大森南朋さんが演じる酒井忠次は、実に豊富な逸話がある人物だった
大河ドラマ「どうする家康」で強い存在感を示しているのが、大森南朋さんが演じる酒井忠次である。
忠次は「徳川四天王」(ほかは本多忠勝・榊原康政・井伊直政)の1人と知られ、実に豊富でユニークな逸話を持つ人物なので、以下、紹介することにしよう。
酒井氏は、松平氏の譜代の家臣だった。忠次は、松平広忠(家康の父)に仕え、その死後は家康の配下となった。
幼い頃の家康は、今川氏の人質として駿河に赴くが、忠次は同行して起居を共にした。忠次が重用された所以である。その後、忠次は家康の命により各地を転戦し、大いに軍功を上げた。
天正7年(1579)になると、信康(家康の嫡男)と瀬名(家康の妻)が甲斐の武田勝頼と通じ、謀反を画策しているとの噂が広まった。
当時、家康は織田信長と同盟していたので、弁解の使者として忠次と大久保忠世を派遣した。このとき、忠次は信長から詰問されたが、十分な弁解ができず、かえって不信感を煽った。
それゆえ、信長は家康に対して、信康と瀬名の処分を迫ったという。しかし、現在では否定された説であり、家康は自らが織田派であることを鮮明にし、自らの意志で信康と瀬名を死に追いやることで、徳川家中の結束を強めたのではないかと指摘されている。
後年、忠次が我が子の執り成しを家康に懇願した際、「お前でも我が子がかわいいのか」と皮肉を言われたというが、むろんこちらも俗説に過ぎない。
忠次の武勇は、槍で敵と一緒に甕をも貫いた愛槍の「甕通槍」からも明らかだろう。愛刀の「猪切」は正真(村正の弟子)の作で、狩りで猪を斬ったことにちなんで、茎に「猪切」の金象嵌を入れたと伝わっている。いずれもエピソードにすぎないが、武芸に優れていたのは疑いないと考えられる。
同時に忠次は、戦略眼にも優れていた。天正3年(1575)の長篠の戦いの直前、忠次は軍議で鳶巣山の夜襲を提案したとき、信長は一笑に付して却下したという。
ところが、軍議の終了後、信長は密かに忠次を呼び寄せると、鳶巣山を夜間に襲撃するよう命じたという。信長が軍議の席で賛同しなかったのは、作戦の秘密が漏れることを恐れたからで、実は忠次の優れた戦略眼を絶賛したと伝わっている。
このような数々のエピソードを持つ忠次は、天正13年(1585)に石川数正が出奔すると、徳川家で筆頭の家臣として重用された。この頃の忠次は、徳川家中の長老格でもあった。
翌年には従四位下・左衛門督に叙位任官される栄に浴したが、天正16年(1588)に長男の家次に家督を譲ると引退したのである。この頃、忠次は眼病を患い、ほとんど目が見えなかったという。それが、引退の原因だったといわれている。
なお、忠次と言えば「海老すくい」であり、たしかに記録のうえでも確認できるが、どんな踊りなのかは不明である。