<ルポ>「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(8)日越双方の課題が絡み合う技能実習
中国出身の技能実習生が減少する中、ベトナム人の技能実習生が増えている。一方、日本の「外国人技能実習制度」は以前から数々の課題が指摘されてきた上、今も課題を抱えている。
私はこの連載で、送り出し地の状況を「(1)ベトナム人はなぜ日本に来るのか?」、「(2)”送り出す側”に転じた元実習生」、「(3)「労働輸出」と”主要市場”の日本」、「(4)借金に縛られた実習生を生む構造」で、伝えた。
また、技能実習生向けに渡航前研修を提供する訓練センターの中に、「軍隊式」の渡航前研修を売りにしているところがあることを、「(5)来日前に受ける「軍隊式」の研修」、「(6)「軍隊式」と「躾」を好む日本企業「躾」を好む日本企業」で説明したほか、「(7)期待はずれの低賃金と借金の重荷」では技能実習生の日本での経験や困難を伝えた。
一方、最近になり、ベトナム政府は日本への技能実習生の送り出しに当たり、新たな規定を設けた。この連載ルポの最終回となる今回は、最近の動向を紹介した上で、改めて「外国人技能実習制度」をめぐる課題について考えたい。
◇相次ぐ実習生の「逃走」、なぜ実習生はリスクを背負い「逃走」するのだろうか
これまで見たように、実習生は依然として課題を抱えている。
この一方、実習生を「管理」する側の受け入れ企業や管理団体、さらにベトナム政府が“問題視”しているのは、実習生による実習先企業からの「逃走」だ。
実習生は来日後、決まった契約期間において受け入れ先企業で就労するが、契約満了を前に、受け入れ先から「逃走」を図るケースが出ている。
その中で、最近ではベトナム人の実習生の「逃走」が目立つようになってきている。
「外国人技能実習制度」を推進する公益財団法人「国際研修協力機構(JITCO)」のまとめでは、2014年度に管理団体または実習実施機関からJITCOが受けた行方不明報告者数は計3,139人に達し、前年から11.2%増加した。
国籍別では、中国人が1,902人(全体の60.6%)と首位だが、ベトナム人が787人(全体の25.1%)で2位に付けている。
しかし、実習生が「逃走」するということは、一気に非正規滞在化することを意味し、そのリスクは大きい。
いったいなぜ実習生は「逃走」するのか。
◇「建前」と実態のかい離、技能実習制度が構造的に作り出す”歪み”
これまで伝えたように、額の渡航前費用を借金して送り出し機関(仲介会社)に払って来日して借金を返済しながら就労するという仕組みがでてきていること、低賃金や長時間労働といった労働環境の課題などから、実習生は「逃走」へと追い込まれるのではないだろうか。
JITCOは、ホームページで、技能実習制度について「技能実習生へ技能等の移転を図り、その国の経済発展を担う人材育成を目的としたもので、我が国の国際協力・国際貢献の重要な一翼を担っています」と記している。
だが、実際には、送り出し地ベトナムでは、送り出し機関(仲介会社)の中に、「日本にいけば高い賃金が得られる」「残業が多く稼げる」と吹聴し、「日本へ出稼ぎ」に行くようあおっている組織が存在するという現実がある。
さらに、ベトナムでは、経済成長の中で格差が広がるとともに、貧困問題が依然として残る。若年層の就職難という問題もある。その中で、技能実習はベトナムの若者にとって「希望」として捉えられることになるだろう。
また、日本の受け入れ先企業の中で、この制度が掲げるように、国際貢献事業として技能移転のために実習生を受け入れている企業はどの程度あるのだろうか。
たしかに、実習生に対し、仕事を教え、きちんと処遇し、良好な関係を構築している企業がないわけではない。企業の中には、技術を教え育てた実習生にほれ込んで、ベトナムに現地法人を立ち上げ、元技能実習生を管理職クラスに充てる企業も出ている。
しかし、残念ながら、そうした企業ばかりではない。
なにより、看過できない点は、この制度自体が作り出す構造により、人手不足の産業分野に、低賃金で雇用できる諸権利の制限された期限付きの外国人労働者を、日本との大きな経済格差のあるアジア諸国から受け入れ、単純労働部門へと配置するという状況が生み出されていることだろう。
そして、繰り返しになるが、ベトナムからの実習生については、高額の渡航前費用を支払うために借金をするケースが多く、来日後に借金を返済しながら働き、貯金できるのは借金返済後になるという構図がある。
こうした構造の中で、技能実習生を受け入れる企業の中で労働法規の違反行為や人権侵害が発生しているという”歪み”が出ている。
