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引越のサカイに1570万円の支払い命令! 偽の「出来高給」を裁判所が全否定

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像は引っ越しのイメージです。(写真:アフロ)

 サカイ引越センターの元引越作業員兼ドライバー3名が、未払い賃金の支払いなどを求めた訴訟の判決で、東京地裁立川支部は8月9日、計約1570万円の支払いを命じた。

 裁判の主な争点になったのは「出来高払制賃金」だ。出来高による賃金支払いは近年さまざまな業種に広がっており、紛争も増えている。

 今回の判決はあまり大きく報道されていないが、若い世代の働き方を改善する上で大きな意義を持つ判決であり、紹介していきたい。

どんな裁判だった? −争点は「出来高払制賃金」

 この裁判は、株式会社サカイ引越センター(以下「サカイ」という)において引越運送業務に従事していた原告3名(20代後半から30代前半)が、時間外労働に係る割増賃金などが未払いであると主張し、未払い賃金等の支払いを求めたものである。

 後述するとおり、サカイでは、給与の大部分に「出来高払制」が適用されていた。それが法的な意味での出来高払制に該当するのか否か(労基則施行規則19条1項6号の「出来高払制その他請負制によって定められた賃金」に該当するか否か)が裁判で争われた。

 言い換えれば、サカイの賃金制度が違法であるのかどうかが問題になったということだ。結論から言えば、裁判所は、サカイが出来高払いとして扱っていた部分の全てについて、出来高払制賃金に該当しないと判断した。

 そして、適正な形で賃金を計算し直した結果、サカイが支払っていた額では本来支払うべき額に足りないことから、裁判所は、原告3名あわせて約950万円(請求額約1200万円)の支払いをサカイに命じた

 さらに、裁判所は、「被告は、原告らの労働時間を適切に把握せず、また、原告らの各業績給及び各手当が出来高払制賃金ないし除外賃金であり、原告らに1年単位の変形労働時間制が適用されることを前提として割増賃金の支払を怠っており、これに正当な理由も認められない」として、原告3名あわせて約620万円の付加金の支払いを命じた

 これは、割増賃金等の規定に違反した使用者に対して、使用者が支払わなければならない金額と同一額の支払いを命じることができる旨を定めた労働基準法114条に基づくペナルティである。

なぜ「出来高払制」が認められなかった?

 このように、今回の判決では、会社にとって厳しい判断が下されている。なぜ裁判所は出来高払制賃金に該当しないという判断をしたのだろうか。

 サカイでは、引越作業員などの現業職に対し、基本給と仕事の成果に応じた五つの手当が支払われていた。下の表は原告側の弁護団が作成したものである。現業職の賃金体系において、基本給が低く設定されており、給与の大半を手当が占めていることがわかる。

 そして、このうち、業績給A(売上給)、業績給A(件数給)、業績給B、愛車手当の4つが出来高払いとして扱われていた。

 裁判所がこれらの手当を出来高払制賃金に該当しないと判断したのは、一言でいえば、これらの手当が「法律が認める出来高払い」になっていなかったからだ。

 労働基準法27条は、「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない」と定めている。

 今回、裁判所は、この「出来高払制その他の請負制」について、「労働者の賃金が労働給付の成果に応じて一定比率で定められている仕組みを指すものと解するのが相当であり、出来高払制賃金とは、そのような仕組みの下で労働者に支払われるべき賃金のことをいうと解するのが相当である」と判示した。

 つまり、法律上、出来高払いによる賃金の支払いは認められているが、出来高払制を適用するためには、賃金が労働給付の成果に応じて一定比率で定められている仕組みになっていなければならないということになる。

 しかしながら、サカイが出来高払いとして扱っていた4つの手当はこのような仕組みになっていなかったというのが裁判所の判断である。

 例えば、業績給A(売上給)については、次のような理由から、「現業職の労働給付の成果に応じた賃金と実質的に評価することはできず、出来高払制賃金に該当するとは認められない」と判断している。

  • 売上額に応じて支給される賃金であるが、売上額は営業職が顧客との間で交渉し、営業責任者が決裁して決定されるものであり、直ちに現業職自身の労働給付の成果とはいえない。

  • 現業職が配車係から案件の割当てを受けて得られる賃金であり、配車係が現業職の労働時間のバランスを考慮して案件を割り当てていたことなどを踏まえると、現業職の自助努力が反映される賃金であるとは言い難い。

  • 現業職としては、売上額の多寡にかかわらず、専ら配車係が裁量によって指示する案件の割当てに従って決められた作業をするほかなかった。

 このように、各手当の内実を踏まえ、実質として労働給付の成果に応じた賃金になっていないことから、出来高払制賃金に該当しないと判断したというわけだ。

 労働法は、会社側がなんと呼んでいようと、労働の実態から適否を判断する。そのため、会社が「出来高払制」や「管理監督者」、「裁量労働制」などを都合の良いように判断して使っていても、実際に法律の枠組みに適合していなければ違法行為となるのである。

