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広がる外国人支援のネットワーク、食料の寄付や労働相談ホットライン:カトリック教会や法律家、労組が連帯

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
無料の労働相談ホットラインの様子。筆者撮影

 新型コロナウイルスの流行拡大と移動制限による景気低迷などを受け、支援者のもとには日本に暮らす技能実習生からの相談が相次いでいる。そんな中、カトリック教会や法律家、労働組合、外国人支援組織が連携し、技能実習生をはじめとする外国人への支援活動を展開。組織を超えた支援のネットワークが広がっている。

◇約4600人に食料支援

 技能実習生をはじめとする日本に暮らすベトナム人の支援に乗り出している組織の一つが、カトリック教会のコミュニティーだ。

 

 「私たちのもとに、生活が苦しいと訴えるベトナム人からの相談が非常に多くありました。このため、4月9日から生活困窮状態にある人たちへの食料支援を行ってきました」

 

 こう語るのは、東京の「イエズス会社会司牧センター」のヨセフ・グエン・タン・ニャー神父。カトリックの国際団体イエズス会は日本で、教会運営に加え、教育事業を行っている。社会問題を専門的に取り扱うセンターも運営しており、その一つがニャー神父が所属するイエズス会社会司牧センターだ。

ニャー神父。筆者撮影
ニャー神父。筆者撮影

 日ごろから教会に集まるベトナム人と接することの多いニャー神父は、2020年2月ごろから、苦しい状況に置かれているベトナム人が増えていることを知るようになった。とりわけ新型コロナウイルスの流行とそれに伴う移動制限により景気が低迷する中、仕事を失うなどして苦境に立たされている人が多くいることを知る。

 

 こうした人たちを支援できないかと考えたニャー神父は、目黒教会のペトロマリア・グェン・フー・ヒェン神父、聖ヴィンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会のシスターマリア・レ・ティ・ランと話し合い、困窮しているベトナム人に食料を送る「一杯の愛のお米プロジェクト」を立ち上げた。

 「一杯の愛のお米プロジェクト」は、フェイスブックを通じて食料支援を必要としている人から連絡を受け、対象者に食品のセットを送付するというもの。フェイスブックを連絡手段とするのは、技能実習生を中心に携帯電話に加入していないベトナム人が少なくないためだ。無料で利用できるフェイスブックが限られた通信手段となっている。

 

食料支援の様子。ニャー神父提供
食料支援の様子。ニャー神父提供

 プロジェクト開始以降、ニャー神父らカトリック・コミュニティーのメンバーが驚いたことは、食料支援の希望者の数が当初の予想に比べて多かったことだ。連日のように申し込みがあり、対象者のリストの作成や送り先の住所の確認に思いのほか手間と時間がかかった。

 

食料支援の様子。ニャー神父提供
食料支援の様子。ニャー神父提供

 希望者からはオンラインのフォームで申し込みを受け付けた。ただし、ベトナム人は「グエン」という名字の人が多い上、名前も同じものや似たものが多い。同姓同名の人もいるため、氏名の確認も簡単ではない。住所など連絡先がきちんと記載されていないケースもあった。

 

 神父もシスターも本来の業務がある。そんな多忙な日々の中、土曜日に教会に集まり、食品を仕分けし、包装し、リストを確認しながら日本全国に暮らす支援対象者に食品のセットを送付するという作業を継続して行った。

 対象者に送る食品のセットはコメ5キロ、砂糖1キロ、揚げ油1リットル、即席めん、マスク、それにベトナム料理にかかせないヌオックマム(魚醤)、お菓子などから成る。費用は1人分で食品5000円、送料1500円の計6500円がかかる。

 

食料支援の様子。ニャー神父提供
食料支援の様子。ニャー神父提供

 

 4月9日にこの事業を開始し、6月初旬までに日本全国に暮らすベトナム人約4600人に食品のセットを送った。対象者の大半がベトナム人だった。ほかに、ネパールとバングラデシュの出身者約100人にも食品を送ったという。