まず着目すべきは、この構造的に作りだされた歪みの実態を明らかにし、その歪みがなぜ発生し、そして歪みを改善するためにはなにをすべきかという方策を考えることではないだろうか。
各受け入れ先企業や実習生個人それぞれの在り方など、個別の事例をみることも大切だが、より根本的には、この技能実習制度が持つ構造的な課題と歪みについて検証することが求められる。
この制度が構造的に生み出す歪みの中で、いったいなにが実際に起き、技能実習生が何を経験しているのかを知ることが重要だ。
◇「逃げました・・・」、故郷から遠く離れた日本でベトナム人が下した選択の意味
「日本で働いたけれど、逃げました」
ある日訪れたベトナム北部の農村で、元技能実習生に話を聞いていた私は、彼ら彼女らから何度かこの言葉を聞いた。
「逃走」した経験を持つ元技能実習生はそろって来日前に高額の渡航前費用を借金して送り出し機関(仲介会社)に払ったものの、来日後には当初期待したような賃金を得られていなかった。
技能実習生としての手取りが月6万円だったというあるベトナム人は、この収入の中からなんとか渡航前費用の借金を返し終えても、日々の食費や「寮費」を支払うと、手元にはあまりお金が残らず、思うように貯金できなかった。けれど、故郷には自分の仕送りを待つ家族がおり、このベトナム人はある時、雇用主宅から「逃走」した。そして非正規での不安定な就労に入り、最後は入管当局に捕まり、強制送還させられた。
別のベトナム人は、渡航前費用を借金して来日した上で、働いていたが、やはり借金返済の負担があった上、当初の期待ほど収入を得られなかったことから、受け入れ先企業を「逃走」し、非正規で働いていた。この人もお金を故郷に仕送りしながら「逃走」先で不安定な身分で単純労働をしていたが、最終的には入管当局に身柄を拘束された。
「大きな希望」を打ち破られた実習生にとって、技能実習生としての就労経験、そして「逃走」とはいったいどんな意味を持つものだったのだろうか。
いずれにしても、自分自身の身分が不安定化する「逃走」に、なぜ実習生が追い込まれるのかを、考える必要がある。
◇ベトナム政府が送り出し機関の管理強化に向けた施策、横行する違反行為や詐欺事件
こうした「逃走」など実習生を取り巻く課題を受け、ベトナムの労働行政などを管轄するベトナム労働・傷病軍人・社会省(MOLISA)は2015年11月18日付で、日本への実習生送り出しを行う送り出し機関(仲介会社)の管理強化と渡航前費用の徴収額を制限するための新たな公文書4732号(4732/L-TBXH-QLL-NN)を出した。
公文書4732号の中で、同省は送り出し機関(仲介会社)が日本に実習生を送り出す要件として、この1年にわたり行政処分を受けていないことなどを挙げている。また送り出しに当たり送り出し機関(仲介会社)は社内に日本を専門にする担当者、必要な知識を持ったスタッフ、関連法規の知識を持った担当者らをそれぞれ配置することが求められるとする。
こうした送り出し機関(仲介会社)の管理を強化する政策の背景には、送り出し機関(仲介会社)による違反行為が発生していることがあるとみられる。ベトナムでは、日本への実習生送り出しだけでなく、各国への労働者の送り出しに当たり、送り出し機関(仲介会社)が違反行為を行い、時に処分を受けるといったケースが出ているためだ。
ベトナムでは、農村部の出身者が移住労働の主な担い手だが、十分に情報を持たない農村出身者が悪徳業者により「海外にいけば高い収入を手にいれられる」との言葉にだまされ、大金を失うケースが少なくない。
出稼ぎ者が多く出ている村を訪れ出稼ぎ経験者に話を聞くと、多くの人は親族や友人など信頼できる筋からの情報を得るなどし、なんとかして「確実に海外」にいける送り出し機関(仲介会社)を探していることが分かる。
海外出稼ぎをめぐる詐欺事件が広がり、地元でも頻繁に報道されているため、人々は送り出し機関(仲介会社)による詐欺行為を恐れている。 しかし、それでも運悪くだまされる人は後を絶たない。
技能実習生の候補者は高額の渡航前費用を払うために借金をするケースが多い。しかし、手数料をだまし取られ、日本に行けないとなると、多額の借金だけが残ることになる。
こうした多額の借金が残ったとしたら、まだまだ所得水準が低いベトナムにおいては、実習生個人やその家族の暮らし、ひいてはその人の人生そのものを大きく揺るがすことになる。
日本円で100万円を超える額をベトナムの農村出身者が稼ぐにはいったいどれだけの時間働けばいいのだろうか。それだけの額を農業 収入や工場での就労だけで返済するのはほぼ不可能だろう。
ベトナム政府は今回こうした指針を打ち出すことで、送り出し機関(仲介会社)の不法行為への対応を強めようというのだ。
◇仲介手数料を最大3,600米ドルに制限、効力はどの程度あるのか?
