出典:Moms Are Going to Jail When Abusive Partners Hurt the Kids

そんな馬鹿な、酷い、と思うが、 もともとアメリカの少年家庭裁判所の裁判官たちのガイドラインには、DVへの配慮がなかった。ガイドラインの改定で、殴られている女性は、子どもの養育パートナーとして位置づけることが決まった*3。それでも、子どもが(面前)DVに晒されるのに止められなかった場合には、「虐待やネグレクトの加害者」とされ続けている。このことで多くの被害者が、深く傷つきトラウマとなっている。

日本でも、厚生労働省委託調査研究事業の「親子の面会交流の円滑な実施に関する調査研究」のために設置されたFPICかるがも相談室では、

DVは親の一方が被害者と思われがちですが、子どもに とっては、両親とも加害者です

という文章が掲載されたパンフレットを配布していた(裁判所で面会交流を命じらそうで、せめて第三者機関を使おうと思った暴力被害者が酷くショックを受けて、教えてくれた)。

「監視」より「援助」を

目黒の事件も、加害者である父親は、妻である母親にも暴力をふるっていたという噂を耳にした。真偽は分からない。しかし「(前夫との)お前の子どもを傷つける」という行為自体が、すでに母親に対する脅しのようにもみえる。母親は喜んで、虐待行為に加担していたのだろうか。事実はさておき、そういう視点はほぼ皆無に近いように思われる。

もちろん、こう考えたからといって母親の加害行為が免責されるわけではない。しかし多くのDV被害者は、自分が我慢することを含めて、なんとか家族を再統合しようと不適切に踏ん張ってしまうものなのである

児童相談所が母親に対して、「あなたも被害者なのでは?辛いのではないですか?」というアプローチがあったのであれば、少しは違ったのではないかと、つい考えてしまう。それでも命は救えなかったかもしれないが、考えてしまうことくらいは許して欲しい。

近年、とくに離婚後に元配偶者からの「監視」による虐待の防止が主張されているが、必要なのは、「監視」ではない。「監視」によって命が救えるとしたら、それは親から子どもを引き離すかたちで保護する場合のみである(そしてその後、その子が幸せになれるのかという議論が続くのだが)。

シングル家庭には、親権争いが起きかねない、緊張感に満ちた元配偶者からの「監視」よりは、暖かな、些細なことでも相談できるような「援助」が与えられたらいいなと思う。

親権や面会交流などで争っている暴力被害者の女性の多くが、DV加害者の元配偶者がありもしない虐待をでっちあげて児童相談所や警察に相談するという(本当に心配したのかもしれないが)経験を持っている

潜在的に親権争いが起こりかねないリスクを常に抱えているシングル家庭では、「不適切な養育者」といわれないようにと、母親は追い詰められている。ただでさえ一人での養育が大変であるのに、「監視」を恐れて、どこにも育児の悩みを相談することすらできないという嘆きがある。繰り返すが暴力が原因で離婚した場合、元配偶者は、暴力加害者であり、離婚後も支配の機会をうかがっているからだ

母親も子どもも救われる道を模索したい。はなえさんの話は次回も続けたい。アメリカのこういった暴力対応への根底には、共同親権をどう運営するかという困難な問題が横たわっているからである。

注1)本来であったら、きちんと実名を出したいとかなり二人で協議を重ねたが、実名を出すことによって支援活動に差し障るかもしれにないことと、なによりも共同親権をめぐる議論ではネット上ほかで感情的な嫌がらせが起こる可能性が高いことを配慮して、今回は匿名にさせていただいた。

注2)当事者のはなえさんにも、前もって原稿をチェックしていただいて、掲載承諾済みである。

追記*3「もともとアメリカの少年家庭裁判所の裁判官たちのガイドラインには、DVへの配慮がなかった」の一文を付け加え、一部表現を変えました。Aさんの評価は、ガイドラインの改定でDV被害者が「養育パートナー」と位置付けられたことによって、「養育の任務を果たせない親」の責任が問われ続けているというものですが、引用記事ではガイドライン自体は肯定的に評価されています(2019年2月9日16時11分)。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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