 また、食品のセットを送った人を在留資格別でみると、全体の70%程度が技能実習生、残り30%が留学生やエンジニアだった。

◇『あなたのことを考えている人がいますよ』と伝えたい

 食料支援には多額の資金が必要になったが、各地のカトリック教会の信者をはじめ様々な人が寄付をしてくれ、賄うことができたという。

ニャー神父。筆者撮影
ニャー神父。筆者撮影

 ニャー神父は「当初はこのプロジェクトのために、日本に暮らすベトナム人のカトリック共同体の中で寄付を呼びかけました。しかし、支援を希望する人の数がとても多いため、ベトナム人のカトリック共同体だけでは力が足りないと感じ、5月に入り、イエズス会社会司牧センターを通じて広く寄付を呼びかけるようになりました。そして、社会司牧センターの責任者やスタッフの協力を得て、様々な団体から食料をもらえるようになりました。その後、麹町聖イグナチオ教会の主任司祭である英隆一朗神父(イエズス会)や浅草教会・上野教会の主任司祭である晴佐久昌英神父(東京教区)を通じ、日本人のカトリック共同体でも寄付を呼びかけてもらったことで、多くの日本人の方々から寄付をいただきました」と説明する。

 また、支援の希望者の受け付けや食品の発送作業は当初、イエズス会社会司牧センターと埼玉県川口市のカトリック教会で行ってきた。一方、その後に支援のネットワークが広がり、山口県にある下関労働教育センターと細江教会のディン神父(イエズス会)、大阪教区・仁川教会の和越敏神父(コンベンツアル聖フランシスコ修道会)、名古屋教区で働いているタン・ヒ神父(神言会)らの協力も得ることができた。

 

食料支援の様子。ニャー神父提供
食料支援の様子。ニャー神父提供

 ニャー神父はこう語る。

 

 「私たちにとって、こうした支援を行うことは初めての試みでした。技能実習生や留学生はベトナムにいれば、家族もいるし、食べるものもあります。でも、日本ではそうではありません。そして、新型コロナウイルスの流行が継続することにより、仕事がなくったり、解雇されたり、もっと大変になる可能性さえあります。帰国できない人もたくさんいます。

 だから、こうしたときに『一杯の愛のお米プロジェクト』を通じて食品を送ることにより、その人たちの生活を支援するとともに、『あなたのことを考えている人がいますよ』『自分1人で孤独に生きているのではないですよ』ということを伝えたいと思いました」

◇ベトナム語の労働相談ホットライン

ホットラインの様子。筆者撮影
ホットラインの様子。筆者撮影

 カトリック教会には、労働関係の問題を抱える技能実習生からも相談が相次いでいた。

 そのためニャー神父から相談を受けた日本カトリック難民移住移動者委員会(J-CaRM)は、外国人技能実習生の支援組織のネットワークである「外国人技能実習生権利ネットワーク」と連携し、労働相談ホットラインを実施することになった。筆者もこのホットラインを手伝う機会を得た。

旗手明さん。本人提供
旗手明さん。本人提供

 以前の外国人研修制度の時代から研修生・技能実習生の支援を続け、制度の改革・廃止を求めてきた外国人技能実習生権利ネットワークの旗手明さんは、こう説明する。

 

 「ニャー神父らカトリック教会の取り組みを聞く中で、技能実習生が実習先企業などの業績悪化や倒産などによる賃金不払いや解雇、寮を追い出されるなど、労働問題や住まいの問題に直面することも予測されました。そのため、技能実習生の労働問題への対応や今後の相談連携のため、外国人技能実習生権利ネットワークと日本カトリック難民移住移動者委員会(J-CaRM)が共同して緊急ホットラインを実施することになりました。緊急ホットラインを開催するにあたって、関係諸団体と早急に準備を進めるためにも、技能実習生の過半数をしめるベトナム人を対象に呼びかけました。技能実習生を対象に呼びかけをしましたが、留学生やエンジニアからの相談にも対応しています」

ホットラインの様子。筆者撮影。
ホットラインの様子。筆者撮影。

 

