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薬物規制のジレンマ #専門家のまとめ

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:イメージマート)

薬物の薬理作用は、その化学物質が人の中枢神経にある特定のタンパク質(受容体)に結合して化学変化を起こすことで生じ、その人の行動や認知能力を変化させる。したがって薬物のこの結合能力を決める化学構造(すなわち三次元的な「形」)に着目して薬物を評価することは理にかなっている。これが包括指定の基本的な考え方である。

包括指定の網にかかるか否かの決め手は、化学構造の類似性であるが、これは裁判官の主観的判断であるし、なによりも地下の化学者たちは規制物質の化学構造を容易に操作して規制物質と構造的に類似していない、つまりその時点では合法な新しい物質を作り出し、法律を先取りするのである。そしてときには化学構造のわずかな変化が、薬理活性の大きな変化につながり、より強力で危険な薬物が生み出されることがある。

要するに規制を強化すればするほど、より強力で、より危険な薬物が生まれる可能性がある。

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他方、異なった化学構造であっても同じ効果が生じる場合もある。

たとえばヘロインナルトレキソンは、モルヒネから合成されるので類似した化学構造をもっている。ところがメサドン(メタドン)は「ゼロから合成」できるため、ヘロインやナルトレキソンとは化学的類似性を共有しない。しかしこれら3つの化学物質はすべて、同じ受容体のタンパク質に結合し、同様の薬理作用をもっている。

つまり本来ならば化学物質の薬理的作用に着目して、規制薬物の化学構造類似性ではなく物質の行動効果を基準に薬物を規制すべきだということになるが、そうすると刑罰規定があまりにも曖昧になり、明確性の原則罪刑法定主義)に抵触しないのかという問題が生じるのである。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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