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二宮和也主演『ラストレシピ』の伝説の料理、どんな味? 埋もれた歴史を発掘する、それも映画の力

斉藤博昭映画ジャーナリスト

映画というものは、スクリーンを通して観客の目と耳に強く訴えるもの。最近は4DXなどで、視覚と聴覚以外の「体感」を伝えるスタイルもあるが、さすがに「味覚」だけは難しい。料理が出てくる映画は、いかにしてその美味しさを映像で伝えられるかが勝負になる。

かつて『タンポポ』など料理のうんちくを描く名作もあったが、ここ2〜3年、その成功例として『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』、日本映画なら『孤独のグルメ』や『深夜食堂』などもあって、料理映画はちょっとしたブーム。そこに現れた、料理映画の決定版と言えそうなのが、11/3に公開される『ラストレシピ 〜麒麟の舌の記憶〜』である。

1930年代の満州で、国命を受けて日本料理のフルコース「大日本帝国食菜全席」のメニューを考えた山形直太朗と、現代で「人生最後に食べたい料理」を作って、高額な報酬を得る、天才的な舌の持ち主、佐々木充。2つのドラマがシンクロする今作は、高級食材を使った逸品から、庶民感覚で作った一皿まで、出てくる料理が、まさに“食欲をそそる”撮り方で登場する。佐々木を二宮和也、山形を西島秀俊が演じているが、もう一人の主役は完璧に「料理」なのである! 監督は『おくりびと』の滝田洋二郎。

天皇陛下を迎えるために考案されたレシピを再現。真ん中が「黒と白のラビリンス」の石窯
天皇陛下を迎えるために考案されたレシピを再現。真ん中が「黒と白のラビリンス」の石窯

今作でとくに注目なのが、山形が考案する「大日本帝国食菜全席」。満州で天皇陛下を迎えるためのメニューということで、レアな食材を求める奮闘や、未知の味覚への努力が半端じゃない。スクリーンに出てくるレシピの数々は、多くの人にとって初めて目にするレベルだろう。物語自体はフィクションであり、現在では作ることが到底不可能なレシピもある。

では映画に出てくる当時の味は再現できるのか? そんな難題にチャレンジしたのが、帝国ホテルの総料理長、田中健一郎氏だ。料理雑誌の編集長曰く「現在の日本のフランス料理で最高峰」という田中氏。『ラストレシピ〜』に出てくる食菜全席のいくつかを現在の食材で作ると、その味は……?

大日本帝国食菜全席より。「Memory of  the Galaxy」と命名された前菜
大日本帝国食菜全席より。「Memory of the Galaxy」と命名された前菜

たとえば前菜

映画の中では「キャビアと素麺の天の川風

→当時の満州ではパスタがなかったので素麺を使ったと考え、素麺をパスタのカッペリーニに変え、トマトのクリスタルジューをからめ、キャビアと金箔を添えた。たしかにこのアレンジはフレンチの前菜として口当たり、風味ともに絶品。でも日本人の食感としては、たしかに素麺にも合うかも!?

黒と白のラビリンス パンダードのドルマ仕立て
黒と白のラビリンス パンダードのドルマ仕立て

そして「黒と白のラビリンス」と称し、葡萄の葉で包んだ孔雀の肉を黒と白の石で蒸し焼きにするという、現在ではどこでも食べられないレシピが登場(石窯の状態は上にある写真の中央にあり)。

孔雀の肉というのはあまりに匂いが強いらしく、さすがに今回は使用できず、食感が近いホロホロ鳥が代用された。

映画の中では石窯をフランベするのだが、西島秀俊は何度も手に火が移りそうだったと語っていた。この日は最後のフランベを二宮和也が担当した。

この独特のレシピ、肉の柔らかさ、ほんのりと染みた葡萄の香りなど、初めて体験する美味しさ!

じつはこの『ラストレシピ〜』と似たような伝説のレシピが、帝国ホテルには存在し、同ホテルの初代料理長、吉川兼吉が100年前に考案した牛舌肉煮込や、デザートの露国風洋梨乳酪冷菓も再現された。盛りつけや料理器具も100年前と同じだが、デザートの甘さのみ100年前の半分に抑えられた(当時の人にとって貴重な砂糖がたっぷり使われていたそうだ)。パンも100年前と同じ方法で焼き上げられたのだが、このパンのやさしい味わいに、現代に忘れ去られたシンプルさを感じた。

再現されたレシピの数々。奥に写っているのが100年前の製法のパン
再現されたレシピの数々。奥に写っているのが100年前の製法のパン

映画『ラストレシピ〜』がなかったら、この帝国ホテルの伝統のレシピも眠ったままだったかもしれない。映画というものは、観た人に感動や興奮、驚きを与える媒体ではあるが、こうして歴史の重要な瞬間を掘り起こす役割もあるのだと実感する。この大日本帝国食菜全席や、帝国ホテルの100年前のレシピ、ぜひリーズナブルな値段でどこかで提供してほしいものである。

『ラストレシピ 〜麒麟の舌の記憶〜』

11月3日(祝・金)、全国東宝系ロードショー

配給/東宝

(使用写真は、すべて東宝より提供)

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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