アップル、微妙な無効審判で請求認められず
商標の審決をコメント付けてフィードしてくれるツイッターアカウント「商標審決」で知りましたが、以下のような審決があったそうです(審決日は1月13日です)。(なお、以下でツイッターの規約に従った埋め込みツイートによる引用を行っていることから、タイトル画像のスクショコピーは公正な慣行に基づく引用であると考えます。)
審決文は直リンを張れないので、特許情報プラットフォームの審決速報メニューで「番号入力」をチェックして、2020-890049を入力して検索して見てください。
問題となった登録商標は5770529号、指定商品は9類のスマホケース等、権利者は群馬県にある株式会社シェリーという企業です。同社は、スマホケースやノベルティグッズなどのプラスチック成形品の製造会社です。1961年創業で特許も数多く取得している真っ当な会社です(商標ゴロ等ではまったくありません)。
この無効審判は、この登録商標が自社の有名なマークと類似するとして、米アップルが請求したものです。確かに、向きは違うものの、微妙に似ているように思えます。
実は、これは偶然の一致ではなく、シェリー社がiPhone用のスマホケースを作る際に、iPhone本体の背面のアップルのマークが外部に露出するように、ケースの一部をくり抜いたことにより生じた形状です。アップルの林檎マークそのまんまの形でくり抜くとアップルの商標権を侵害してしまう可能性があることから、あえて、「アップルのマークの形状と非類似になるように、スマートフォンカバーを大きめにくり抜き」、「アップルのマークを模倣したものではなく、逆にそのデザイン性を尊重し、かつアップルの権利を侵害しないよう、非類似になるようにデザインしたもの」です(と答弁書でシェリー社自身がカミングアウトしています)。そして、アップルからの権利行使を避けるため、及び、同業他社が類似のデザインを採用しないようにするために商標登録をしたものと思われます。
なかなか興味深い経緯ですが、特許庁の審判官は、この辺の事情にはまったく触れずに、両商標は外観が明らかに異なるので非類似であるとし、アップルの主張(4条1項11号(類似先登録)、4条1項15号(他人の業務との混同)、4条1項19号(周知商標を不正目的使用))をすべて退けました。
既存の登録商標を露出させるために生まれた商標というのは、あまりないパターンと思うのでちょっとコメントしにくいですが、おそらくアップルは審決取消訴訟を提起することになるでしょう。また、不正競争防止法が商標権をオーバーライドすることもありますので、商標登録ではなく、商標の使用についても不正競争防止法による何らかのアクションを取る可能性もあります。また、無効審判に加えて、米アップルを請求人として不使用取消審判も請求されているので、そちらでも動きがあるかもしれません(たとえば、使用実績がスマホケースの「くり抜き穴」だけであれば、商標的使用と認められない可能性があるでしょう)。
追記(22/01/29):長くなるので割愛していましたが、もう1点興味深い論点があるので追記しておきます。上記の通り、このシェリー社の商標登録の目的は、アップルのマークを露出させるためのくりぬき部の形状なわけですが、アップルは、これは商標的使用ではない(自他商品識別のためではない)ということで、「己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」ではないので3条1項柱書違反であるとの追加的主張を行っています。これに対して審判官は無効審判の請求時に主張していなかった話を後付けで持ち出しても受け付けないとしました(ちなみに職権で審理することは法的には可能ですが審判官の裁量となります)。シェリー社の登録は除斥期間(登録から5年間)を過ぎているため、アップルはこれを理由にした新たな無効審判を請求することはできません(そもそも、今回の無効審判が登録から5年目という除斥期間経過前ぎりぎりで請求されています)。ただ、別途走っている不使用取消の方で、「くりぬき穴としての使用は商標的使用ではない」との判断がされれば、どちらにしろシェリー社の登録は取消になりますので、実はあまり大きな問題ではないと思われます。