「出来高払制賃金」を用いた残業代不払いの仕組み

 さて、ここからは、今回の判決の意義について考えていこう。

 いわゆる「出来高給」や「歩合給」の仕組みが採用されている会社は少なくない。よくみられるのは、時間を単位とする基本給に成果にもとづく歩合給を組み合わせる賃金体系だ。

 営業収入の一定割合を賃金と定める完全歩合給制を採用する会社も存在する。

 これまで見てきたとおり、今回の判決は、こうした出来高払制賃金そのものを否定するものではない。

 問題は、出来高払制の場合、次のように、残業代の計算方法が一般的な月給制の場合と大きく異なることにある。一般的な月給制の場合と出来高払制の場合をそれぞれみていこう。(以下の例は説明をわかりやすくするためのものであり、現実のものではありません)。

(1)一般的な月給制の場合の残業代の計算方法

 一般的な月給制の場合、割増賃金の計算の基礎は1時間あたりの賃金である。1時間あたりの賃金は、ざっくり言えば、月給額を所定労働時間で除すことによって計算できる。下のような事例の場合、時給は1500円となる。

1か月の所定労働時間:170時間

基本給:25万5千円

1時間当たりの賃金:25万5千円/170=1,500円

50時間分の残業代:1,500円×1.25×50時間=9万3,750円

 割増賃金率を25%とすると、仮に月に50時間の時間外労働を行った場合には、少なくとも1,500円×1.25×50時間=9万3,750円の残業代を支払わなければならないことになる。

(2)出来高払制の場合の残業代の計算方法

 では、出来高払制の場合にはどのように残業代を計算するのだろうか。

 まず重要なのは、出来高給制の場合でも、労働基準法37条が適用され、時間外労働、休日労働、深夜労働に対しては割増賃金の支払いが義務づけられているということだ。

 歩合給の場合、残業代が出ないと思っている方もいるかもしれないが、決してそんなことはない。例えば、完全歩合給制の賃金体系を定め、時間外労働に対して割増賃金を支払わなければ、違法となる。

 ただし、その計算方法は一般的な月給制の場合と大きく異なる。

 出来高払制の場合の割増賃金の計算基礎は、賃金算定期間における出来高給の総額を総労働時間数で割った額である(労基則19条1項6号)。そのため、所定労働時間を月給で割る通常の賃金に比べ、1時間当たりの賃金が低くなる。

 また、このとき、通常の賃金(100%にあたる部分)はすでに支払われているものと考えられるため、改めて支払う必要はなく、割増賃金は、通常の月給制の場合のように125%ではなく、25%となる

 (1)と同じ例で考えてみると、時間外労働を50時間した場合の残業代の計算方法は次のとおりとなる。

1か月の所定労働時間:170時間

歩合給:25万5千円

1時間当たりの賃金=25万5千円/(170時間+50時間)≒1159円

50時間分の残業代:25万5千円/(170時間+50時間)×0.25×50時間=1万4,489円

 (1)と比較すると、同じ時間外労働を行った場合でも、圧倒的に残業代が少なくなることがわかる。「サカイ残業代訴訟弁護団」が提供する資料では、この点が下のようにまとめられている。

 これが、実際には出来高給ではないのにもかかわらず、「出来高払制だ」と偽装することによって、企業が残業代不払いを行うカラクリである。

 このような手法を用いて、すなわち、基本給を低く設定して、給与の大部分を出来高払扱いにすることによって、残業代を低く抑えている会社が世の中には一定数存在する。

 こうした手法が認められてしまえば、「出来高払制」の名のもとに法律を潜脱し、労働者を安く長時間働かせることができてしまう。

 現実に、特に若い世代が、そうした手法の被害に遭っているものと推測される。

 今回の判決には、このような「偽装された出来高給」が法律上許されないということを明確にした点で大きな意義があるといえるのではないだろうか。

歩合給が法律に抵触する場合には差額を請求することができる!

 これまで説明してきたとおり、「出来高給」や「歩合給」は、時間外労働等に対する割増賃金支払義務(労働基準法37条)に抵触する可能性があり、その場合、労働者は、適正に計算された賃金と受け取った賃金との差額を請求することができる。

 法律に抵触する場合というのは、出来高給(歩合給)が実態を伴っていない場合だということを今回の判決は示した。簡単に言えば、労働者が頑張っても、それがそのまま仕事の成果に反映されない場合には、法的には出来高払制賃金とは認められず、未払い残業代がある可能性が高いということだ。

 「自分にも当てはまるかも」と思った方は、一度、弁護士や労働組合に相談してみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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