さらに、ベトナム政府の公文書4732号で大きく注目されるのが、送り出し機関(仲介会社)が実習生から徴収できる手数料について、3年契約の実習生で上限3,600米ドル(約36万252円)、1年契約の実習生で上限1,200米ドル(約12万84円)と規定されたことだ。
前述したように、実習生は来日前に高額の渡航前費用を借金により工面し、送り出し機関(仲介会社)に納めている。この公文書では渡航前費用の上限を定めることで、実質的に送り出し機関(仲介会社)が徴収できる渡航前費用を引き下げようというのだ。
しかし、ベトナム労働法を専門とする神戸大学大学院国際協力研究科の斉藤善久准教授は、今回の公文書について「要件を満たさない機関からの送り出しを停止するなどの措置は現場にとって一定の是正圧力となりうるが、当局による具体的な調査や、送り出しを待つという立場に置かれる実習生からの告発は期待しにくいだろう」と分析する。
また、斉藤准教授は、「往復の渡航費用を受け入れ企業の負担としながら、学費などとは別に3,600ドルという高額な手数料の徴収を送り出し機関に認めているのは妥当と思えない」と指摘する。さらに「日本の入管行政は保証金を徴収されている実習生の入国を認めていないが、ベトナム政府は通達で3,000ドル以下の保証金の徴収を認めていることなどの矛盾についても、今回の公文書では何ら調整されていない」と述べている。
なお公文書4732号は後に、2016年4月6日付の公文書1123号(1123/LーTBXH-QLLーNN)に置き換えられた。ただし、この手数料の上限に関する規定について変更はない。
実習生問題においては、日本側の問題に対処することも求められるだろう。
繰り返しになるが、実習生制度についてJITCOは、「技能実習生へ技能等の移転を図り、その国の経済発展を担う人材育成を目的としたもので、我が国の国際協力・国際貢献の重要な一翼」と説明する。しかし、日本でベトナム人実習生の権利を守ったり、不当な処遇やハラスメントから保護したりするような労働環境の整備は十分にはなされているとは言えず、「技能の移転」がどこまできちんと実施されているかどうかも不透明で、建前と実態がかい離していると指摘せざるを得ない。
このため、ベトナム側、日本側がそれぞれ個別に対策を講じるだけでは十分でなく、ベトナムと日本双方が現行の技能実習制度の課題を直視した上で、連携を図り、必要な措置を至急講じて、状況の改善に向けて積極的に、そして本気で取り組むことが重要だろう。
◇経済成長時代の格差と残る貧困問題、「人生を変えるため」の大博打としての技能実習
そもそも、ベトナム人実習生はなぜ、高額の渡航前費用を支払ってまで日本に来るのだろうか。
考えられるのは、第一に、ベトナムでは日本の実習生問題に関する情報が十分ではないことと、日本への憧れが根強いことだ。
私がベトナムで実習生について聞くと、多くの人は実習生の日本で技能実習生の中に過酷な就労状況に直面している人がいることについてよく知らず、「日本は収入が高いのでぜひ行きたい」とあっさりと語る人が多かった。ベトナムからマレーシアなどへの出稼ぎ労働に関しては、その就労状況の厳しさが伝えられ、ベトナム人も注意を払っているが、日本の状況に関してはまだあまり知られていないのではないだろうか。
一方、ベトナムの最低賃金は最も賃金の高い「地域1(ハノイ市やホーチミン市)」で月350万ドン(約1万5,813円)。しかし、これまでベトナム人実 習生が送り出し機関(仲介会社)に対して渡航前に支払ってきた手数料は100万円を超えるケースもある。
今回、MOLISAが設けた渡航前費用の上限額3,600米ドルにしても、ベトナム人の所得水準からみると、決して安いものではない。
だが、中国をはじめ新興国が世界経済におけるプレゼンスを高める半面、ベトナムでは日本からの外国直接投資(FDI)や政府開発援助(ODA)の金額は大き く、今も日本は経済大国であり、憧れの国として認識されている。
