Yahoo!ニュース

<ルポ>「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(7)期待はずれの低賃金と借金の重荷

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。

中国出身の技能実習生が減少する中、ベトナム人の技能実習生が増えている。これまでに数々の課題が指摘されてきた日本の「外国人技能実習制度」だが、この制度のもとでベトナム人技能実習生は日本でどのように働き、暮らしているのか。

私はこの連載で、送り出し地の状況を「(1)ベトナム人はなぜ日本に来るのか?」「(2)”送り出す側”に転じた元実習生」「<(3)「労働輸出」と”主要市場”の日本」「(4)借金に縛られた実習生を生む構造」により、伝えた。

また、技能実習生向けに渡航前研修を提供する訓練センターの中に、「軍隊式」の渡航前研修を売りにしているところがあることを、「(5)来日前に受ける「軍隊式」の研修」「(6)「軍隊式」と「躾」を好む日本企業「躾」を好む日本企業」で説明した。

今回は、ベトナム人技能実習生が日本で何を経験しているのかを追いたい。

◆手取りは8万円以下、電子部品を組み立てるベトナム人女性

ベトナムの農村の家。農村出身の実習生も少なくない。筆者撮影、ハイズオン省。
ベトナムの農村の家。農村出身の実習生も少なくない。筆者撮影、ハイズオン省。

1990年にベトナム北部で生まれた女性、フエさん(仮名)は技能実習生として日本で働くベトナム人の一人だ。

来日前は、ベトナムに進出した日本企業の工場で働いていたというフエさん。高校を卒業してから、工員として働いていた彼女の当時の給料は月400万~500万ドン(約2万1,502~2万6,879円)だったという。

一方、彼女の家族は経済的に苦しく、毎日の暮らしは大変だった。そのため、フエさんは家族を助けるため、技能実習生としての日本行きを決めることになる。また若い彼女は、日本人の働き方や日本語の勉強もしたいと思ったのだという。

彼女はその後、日本に実習生としてわたり、北陸地方の工場で電子部品の組み立ての仕事をしている。

ベトナムの農村の家。農村出身の実習生も少なくない。筆者撮影、ハイズオン省。
ベトナムの農村の家。農村出身の実習生も少なくない。筆者撮影、ハイズオン省。

一方、フルタイムで働いても、給与は月に12万円。

そして、そこから家賃と保険料、税金などが引かれると、残るのは8万円となる。

さらに、ここから、ガス料金なども引かれることになる。ガス料金は、春が1カ月当たり5,000~6,000円で、冬には同8,000円にもなる。

もともと低い賃金が家賃や保険料、税金、ガス料金などで、さらに少なくなる。

それでも彼女は、家族への仕送りを続けるためにも、3年の実習生としての就労期間中、日本で働き続けるのだ。

◆養鶏場を支える20代の女性

ベトナムの農村の家。農村出身の実習生も少なくない。筆者撮影、ハイズオン省。
ベトナムの農村の家。農村出身の実習生も少なくない。筆者撮影、ハイズオン省。

1992年にベトナム北部で生まれた女性、ニャンさん(仮名)は、高校を出た後に地元から他の省に出稼ぎに出て、韓国企業の工場に勤務していた。

韓国企業での仕事は1日12時間労働の上、立ちっぱなしで座ることのできないきつい仕事だったが、当時の給料は日本円で月2万円くらいだった。

また、彼女は2万円の給与うち1万3,000円ほどを毎月、故郷の両親に送金していた上、工場の近くに借りていた部屋は月4,000円の家賃がかかっていた。そのため、残りの給与は食費で消えてしまい、自分のためのお金はなにも残らなかった。

彼女の両親は故郷で農業をしているというが、農業はきつい労働のわりに、現金収入にはならず、ニャンさん家族の家計は厳しかった。

その上、きょうだいの学費もかかる。

ベトナムの農村。農村出身の実習生も少なくない。筆者撮影、ハイズオン省。
ベトナムの農村。農村出身の実習生も少なくない。筆者撮影、ハイズオン省。

こうした家族の経済的な課題を受け、長女であるニャンさんは家族を助けるために技能実習生として来日して働くことを希望したのだった。

やはり彼女も、前述のフエさんのように家族を助け、自分の「人生を変える」ために、来日を決めたのだ。彼女にとって、とても大きな賭けだろう。

そして、ニャンさんは日本行きに当たり、送り出し機関(仲介会社)に渡航前費用として計8,300米ドルを支払った上、ハノイ市で受けた渡航前研修の費用も支払った。これにより、渡航前には100万円ほどを費やした。このお金は借金によって工面したという。

来日後は、養鶏場で実習生として働き、給与は月に15万5,000円となっている。

ここから家賃や保険料、税金などが月3万5,000円引かれており、手元に残るのは12万円になる。

養鶏場の仕事は1日8時間労働で、残業はない。

残業がないというのは「良い」と思いがちだが、渡航前費用のために借りた多額の借金を返済することに加え、家族の暮らしを改善するだけの収入を得るためには、少しでも残業によって稼ぎたいと思う実習生が多く、ニャンさんは「残業がほしい」と率直に語る。

