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波乱続出だったドラフト会議! 甲子園不出場組の逆転現象が起こった理由は?

森本栄浩毎日放送アナウンサー
甲子園のヒーロー近江・山田は意外な5位指名。プロで本領を発揮できるか(筆者撮影)

 「今年は不作」。本番前から囁かれていた噂を象徴するかのような波乱続出のドラフト会議から一週間が経った。とりわけ高校生は傑出した選手が少なく、甲子園に出場していない「無名」に近いような選手が、そこそこ上位で指名を受けた。一方で、甲子園で活躍した選手が意外な低評価だったり、指名漏れしたりするなど、待つ側にも失望感が漂った。

スーパースター山田に大報道陣

 低評価の筆頭格が、西武5位指名の最速149キロ右腕・山田陽翔(滋賀・近江=タイトル写真)だろう。今世代のスーパースター的存在で、甲子園通算11勝&115奪三振は高校球史に残る。ただ、175センチで右投手としてサイズ感に乏しく、将来性を買う高校生にしてはもの足りなさが邪魔して、評価が分かれているとは言われていた。それでも甲子園のヒーローだけに注目度は高く、高校の大教室は報道陣でごった返していた。テレビカメラだけでも優に10台はあっただろう。

1時間半経ってようやく名前が

 「悪くとも3位までには決まるだろう」。集まった報道陣も、恩師の多賀章仁監督(63)も同じことを思っていた。しかし、一向に名前が呼ばれない。代表インタビュー役の筆者は、山田の正面に座り、じっとその時を待った。山田はまんじりともせず、背筋を伸ばして平静を装っているようにさえ思えた。会議が始まって1時間半。ようやく「第5巡選択希望選手、埼玉西武、山田陽翔」のアナウンスがあった瞬間、学校関係者だけでなく、報道陣からも期せずして拍手が沸き起こった。

高校生では24番目だった山田

 「ホッとしました。ずっと(名前を)呼ばれてくれと思っていた」と、硬い表情のまま筆者の質問に答えた山田。5位指名には「これが自分の評価だと思う」と話したが、高校生では全体で24番目。自身が存在すら知らないような選手が先に名前を呼ばれるたび、表情には出さずとも複雑な心境だったに違いない。会見と写真撮影終了後は、実に7つの放送局から個別に取材を受けた。甲子園同様、笑顔を交えて視野の広い発言をする姿を目の当たりにすると、かえっていじらしく思えた。心底、喜べないような状況でも、この18歳は人間ができている。低評価を「見返したい」などという言い方はもちろんしなかったが、山田はチームを勝たせられる力を持っている。他の11球団を見返すような活躍を祈らずにはいられない。

大阪桐蔭の川原と海老根は指名漏れ

 指名を受けた山田はまだいい方で、高校日本代表を経験した大阪桐蔭の3人は明暗がくっきり分かれた。DeNAから1位指名を受けた松尾汐恩が歓喜に沸く一方で、最速150キロ右腕の川原嗣貴と強肩強打の外野手・海老根優大は、最後まで声がかからなかった。特に川原はこの1年で、弱点をほとんど克服していただけに、指名を確実視されていた。取材した同僚も、「重苦しい空気感だった」と話していた。駆けつけた親御さんの失望は察するに余りある。西谷浩一監督(53)も喜び半減だろう。彼らの進路を決める指導者も大変だ。西谷監督の人脈と大阪桐蔭のネットワークで、二人がふさわしいステージに上がれることを願いたい。

9球団事前公表の理由は?