 ホットラインは、6月9日の10時から16時、7月4日の10時から16時、外国人技能実習生権利ネットワークと日本カトリック難民移住移動者委員会(J-CaRM)が主催し、これに移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)とイエズス会社会司牧センターが協力する形で実施された。

 さらに、その後も相談が相次いでいることから、8月20日の10時から16時にも第3回目となるホットラインが実施される。

ホットラインの様子。筆者撮影
ホットラインの様子。筆者撮影

 1回目と2回目のホットラインではフェイスブックを使い事前に申し込みを受け付けた上で、東京のほか、札幌、岐阜、大阪、北九州でも相談を受けた。カトリック教会のシスターや神父をはじめとするベトナム人が通訳に入り、相談者はベトナム語で、技能実習生支援の豊富な経験を持つ弁護士、労働組合など専門家に相談をすることができる。

 

 ホットラインの1回目は44件、2回目は52件の相談があった。これを在留資格別にみると、技能実習生からの相談が最も多かった。ただしほかに留学生、技術・人文知識・国際業務といった在留資格の人もいた。ジェンダーをみると、男女それぞれから相談が来ていた。

◇複雑化する課題

ホットラインの様子。筆者撮影
ホットラインの様子。筆者撮影

 これまでのホットラインへの相談内容から見えてきたことは、技能実習生の多くが以前からの技能実習制度を取り巻く課題に直面しつつ、新型コロナウイルスの流行により、さらなる問題にさらされているということだ。問題がより複雑化、深刻化している。

 相談者の多くが「仕事がない」「会社が倒産した」「賃金が減少した」「帰国できない」といった新型コロナウイルスの流行に関連する課題を抱えていた。それと同時に、暴力、暴言、パワハラ、いじめ、賃金未払いなどコロナ以前からある技能実習生・外国人労働者を取り巻く問題にもさらされている。

 日本政府は帰国困難者などの支援に向け、いくつかの措置を出し、技能実習生が転籍したり、在留資格を変更し働けるようにしている。ただし、そうした措置の適用を受けるには監理団体、受け入れ企業の協力が必要になる。だが、相談者からは「監理団体や会社は何もしてくれない」といった声がきかれた。

◇妊娠に関する権利を知らされていない

ホットラインの様子。筆者撮影
ホットラインの様子。筆者撮影

 ジェンダーに関する問題の相談も目立った。中には、妊娠している女性からの相談もある。

 ベトナム人女性の間には妊娠し、帰国を希望していたものの、航空各社がフライトの運航をとりやめているため、帰国できなくなっている人がいる。

 

 こうした女性たちは産休・育休、出産一時金などの制度をよく知らない。自分たちの権利を「知らされていない」といったほうがいいだろう。権利や制度を知らないため、「日本では産めない」と考えてしまい、帰国することしか頭にないことが多い。

 中には「妊娠はしてはいけない」と、契約書に盛り込まれているという技能実習生もいる状況だ。妊娠しているにもかかわらず産婦人科を受診しておらず、母子手帳がない人もいる。妊娠は病気ではないとはいえ、場合によっては、母体と赤ちゃんに命の危険もある。にもかかわらず、自分たちの権利や制度を知らないために、妊娠しても相談できず、追い詰められている女性たちがいる。

 そもそも、これまで多数の技能実習生を受け入れてきた日本政府は、技能実習生の女性たちの妊娠・出産・育児をどこまで想定しているのだろうか。

 

 これまで世界では、女性たちが「産む産まないは女が決める」というスローガンを打ち出し、妊娠・出産、身体などに関する自身の権利を求めて闘ってきた歴史的経緯がある。だが、女性たちの闘いにより社会で認められてきた「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」は、技能実習制度の下で、十分に守られているとはいいがたい。

ホットラインの様子。筆者撮影
ホットラインの様子。筆者撮影

 さらに、ホットラインを通じて明らかになったことは、多くの技能実習生が相談先を持たないということだ。問題が発生した場合、まず監理団体に相談する技能実習生は多いものの、監理団体がきちんと対応しないケースもある。その場合、ほかに相談先を持たずに困り果ててしまう。そして時間の経過とともに問題が深刻化、複雑化してしまうのだ。

