AKB48に憧れる中国人の若者にとっての受験戦争とは…
6月8日夜、大歓声の中でAKB48の選抜総選挙が幕を閉じた。私も人並みに世間の話題についていかなくては、とテレビのスイッチをつけ熱狂する会場の様子を見渡してみた。
はっきりとした姿を捉えることはできなかったが、10代~20代の若者や、30代以上の男性らしき人々が目に飛び込んできた。若者もおじさんも、みんなAKB48に憧れ、自分の夢を重ね、つらいときには歌を聞いたり、秋葉原に足を運んだりしていたんだろうな……などと思わせられた。何歳になろうと、ファンにとってアイドルとは、情熱を傾けられる“青春そのもの”といえる輝かしい存在なのだ。
一方、6月7日と8日、中国でも大事な出来事があった。総選挙ではなく試験だ。「高考」(全国大学統一入試)と呼ばれる大学入学試験が全国で一斉に行われたのだ。中国では大学別に試験が行われるのではなく、この2日間の成績で合格者を決定する。そのため、受験生にとっては一生を決める大事な試験となる。この日のために青春を犠牲にして脇目もふらず勉強してきた若者たちにとっては、全力を尽くした2日間だったことだろう。
中国の受験戦争は過熱化し、北京大学や清華大学、復旦大学といった名門校への入学はますます狭き門になっている。だが、今年の受験生は912万人と前年比3万人減という数字だった。大学進学を望まない「棄考生」(高考を放棄する学生)は1年に約10万人ずつ増えていて、今年は全国で100万人にも上ったというのだ。
その背景には、この10数年間で大学入学者数が爆発的に増えたことがある。大学生が急増した結果、大卒は「金の卵」ではなくなり、大学を卒業しても本人の望むような就職口を見つけることが困難になってしまったのだ。また、大学の学費が高いことや、大卒のホワイトカラーとそれ以外のブルーカラーの年収の差がそれほど大きくないといった理由もあって、若者の「大学離れ」は加速化している。大学受験を放棄した学生は、専門学校に行って手に職をつける道を選択したり、富裕層の場合は、いきなり海外留学するケースも増えているそうだ。
こうした現状において、中国の詰め込み教育への批判も噴出している。
詰め込み教育では発想力が育たない
クラブ活動がない中国の中高生にとって、学校はひたすら勉強するだけの場。進学校に限らず、1日中勉強することは当たり前で、都市部で裕福な家庭では、家庭教師などを雇って夜遅くまで勉強させる。習い事も情操教育としてや、子どもが好きだからやらせるというよりも、受験に有利だからというだけだ。
だが、そうした詰め込み教育に対して「多様な能力や発想力を伸ばすことができない」や「中国人は子ども時代に勉強しかせず、人間にとって必要な道徳や社会のマナーを学んでいない」といった問題点が内外から指摘されているという。
「上から与えられたことをするだけでなく、自分で創意工夫して何か新しいものを創り出すところが日本の教育のすばらしいところ。数々の優れたゲームやアニメを生み出したことからもわかります。でも中国では、学校で決めたことしか教えず、詰め込み教育だから、なかなか個人の発想力や想像力が育たないんです」
私はある中国人の高校生から、こんなどきっとする言葉を聞かせられた。
確かに中国には部活はない。部活がないから創意工夫がないとまでは断言できないが、部活を通して学ぶことは少なくない。部員同士の友情や絆、努力したり切磋琢磨することの大切さ、チームワーク、そして規律や秩序、我慢すること…。日本人にとっては当たり前のことなので気づきにくいが、中国人は日本のアニメやドラマを見て、そうした道徳を学ぶ。そして、「日本の部活っていいな、すばらしいな」と思うらしい。
そんな中国の若者が憧れ、今最も人気がある日本人アイドルがAKB48だ。以前取材した20代後半の中国人男性は私に、自分がAKB48を好きなわけを熱っぽく話してくれた。
「一見、どこにでもいそうな普通のかわいい女の子なんだけど、一人ひとりがみんな違う。歌や踊りをマスターして個性を磨き、いつかスポットライトを浴びようと思って一生懸命努力する姿は、まさにレギュラー選手に選ばれたいと必死でがんばるクラブ活動の過程と似ています。なかなかランキングが上がらないアイドルに、自分の今の苦しい境遇を重ね合わせてみたり、恋愛感情を抱いて、好きな子を応援したりする気持ちは、まさに僕たち中国人にとっても青春だし、感動的な体験なんですよ」
彼はいう。
「行き過ぎた受験戦争は“勝ち組”になるためのものであって、偏った人間しか生まないのでは、と思います。勉強も大事だけど、僕たちが求めているのは心の空白部分を埋めることなんですよね。AKB48を応援することで、高校のときに過ごせなかった青春時代を、今、疑似体験しているような気分なんです」
まさかAKB48がそんなに国際的な重要な役割を果たしていたとは、思いもよらなかった。AKB48の中国版といえるSNH48も上海で活動しているが、もしかしたら、こんな身近なところから日中の軋轢は氷解していくのではないだろうか。
昨今の厳しい国際関係を見ると、「そんなことあるはずない、甘い」というお叱りを受けそうだが、それでも、ひとりの愛らしい人間の存在を知り、その人を好きになることで、その人が住む国にも興味を持つのではないか。そして、その集合体である国家を理解するきっかけになるのではないだろうか。
AKB総選挙番組を見て、ふとそんなことを考えた。それにしても…やっぱり日本人って幸せだな。