 1位指名のうち、高評価が定着していた松尾と、甲子園で評価を上げ、抽選で巨人が交渉権を獲得した浅野翔吾(香川・高松商)は順当だったとしても、全国的にはまったく無名のソフトバンク・イヒネ イツア(愛知・誉=内野手)、広島の斉藤優汰(北海道・苫小牧中央=投手)が事前公表による単独1位指名には驚かされた。今回は9球団が1位を事前公表していて、これも異例。それだけ、抽選のリスクを冒してでも獲りたい選手が少なかったことの裏返しで、「早いもの勝ち」の印象すらあった。さらに異例だったのが、甲子園不出場の高校生が意外なほど高い評価を受けたことだ。

2位の高校生5選手は全員、甲子園未経験

 1位の高校生4選手で、イヒネと斉藤は甲子園に出ていないが、2位で指名された広島の内田湘大(群馬・利根商=内野手)、西武の古川雄大(大分・佐伯鶴城=外野手)、阪神の門別啓人(北海道・東海大札幌=投手)、ヤクルトの西村瑠伊斗(京都外大西=投手兼外野手)、オリックスの内藤鵬(日本航空石川=内野手)は、揃って甲子園に出ていない。日本代表で西武3位の野田海人(福岡・九州国際大付=捕手兼投手)、DeNA4位の森下瑠大(京都国際=投手)の甲子園組よりも評価は上だ。概ね、甲子園組よりも不出場組が高い評価を受けていたのが、今ドラフトの最大の特徴と言っていい。

今年の高校生はコロナで練習不足

 それではどうしてこのような「逆転現象」が起きてしまったのか。単純に、高校生全体のレベルが低かったからだ。これは人材難と言うよりも、選手たちがコロナによる練習不足で力を伸ばしきれていないと言った方が当たっている。入学早々からコロナ禍に見舞われた「フルコロナ世代」の彼らは、次のステージで大きく伸びると言われている。甲子園は活躍の場であると同時に、大半の選手が負けを経験する。つまり、甲子園でいいパフォーマンスをしても、負ける姿や弱点など、マイナスの部分もすべてさらけ出すことになる。多くの目で見られる分だけ、甲子園球児は客観性が高い。プロのスカウトたちは、それまでの年の高校生たちと照らし合わせて、今年の甲子園球児たちは「大したことない」と判断したのだろう。

地方大会で散った選手がいつもより「良く見えた」?

 しかし、甲子園に出ていないということは、地方大会の段階で負けているということで、真に強い相手とは手合わせをしていないことになる。各球団のスカウトは編成会議で、自信を持って意中の選手を推薦する。当然、ビデオで確認することになるが、そこで出てくるのはほとんどがいい場面だろう。投手なら三振をバッタバッタ奪い、打者なら会心のアーチ連発、といった具合だ。もちろん課題を議論し合う余地はあるが、甲子園のように、誰が見てもわかるような欠点までも指摘されることはない。良くも悪くもすべてをさらけ尽くした甲子園球児よりも、地方大会で散った球児たちの方がいつもより「良く見えた」のではなかろうか。

ファンの評価とプロの評価が乖離

 したがって、今年ほどスカウトの眼力が試される年はない。甲子園で活躍した選手にはファンも、「スカウトの一員」として、真剣な眼差しを向けている。ドラフト当日、近江に集まった報道陣で、山田が5位指名などと思っていた者は皆無だろう。今年は、我々取材する側も含め、ファンが評価した選手と、プロのスカウトの評価に大きな乖離があった。珍しいことである。ファンは甲子園で見た選手しか知らない。未知の逸材をプロの世界へ送り込むスカウトの腕が勝るか、甲子園のヒーローが、最高峰の舞台でも輝きを見せるか。数年後の答え合わせを楽しみにしている。

毎日放送アナウンサー

昭和36年10月4日、滋賀県生まれ。関西学院大卒。昭和60年毎日放送入社。昭和61年のセンバツ高校野球「池田-福岡大大濠」戦のラジオで甲子園実況デビュー。初めての決勝実況は平成6年のセンバツ、智弁和歌山の初優勝。野球のほかに、アメフト、バレーボール、ラグビー、駅伝、柔道などを実況。プロレスでは、三沢光晴、橋本真也(いずれも故人)の実況をしたことが自慢。全国ネットの長寿番組「皇室アルバム」のナレーションを2015年3月まで17年半にわたって担当した。

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