◇技能実習制度を取り巻く構造的課題

 ベトナムは冷戦時代、旧ソ連など社会主義圏に自国の労働者を送り出す政策を打ち出してきた。その後、冷戦の終結などの国際情勢の変化、ベトナムの改革開放政策「ドイモイ(刷新)」などを受け、ベトナム政府は労働者の送り出し先を東アジア諸国にシフトしてきた。現在、ベトナム政府は海外への労働者の送り出しを推進する「労働力輸出」政策を打ち出している。その中で、日本は台湾と並びベトナム人の主要な移住労働先となっている。中でも技能実習生として来日する人が少なくない。

 法務省の発表によると、日本に暮らすベトナム人の数は2019年末時点で前年同期比24.5%増の41万1968人に上り、国籍・地域別で中国、韓国に続く3位につけた。

 他方、日本では1990年代にスタートした外国人技能実習制度が「途上国への技能移転」「国際貢献」を建前にかかげつつ、その反面ではアジア出身の労働者を各地の産業部門に導入する制度として機能してきた。技能実習生の受け入れ数は増え続け、技能実習生の数は2019年末時点で41万972人に達し、40万人を超えた(法務省、2020年)。 

 だが、制度の開始直後から、研修生・実習生への人権侵害が後を絶たず、批判を受けてきた。

 

 技能実習生は制度上、転職ができない。受け入れ企業が倒産したり、受け入れ企業に問題がある場合は転籍が認められることがあるが、それには監理団体の協力と手続きが必要となり、容易ではない。受け入れ企業は様々で中には技能実習生を大事にするところもある。監理団体も多様だ。しかし転職ができないため、問題がある企業にであってしまった場合、逃げ場がない。そして家族を帯同することも許されない。

 またベトナム人技能実習生が来日する際、ベトナム側の送り出し機関に多額の手数料を払うことが常態化している。このためにベトナム人技能実習生は時に100万円にもなる大きな債務を背負うことが一般的だ。借金漬けの移住労働なのである。

 借金返済の責任や制度的な諸権利の制限から、技能実習生は、監理団体、受け入れ企業との間で非対称的な権力関係に置かれ、何か問題があっても声を上げることが難しくなる。前述したように会社を変えることが原則できない上、借金もあるため、「会社をやめる」という手立てをとることもできない。

 日本では技能実習生が職場から逃げることを「失踪」と位置づけ、取り締まり対象とする。だが、むしろ劣悪な就労環境の中で人権侵害にあいながらも債務の返済義務、監理団体や受け入れ企業との非対称の権力関係、相談先の欠如から逃げるに逃げられない技能実習生がいることをみるべきだろう。殴られ、怒鳴られ、さげすまれ、何かあれば「ベトナムに帰れ」と言われる。それでも働き続けるほかない技能実習生が存在する。国境を越えて海外で働こうとする人は本来、バイタリティーにあふれた存在だろう。しかし、技能実習制度を通じたベトナムから日本の移住労働においては、むしろ技能実習生の力は削がれることがある。

 新型コロナウイルスの流行下における技能実習生が直面する課題を受け、旗手さんはこう語る。

 「新型コロナウイルス感染症は、技能実習制度のように労働力のみを利用しようとする期限付きの受け入れ策=ローテーション政策の問題点と脆弱(ぜいじゃく)性を明らかにしました。こうした政策は、長期的に日本で働くという選択肢を奪い、また家族滞在を認めない。他方、受け入れ企業等にとっても、いずれ帰国してしまうのであれば、長期的な雇用を見通した人的投資への意欲が削がれ、企業等を担う人材として考えることが難しいものです。このようにローテーション政策は、労使双方にとってマイナスの影響をもたらしていると言えます。コロナ禍を経ても人口減少社会である日本は、外国人労働者に依存せざるを得ない構造から抜け出すことはできないでしょう。今こそ、定住に結びつく長期的な外国人労働者受け入れ策、すなわち移民政策について本格的に議論すべきときです」(了)

研究者、ジャーナリスト

岐阜大学教員。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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