「日本の賃金は高い」と思われており、日本へ実習生として渡航することは大きな可能性を秘めたものだとみられている。
もう一つ考えられるのは、ベトナム国内にはまだまだ経済的な課題を抱える人が多く、外国への移住労働は暮らしを改善し、貧困から抜け出すためのチャンスだととらえられていることだ。
ベトナムでは経済成長により中間層や富裕層が出てきているが、地方出身者が農民をはじめとして、まだまだ苦しい経済状況にある人も少なくない。
けれど、経済成長の中で、庶民は消費財に加え、教育費などへの支出を増やしており、現金が以前よりも必要な社会になってきている。
しかし、農村部の住民など経済的に恵まれない層は、日々働いていても、なかなか思うように生活に必要なお金を得ることができない。
同時に、政府による貧困支援や、医療・教育など社会インフラの整備はまだ不十分なため、ベトナムの人々は社会保障に多くを頼ることができずに、ある意味で”自力”で生きていくことが求められる。とりわけ農村出身者やインフォーマルセクターでの労働者はこの傾向が強い。
だからこそ、借金をして高額の渡航前費用を出してでも、日本へ行こうとするのではないか。
ベトナムの社会や経済に構造的な問題が残る中で、庶民は現在の暮らしから抜け出すため、実習生としての日本行き自分の人生を変える大きな希望だととらえ、国境を超える移住労働へと踏み出すように見える。
◇日本とベトナム双方の課題が影響し合う国境を超える移住労働制度「技能実習生制度」
一方、ベトナム政府、そして日本政府はこの状況の中で、実習生問題にどうやって対処しようとしているのだろうか。
ベトナム政府はたしかに仲介会社の管理を強化するとともに、渡航前費用の上限を設けることで一定の対策は打っている。しかし、実習生問題においては日本と連携するなどし、日本側の問題についても、なんらかの対処をすることが求められるだろう。
そもそもベトナムでは労働者の送り出しは「労働輸出」という言葉が使われており、移住労働者は祖国ベトナムに送金をもたらす貴重な存在だと、とらえられている。今回出された公文書4732号でも、日本のことを「労働輸出の重要市場」と記してあった。日本は自国労働者を“輸出”する大切な市場なのだということなのだろうか。
この半面、実習生に関連する課題は一国の中でとどまるものではない国境を超える労働問題となっている。
そのためベトナム側、日本側がそれぞれ個別に対策を講じるだけでは十分でなく、ベトナムと日本双方の連携を図ることで状況の改善を促すことが重要だろう。
そして、技能実習生にかかわる問題というものは、日本の私たちにとって、ベトナムだけの問題でなく、あるいは日本だけの問題でもなく、それぞれの要素が複雑に絡み合うものだという視座に立ちながら、「実習生」とひとくくりにされてしまう個人の存在やその人生への想像力を持つことが求められている。(終わり)
※この記事は、「週刊金曜日」7月8日号に掲載された「ベトナム人の希望に巣食う『外国人技能実習生ビジネス』 」に加筆・修正したものです。
■用語メモ
【ベトナム】
正式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少数民族がいる。ベトナム政府は自国民を海外へ労働者として送り出す政策をとっており、日本はベトナム人にとって主要な就労先となっている。日本以外には台湾、韓国、マレーシア、中東諸国などに国民を「移住労働者」として送り出している。
【外国人技能実習制度】
日本の厚生労働省はホームページで、技能実習制度の目的について「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力すること」と説明している。
一方、技能実習制度をめぐっては、外国人技能実習生が低賃金やハラスメント、人権侵害などにさらされるケースが多々報告されており、かねてより制度のあり方が問題視されてきた。これまで技能実習生は中国出身者がその多くを占めてきたが、最近では中国出身が減少傾向にあり、これに代わる形でベトナム人技能実習生が増えている。