ニャンさんは、給料にはほとんど手をつけず、毎月10万円ずつ家族に送金している。

ベトナムの農村。農村出身の実習生も少なくない。筆者撮影、ハイズオン省。
ベトナムの農村。農村出身の実習生も少なくない。筆者撮影、ハイズオン省。

来日するためにした約100万円の借金。

そして給与は月に12万円程度。

生活費をできるだけ切り詰め、毎月故郷に仕送りをする。

それでも、ニャンさんにとって就労先の会社は楽しいようだ。

他の職員と一緒にお菓子を食べたり、おしゃべりをしたりして関係をきずいており、ニャンさんは「もっと一緒に働きたい」と語る。

ニャンさんは実習生として最初の1年目は渡航前費用の借金を返すために、携帯電話も使わず、食事の量を抑えて節約をした。

その後、渡航前費用の借金を返し終えたニャンさんは、両親に給与のほとんどを仕送りしつつ、やっと自分のことにも少しはお金を回せるようになった。

ベトナムの農村。筆者撮影、ハイズオン省。
ベトナムの農村。筆者撮影、ハイズオン省。

「大変だけど、お金を家族に送れれば嬉しい」

「両親の笑顔を見たい」

こう話すニャンさん。

彼女は、まぎれもなく日本の産業を支えている。

しかし、そんな彼女が、なぜ来日前にこれだけ高額の借金を背負った上で渡航前費用を支払い、そして、日本で低賃金で働いているのだろうか。

◆「帰りたい」「お金が貯まらない」、150万円の借金に縛られたベトナム人男性

ベトナムフェスティバルの様子。筆者撮影、東京。
ベトナムフェスティバルの様子。筆者撮影、東京。

2015年6月13、14日、東京の代々木公園で、「ベトナムフェスティバル2015」が開催された。

このフェスティバルは、08年に日越外交関係樹立35周年を記念し第1回目が開催され、2015年は7回目となった。

イベント当日はベトナム建国70周年を記念し、会場内でベトナムの伝統芸能「水上人形劇」が上演されるなどし、日本人やベトナム人を中心に多数の人が足を運んだ。

この華やかなベトナムフェスティバルの会場で出会ったのが、外国人技能実習制度を通じて来日したベトナム人男性のグループだった。

日ごろは実習先でそれぞれ仕事に打ち込んでいるが、グループの男性たちはこの日、貴重な休みの日を使い、少ない給料の中から交通費を出して、ベトナムフェスティバルにやってきていた。

ベトナムフェスティバルの様子。筆者撮影、東京。
ベトナムフェスティバルの様子。筆者撮影、東京。

ベトナムの有名アーティストのライブがあると聞き、ベトナムの音楽を楽しむためにやってきたのだった。

グループの中には独身の人もいたが、中には結婚し子どもがいる人もいた。

みなそれぞれ家族の期待を背負い、日本にやってきたのだ。

話すうち、1人の実習生が、「実習生の仕事は厳しい。それなのに、なかなかお金が貯まらない。早くベトナムに帰りたい」と、険しい顔つきで、つぶやいた。

この男性は来日前に約150万円を「保証金」や渡航費用として送り出し機関(仲介会社)に支払ったという。

「保証金」は契約期間を満了し帰国しなければ戻ってこないお金で、実習生が契約期間を満了し「逃走」しないように預けているお金だ。

実習生の中にはこの保証金を収めている人も少なくない。保証金のためにも、契約期間中に帰るわけにはいかない。

しかし、男性は月14万円強の給与から「家賃や光熱費など生活費を引くと、手元にはあまり残らない」と嘆く。

月に5万~6万円を故郷の家族に送金しているものの、当初の見通しより、だいぶ少ない額だと頭を抱えていた。

家族の期待を一身に背負いやって来た「憧れ」の日本で、思っていたようにはいかず、先行きへの不安が大きいのだという。

ベトナム・フェスティバルの様子。筆者撮影、東京。
ベトナム・フェスティバルの様子。筆者撮影、東京。

高額の渡航前費用を借金によって工面し、やっとの思いでやってきた「憧れ」の日本。

しかし、日本で働くベトナム人実習生は、果たしてそれだけの労力とコストに見合うだけの経験をできているのだろうか。

明るく華やかなベトナムフェスティバルの会場には、数多くの日本人やベトナム人が足を運んでいた。きっとこのイベントはベトナムについて日本の人たちに伝える一つの機会になっているのだろう。

しかし、果たして日本の社会に生きる私たちは、ベトナム人実習生がこの国でなにを経験し、何を感じているのか、そのことについて、まだよく知らないだろう。

経済分野だけではなく、「フォー」などのベトナム料理、観光、伝統衣装の「アオザイ」といったファッション、ベトナム雑貨などの面で注目されるベトナムだが、数多くのベトナム人実習生が日本にいるのにもかかわらず、ベトナム人実習生についてはよく知られていない。

それは、日本社会の側が、自分たちにとって痛くもかゆくもないベトナムの情報だけを受容し、日本社会にとって耳の痛い問題をも含む技能実習生に関する情報を遮断しているかのようにも見える。

明るくにぎやかなベトナム・フェスティバルの会場で、私はそのことを考え、立ち止まってしまった。(「拡大する「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(8)」に続く)

※この記事は、「週刊金曜日」7月8日号に掲載された「ベトナム人の希望に巣食う『外国人技能実習生ビジネス』 」に加筆・修正したものです。

■用語メモ

【ベトナム】

正式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少数民族がいる。ベトナム政府は自国民を海外へ労働者として送り出す政策をとっており、日本はベトナム人にとって主要な就労先となっている。日本以外には台湾、韓国、マレーシア、中東諸国などに国民を「移住労働者」として送り出している。

【外国人技能実習制度】

日本の厚生労働省はホームページで、技能実習制度の目的について「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力すること」と説明している。

一方、技能実習制度をめぐっては、外国人技能実習生が低賃金やハラスメント、人権侵害などにさらされるケースが多々報告されており、かねてより制度のあり方が問題視されてきた。これまで技能実習生は中国出身者がその多くを占めてきたが、最近では中国出身が減少傾向にあり、これに代わる形でベトナム人技能実習生が増えている。

研究者、ジャーナリスト

岐阜大学教員。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

巣内尚子の最近の記事